#10


 

 ********

 

 

「ふぃんはわたしをかわいいっていうけどねぇ、あなただってじかくないみたいだけどかっこいいんだから!」

 私の言葉に、フィンは嬉しそうに頭を撫でた。

 愛おしそうに頭を滑る手が心地いい。

「んー?なでてくれるの?」

 私は頭を撫でる彼の手を取って、頬を擦り付ける。そのままフィンの方に顔を向けると、フィンは満足そうに笑った。

「いつもこのくらい素直なら良いのになぁ」

 そう言ってフィンは私を抱きしめた。私もぎゅっと抱きしめ返す。

「? わたし、すなおじゃないの?」

「いや?アニーはいつも素直だよね」

「わかってるじゃない。ありがと」

 抱きしめてくれる腕が嬉しい。ずっとこの時間が続けば良いのに。

「そうだ、シャンパンおかわりってできるの?」

 まだ一杯しか飲んでない。勿体無いのでもっと飲みたい。

「んー、今日はやめた方が良いかな」

「なんでー!」

 両手をグーにして万歳して怒る。まだ飲めるもん!

「はいはい…まさか一杯で完全に酔うとは」

 なんかフィンが訳わかんないこと言ってる!

 声が小さくて聞き取れないよ!

「もぉ、なにいってるの?」

 私がそう言って視線をやると、フィンはまた撫でてくれた。嬉しい。

「アニー」

 彼が私呼ぶ、嬉しい。

「なぁに?」

「僕のこと好き?」

「だいすきよ!」

 何を今更なことを言ってるんだろう。こんなに大好きなのに。

「僕も大好きだよ。ずっと一緒に居れるよね?」

「もちろん!」

 私だってずっと一緒に居たいわ。

「あなたをすきになったから、わたしこんなにしあわせなのに。いっしょにいれないの?」

 まるでこんなやりとり、もう一緒に居れないみたい。そんなのいやだ。

「…!」

 フィンはなんでか驚いてた。もしかして。

「ふぃんどうしたの?わたしいじわるいった?」

「いいやちがうよ、大丈夫…」

 どうしたんだろう?フィンへんなの。

「アニー、愛してるよ」

 そう言って彼は私の額にキスをする。

 私も返したいな、いつもされるばかりだから。

「わたしもよ!」

 そう言って、私は彼の頬にキスをした。

 えへへ、ちょっと照れ臭い。

 それにしても眠いな、外ではしゃぎすぎたかな?

「フィン…」

 ねむい…眠いけど、フィンに今日のお礼言わなきゃ。お洋服、本当は嬉しかったって。

「寝てもいいよ、アニー」

「う…」

 視界がぼやける。フィンが抱き寄せて頭を撫でてくれるのが心地よくて、瞼が重くなる。

「ふぃん…かわいいって、ありがと…」

 視界が暗くなって、そこからはわからない。

 

 

 ********

 

 

 体が重い。気だるい。

 遠くで誰かが呼んでいる気がする。

「…ニー、アニー」

 この声は…多分フィンの声だ。でもどうしてフィンが私を起こそうとしてるの?

 昨日デートに出て、服買ってもらって、高い料理店に来て、お酒飲んで…それから、どうしたんだっけ?

「う…」

 薄目を開けると、部屋に日差しを感じた。

 屋根裏部屋はこんなに明るくない。ここはどこだろう。

(シーツ?気持ちいいな)

 足にシーツの感触があって、いい生地なのか抵抗感がなくさらさらとしている。

「アニー、起きれるかい?」

 だからなんでフィンの声?

 あぁそうか、これは夢か。

 夢なら、私の願望が出てるんだし少しくらい甘えても良いよね。

 私に触れる手を引っ張って、彼をベッドに引き込む。慌てた彼を抱きしめて、少しだけ頬擦りをした。

 細いようだけど、結構しっかりしてるんだなと、抱いた腕から感じる。骨がしっかりしてて筋肉があって、男の人の腕だ。

「アニー、それはまずい。それはまずいよ」

「なぁにがまずいのよ。夢なんだから普段できないことしたって…いいじゃな…い」

 再び眠気に襲われる。夢の中なのに眠いなんて、変な夢だ。

 

 

「…ニー、アニー」

 誰だろう、私を呼んでる。

 今日は遅番だから、まだ眠れるはず。

 でも誰か呼んでるってことは、何か起きたのかな。

「ん…」

 まだ眠いけど、重たい体を起こす。

 薄く目を開けると、いつもと違うベッドが見えた。

 

「…?」

 

 なんだこれ。なんて高級そうなふかふかベッド。

 これは一体…?

