第5話 探偵部の活動
机に突っ伏して、泣きたい気分になっていた。テスト用紙をグシャグシャにしたい衝動に駆られたが、そんなことをすれば悪目立ちする。そんな勇気はなかった。
──この結果はわかっていた。だって、勉強してないから。わかっていたけど、悲しいものは悲しいの!
泣き出しそうな雰囲気に、最近美羽に送りつけられた手紙について知っているクラスメートは、同情の視線を向けた。
得意なはずの文系科目もボロボロ。逆に、苦手なはずの数学が、教えてもらったものの類題がでていて、壊滅的な点数ではなかった。別に数学が良かったわけではない。全部同じくらい悪かったのだ。
話しかけるなオーラを身に纏い突っ伏す美羽には、彩夏ですら話しかけてこなかった。
前の席の椅子が動かされ、美羽の机にガツンと当たる。何事かと顔を上げたら、美羽の机に肘を置いて至近距離で覗いている青木と目があった。
「ひっ!」
美羽が身構えると、青木が笑う。彩夏が気付いて、美羽を守るため走ってくる。青木は、それを待ってから話し始めた。
「今日って、小林、部活休みだろ? 関口と二人で探偵部に来いよ。文化祭準備がちょっとあるけど、その後は勉強できるから」
「探偵部って、なにやる部活かわからないし」
彩夏の歯切れが悪い。美羽と青木を見比べている。
「だから、取り敢えず今日だけ。部活に入れって言ってる訳じゃないし。直しの課題が出ただろ」
彩夏から目を離し、チラリと美羽を見た。
「う、う~ん」
彩夏としても、美羽のこの状態を何とかしてあげたかった。
「絶対来いよ。数学準備室な」
「い?」
予想外な場所に彩夏の口から奇妙な声が漏れた。
彩夏は、「後藤先生がいるってことだよね」って呟いている。深呼吸して数学準備室のドアをノックした。
後藤先生の声で「どうぞ」と言われたので、恐る恐るドアを開けた。
そこには青木を含め3人の生徒と後藤先生がいた。
探偵部のメンバーらしい。
落ち着いた雰囲気のある方が辻君で、活発そうな方が北野君らしい。
使えるときには数学準備室を部室として使わせてもらえるという。
後藤先生に確認すると、「色々あって、お互い、Win-Winだからいいのよ」と言った。
文化祭では、探偵部を宣伝するためにイベントをするらしい。部活でもない団体の企画を生徒会に通してもらうために、青木はあちこち走り回っていたらしい。
さらには部員を勧誘するために声をかけて回っていたらしい。幾人か声をかけ、辻と北野が入部を決めた。二人はもともと知り合いで、本格的な部活は負担が多すぎるが、高校生活を楽しむためには何かやりたいという、軽い理由だそう。
文化祭ではクロスワードパズルをやる。それに必要な掲示物を書いていった。
絵を描いたり、字を書いたりする作業に四苦八苦していたらしい。
「やっぱり女子がいると違うね」と北野君が誉めるので、楽しく作業してしまった。
1時間ほど作業したところで青木が「今日は一旦終わりにしよう」と言うと、辻と北野が慣れた動きで片付け始めた。
何が始まるのかと思っていると、二人は
「関口は、テスト直しな」
「えっ?」
──あまりに酷い点数。人には見せられないから、取り出さなかったのに……
美羽が固まっていると、辻が顔を上げた。
「青木君、厳しくないっすか? テストなんて人前では出したくない場合もあるでしょうに」
「そうよ! 美羽、もう帰ろ!」
青木は彩夏を睨み付けた。
「友達だからって甘やかすのは、関口のためにならないぞ。今回のテストが悪かったとして、凹んでいても何にもならないだろ? 」
後藤先生が仕事の手を止めて心配そうに振り返った。青木は熱弁を続ける。
「止まっていても道は開けないんだ。シャーロック・ホームズもなぁ・・・」
辻が大声を出して遮った。
「あぁぁ! シャーロック・ホームズは、実在した人物じゃあありませんから!」
美羽と彩夏に向かって、眉毛をへの字にした。
「青木君は口が悪いだけなんです」
青木は辻にも言い返す。
「正論だ」
「だから、オブラートに包んでくださいって言っているんです。関口さん、模範解答があるでしょう。それで直しをするといいですよ。わからないところは、僕に聞いてください。本当は青木君の方が説明うまいけど……。僕、こう見えて理系なんで」
北野が顔を上げ、何かに気付いたように目をキラキラさせた。
「辻は、文系には見えないぞ。理系にも見えないけどなぁ~」
「言葉の綾です。かき混ぜないでくださいよ」
北野がヘラヘラ笑っている。青木は自分の課題に取り組み始めた。
美羽が彩夏を見ると、悔しそうに青木を睨み付けていた。少し目が赤かったような気もした。
模範解答を取り出すと、辻は「見ながらでいいんで、解いてみて、わからなかったら声をかけてくださいね」と優しく言う。
前半は模範解答を見ていれば、意外と理解できる。ビックリした。答えを見ることは悪いことだと思っていたからだ。
辻は優しかった。終わりはしなかったが、ビックリするほど捗った。
家に帰って、『今日はたくさん勉強したし、遊ぼう!』とスマホを見ていると、通知が入った。青木からの送信だった。
「そろそろ直しは終わったか?」
──こわっ!!!
美羽が遊んでいたのがバレたのか!?もちろん、そんなことはない。学校でどこまで進んだのか確認したので、予測して送ってきただけだ。それでも美羽を驚かせるには十分だった。慌てた美羽は、急いで自分に部屋に駆け込んだ。母親が不思議そうな顔をしていたが、構っていられない。とにかく机に座ってテストを広げると、「やっているところ」と送信した。
すると、「がんばれよ」と返ってきたのだ。
その短い言葉に、じんわり心が暖かくなった。昼間のきつい言葉も、美羽にとってみれば、昔浴びせられた悪意による罵詈雑言に比べれば大したことなかった。悪意がないことはわかったのだから。
残りの直しを開始したのだが、最後の問題になるにつれ難しく、何度も青木に「教えて欲しい」と連絡しようかと思った。
なんとなく連絡すれば助けてくれると思ってしまった。ただ、勇気が出せずやめてしまった。
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