第10話 そんなの付き合ってるし!

「話があるし!」


 とつぜん現れたその子――ちっさいエドナさんは両手を腰に当てて、ぼくをにらんでいた。

 エドナさんとの違いは、髪を頭の横でくくっていることと、中学生らしい制服を着ていること、メイクをしていないこと――なにより、小さいことだった。

 どうしても目線が下にいってしまう。


「こんにちは、えっと……」


 しゃがんで話しかけると、キッと強い目つきになった。


「わざわざ目線を合わせるなし!」


「え、ごめん……」


 立ち上がって見下ろす。


「見下すなし!」


 地団駄を踏みそうな勢いで怒ってきた。

 なんだろう。なついていない子猫みたいでちょっとかわいい。


「スルト~どったの~? お姉ちゃんに会いに来てくれたの?」


 僕の横でくすくす笑っていたエドナさんが声を掛けた。


「あ、ごめんね善くん。この子は私の妹のスルト。ちょーかわいいでしょ」


「あ、ぼくは――」


「日馬善でしょ」


 スルトさんはぼくに先んじて名前をいった。


「毎日毎日、耳にタコができるくらい聞いてるし」


「え?」


「ちょ……! スルト喋りすぎ! ちがうの善くん! 善くんはその、大事なお友達だし、そりゃ毎日話題にあがるわけで、べつに特別善くんの話ばかりしてるってわけじゃ――」


「嘘だし。なんにつけ善くんの話するし。テレビみてても『あ、これ善くんの好きな漫画だ~!きゃはー!』だし。ごはん食べてても『善くんって甘いものより辛いものが好きなんだって~!きゃはきゃは!』だし」


「そんな『きゃはきゃは』してないでしょ!? もー善くんたすけて~」


「……」


 なんだろう。妹相手にたじたじなエドナさん、かわいいな。


「えっと、スルトさん。それでその、話って……?」


「ああ、そうだった。忘れてたし。善くん、おまえ――」


「スルト〜人に向かっておまえって言っちゃだめっしょ〜?」


「……善くん、きみ――」


 ……『きみ』はいいのか。


「お姉様と付き合ってるし?」


「え……」


 ぼくは息を呑んだ。

 それから、すぐに手を振った。

 

「ま、まさか! ぼくなんかが、エドナさんみたいなきれいでかわいらしい方とお付き合いなんて、そんな――!」


「……ふぇ?」


 エドナさんの顔がへにゃんとゆるんで、真っ赤になっている。

 ああ、これは言葉を間違えた。

 しかしもうあとの祭りだ。


「わ、私……たしかに髪のお手入れとか? 美容とかいろいろ気を使ってるけど……ふーんそっか……きれい、なんだぁ? へー……ほーん……ふーん……」


「え、エドナさん?」


「ち、ちなみにかわいらしいっていうのは、どのへん? どのへんをみてそう思ったのかなーなんて? 気になったり……?」


 もじもじするエドナさんをみて、スルトさんが明らかに聞こえるように「ちっ」と舌打ちした。


「そういうのいいし! ていうかそういうところだし! いちゃつくならどっかよそでやれだし!」


「い、いちゃついてないっしょ!?」


「ていうか、二人とも今度、秋葉原でデートするって言ってたし!? そんなの……そんなの付き合ってるし!」


「え、つ、つき、が、ががががが」


「わー! 善くんが壊れた!」


「――っ! この二人めんどくさいし!」


 場がわちゃわちゃしておさまりがつかなくなったときだった。

 か細い声がぼくらをとらえた。


「――スルトさん!」

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