第16話 【道化師】と【助手】というスキルについて

「……なんで別々の部屋にしたんですか?」


「なんでって、同部屋はマズいだろ」


 結局、部屋は別の部屋をもう一つ取ることにした。俺の泊まっている部屋の一つ隣の部屋を、九日間だけ泊まらせてもらうことにした。


 わざわざ別の部屋を取ったというのに、リリはなぜか不満げに頬を膨らませて俺の部屋にやってきた。


「私、助手なんですけど」


「助手とか関係ないの。リリは女の子なんだから、そこらへんもしっかり気にしないとだめだぞ」


 リリの容姿は可愛い顔をしている。宝石をはめ込んだような瞳に、硝子細工のように綺麗なまつ毛。全体の均衡を取っているような鼻筋に、桜色をしている小さな唇。そして、年相応に女の子らしい体つき。


 こんな子と一晩同じベッドで寝ることなんかできるはずがない。


「あ、あと、あれだ。今後街中で変なのに絡まれるかもしれないけど、知らない人にはついていくなよ。あと、知っている人でも男にはついていかないこと。分かった?」


「もちろんです。私は助手ですからね。アイクさんだけについていきます」


「お、おう。分かればよろしい」


 なんか傍から見ると、女の子を束縛しているみたいだな。


 いや、そんなつもりはないんだけどな。でも、このくらい注意をしておかないと、リリが悪い男に絡まれてしまいそうで、不安なのだ。


 ピュアって言うのは、色んな意味で危なっかしい。


「あ、少し話したいことがあったんだ。ちょっと座ってもらっていいか?」


「分かりました」


 俺がそう言うと、リリはベッドで座る俺の隣にちょこんと座った。そこまで近い距離にいるわけではないのだが、そんなに軽く隣に座られると少しドキリとしそうになってしまう。


「アイクさん?」


「あ、ああ。大丈夫だ、問題ない」


 俺のそんな感情が少しだけ顔に出てしまっていたのだろう。リリは不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。


 俺は誤魔化すように視線を逸らしたあと、軽く咳ばらいを一つだけした。


「【ユニークスキル 道化師】と【ユニークスキル 助手】について聞きたいことがある。まずは、俺の【道化師】について。……ずばり、【道化師】ってなんだ?」


「道化師にできそうなことなら全てできるということですよ。アイクさんが道化師ならできるって思いこめば、大抵のことは何でもできると思います」


「思ったことは何でもって……さすがに、チート過ぎないか?」


「人を笑顔にするための手段なら何でもできる。名前通りのスキルだと思いますけどね」


 リリは当たり前のことを言うようにそんなことを言ったあとに笑みを浮かべた。まるで、俺の強さを誇るような笑みだった。


 思ったことは何でもできるスキルか。でも、その中にもできないことはあるだろう。多分、道化師みたいなことなら何でもできるという意味だと思う。


 道化師っぽいことか。


 今後は考えることが多くなりそうだ。

「とりあえず、俺の【道化師】の能力は分かった。それで、リリの【助手】っていうのはどんなのなんだ?」


「私も名前の通りですね。助手にできそうな事なら何でもって感じです。あ、あとは、アイクさんから教えて貰ったことならできるようになりますね」


 なるほど。俺が道化師にできそうなことなら、リリは助手にできそうなことなら何でもできるのか。


 それは俺の助手としてできそうなことという意味だろう。つまり、俺が強くなればなるほど、助手のリリも強くなると考えてよさそうだ。


「ちなみに、リリがこれだけスキルに詳しいことも【助手】のスキルなのか?」


「そうですね。アイクさんのことを把握できないようでは助手は務まらないので」


「まぁ……その言い分は分からなくもないか。今まで俺の中にいたわけだしな。それにしても互いによく分らんスキルを持ったものだな」


「多分、色んなスキルが統合されたのが【道化師】であり、【助手】なんです。アイクさんの【偽装】のスキルが【道化師】に統合されたように」


「あ、だから、偽装がなくなったのか」


 以前まで俺のスキルには【偽装】というスキルがあった。文字通り騙すことに特化したスキルだ。このスキルを上手く使えば相手の不意を突けたりしたので、結構重宝していたスキルだった。


 なくなったわけじゃなくて、統合されてたのか。


「よっし、そこら辺を明日色々試してみるか。ありがとうな、リリ。なんか掴めそうな気がしてきた」


「いえいえ、お役に立てたのなら良かったです」


 俺たちはその後に少しだけ話して、各々の部屋で寝ることにした。


 リリの普段の行動を見ていると少し不安になる所があるが、助手というだけあって色々と頼りになる所もあるんだなと感じた。


「……頼りにしてるぞ」


 そんな言葉を漏らして眠りに落ちようとしたところで、俺の部屋の扉がノックされた。


「アイクさんっ、リリですっ!」


 どこか焦っているようなリリの声。もしかしたら、何か起きたのかと思って俺はベッドから飛び起きた。


「リリっ、どうかしたか?」


 俺が不安に駆られながら部屋の扉を開けると、リリは不安げな顔を上げて言葉を続けた。その瞳は微かに潤んでいた。


「ね、寝方が分かりませんっ!」


「……はい?」


「だ、だから、寝方ですよ! 寝るときにどっちを向けばいいのかとか、眼球の位置とか、何を考えればいいのかとかです!」


「……目をつぶって横になれ。以上」


「え、あ、アイクさん! アイクさん!」


 俺が扉を閉めて鍵をしても、リリは必死に扉をノックしていた。


 どうやら、初めての寝るという行動に戸惑っているようだった。


だからって、あんな必死な顔をするかね。


 まぁ、今日初めて体を手にしたのだから分からないこともあるか。俺のことを今までずっと見ていても、体験をするのは初めてだしな。


 それでも、寝方が分からないと本気で困る表情を見せられて、俺は先程まで感じていたリリへの評価を撤回せざるを得なかった。


 ……やっぱり、助手としても少しだけ不安だ。


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