 そういえば昨日途中から記憶がない。首の後ろを軽く掻いて、意識を叩き起こす。

 ふと視線を下にやる。

「?」

 なんで私裸なんだ?

「おはよう」

 横から声が聞こえる。

 横を見て、私は。

「…!」

 横に寝転ぶフィンの姿に、言葉を失った。

「強引だなぁ、ひどいよ」

 彼は幸せそうにそう言った。

(もしかして、もしかしなくても)

 これは、まずい。

「申し訳ありませんでしたぁ!!!!!!」

 その場で素早く土下座した。お酒の勢いでも最悪のパターンだこれは。まさかそんな、そんなことが起きてしまうなんて。

 これが所謂、既成事実か…。

 斬首刑だぁ…。

 まだ死にたくなかった。

 何が苗字を取り戻すだ、それ以前にやらかさないでくれ私。

 頭の中に思考がぐるぐる回る。

「責任、取って結婚しかないよね?」

 メイドの身でこの人と結婚すると言うことは、家に泥をつけると言うことで。

「私を殺してください…」

 私がそれだけ残してベッドに突っ伏すと、ノックの音が聞こえた。

「失礼します」

 女性の声が聞こえて、顔を上げる。給仕の格好をした女性が、そこには居た。

「お召し物が乾きましたので、ご報告をと思いまして」

(ん?)

 今なんて言った?と、私は耳を立てる。

「おはようございます。昨日はお眠りの様でしたので、僭越ながら私がお世話をさせて頂きました」

 つまりそれって、私が脱いだとかじゃなくて、この人が脱がせたってこと?私が寝てたから?

 呆然としていると、横からくつくつと笑い声が聞こえる。

「フィン…」

 冷たい声も許してほしい。

 私は今猛烈に、怒るのを我慢している。

「僕を無理やりベッドに引き込んだのは事実だし…嘘は言ってないよ?君は二度寝したけど」

「……」

 それでは行ってみましょう、右手をおおきく振りかぶって。

 パァン!

 その破裂音は、今までで一番良い音がした。

 

 

 フィンを部屋から追い出して昨日の服に着替えてから、一階に降りる。

 先ほどの件について、やつは「ちょっと揶揄っただけじゃないか」などと抜かしていたけど、こっちは裸見られた上で、責任とらないといけないところだったしで“揶揄った”では済まされない。

(今に見てなさいよ…)

 一階に降りると、左頬に湿布を貼られたどっかのバカが居た。前髪で湿布がわかりづらくて良かったわね。

「…おはよう」

「お、おはよう…」

 私が腕を組んで睨みつけると、流石に罰の悪そうな顔をしたフィンの姿が。少しは反省したようだ。

「なにか私に言うことは?」

「…ごめんなさい」

「わかればよろしい」

 次やったらこれでは済まさん。顰めた私の顔にはそう書いてあっただろう。

 一階で朝食を済ませてから、私は言った。

「朝帰りですけど…これは不味くないですか」

「大丈夫、なんとかなるよ」

 軽いノリで返ってくる返事。普段の彼から考えれば珍しい返事だ。

「…何か企んでるでしょ」

「疑ってるの?」

 普段だったら一緒にこれからどうするか考えるところのはず。それが“なんとかなる”なんてふわあっとした返事で済まされるなんて怪しいに決まってる。

「…そういえば荷物は?」

 私は腕を組んで訊く。彼は平然とした様子だ。

「昨日のうちに家に使いをやって届けさせたよ。中身は見ない様に言付けてある。とっくに僕の部屋じゃないかな」

 そう言って彼は優雅にコーヒーを口に含む。つまり家に連絡してたってこと?

 ていうか私の服なのになんで貴方の部屋にあるのよ。

 それはともかく、本当に何か企んだりはしてないみたいだ。なんかもやもやする。

「…本当に何も企んでないなら、どうしてそんな余裕なのよ」

 私は大変不服だ、彼にしかわからないこともあると言うのに。情報伝達は大事だぞ。

「余裕っていうか…確信があるだけだよ」

「だからその確信って何よ」

「…帰ればわかるよ」

 その声は、どこか疲れた様だった。

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