第15話 生まれ変わったみたい
私は今どこにいるんだろう?真っ暗な空間の中手も足も何の感覚もない。歩くこともできない、声も出ない何も感じないよくわからない空間。今までこんなところに来たことが無かった、ここはどこだろう。私は誰だっけ、どんどんと思考は鈍っていき、自分の存在が何であるのかも分からなくなっていた。
このままどうなるのだろう…ただただ不安だけが残って周りを見渡す――すると遠くに小さく光っている場所が見えた。歩くことはできない、でもあっちに行ってみたいそう思うと進んでいる感覚がある。
徐々に大きくなっていく光の中に人影があった。小さな女の子、その子の手が私の手に触れるとさっきまでなかった手の感覚足の感覚全身の感覚が呼び起こされるようだった。その後その女の子に手を繋がれて光の方へ歩いていく…
『美波ちゃん…』
頭に響く声…
「お姉ちゃんが待ってる…」
そう聞こえた瞬間女の子はもういなくてに私は無意識に光の方へ走り出していた。
私は激しい体の痛みと、懐かしいお腹の中の異物感で目を覚ました。
目の前には今にも泣きそうなほど歪んだ由香里の顔が視界に入る。
「由香里…?」
私は本当に由香里なのか気になって聞いてみた。
「うん、そうだよ…」
「由香里なの…?」
もう一度聞きたくなって質問を繰り返す。
「うん、由香里だよ…美波ちゃんの恋人だよ…」
恋人…その言葉に、今まで感じた事のない安心感を覚え頬が緩むのか抑えられなかった。
今まで何が起きたのかわからないけど、また由香里とこうして触れる事の出来た安心感と懐かしさを感じ、目を瞑った。
すると、由香里は私のして欲しい事が手に取るようにわかるのか私にキスをしてくれた。
触れただけのキスなのに…もうこれだけでいい、そう思えるほどの満足感と幸福感を感じられた。
その時、私は初めて由香里に『恋』をしているのだと自覚した。
*****
あれから5か月という月日が流れた。帰り際にトラックに引かれ、私は全身を強く打って全治4か月と長い期間、車いす生活を病院ですごしたのち、1か月ほどのリハビリを経て私と由香里はシェアハウスへ向かっていた。
「なんか久しぶり、家に帰るの」
「ほんとだよ!美波ちゃんがいない間ずっと寂しかったんだからね!?」
「ごめんって、でも毎日お見舞いに来てたのに寂しいってことはないんじゃない?」
「家では一人だから寂しいの」
「そっか、でも今日からまた一緒に暮らせるでしょ」
「うん、そうだね。今日からまた二人で」
電車に乗り、隣り合わせで座った席は肩と肩が触れ合う距離。もう夏だというのにいつまでもべたべたと引っ付いてくる由香里、でも不思議と嫌じゃない。
またこうやって二人で電車に乗っていろんなところに行けるのだから、今は不快感よりも期待感の方が勝っている気がする。
電車から降りて、数分歩くと懐かしい1戸建ての平屋が見えてくる。ここは私たちが初めて出会って、初めてを経験した場所。私と由香里の帰る場所だ。
「今日、何作ろうか?美波ちゃん病み上がりだから私がご飯作るよ」
「え、由香里料理できるの?」
「練習したんだよ?美波ちゃんが元気になった時に食べてほしくて」
「そうなんだ、じゃあお鍋がいいかな」
「え、こんな暑いのに!?」
「だって、私と由香里の初めての食事が鍋だったし」
「美波ちゃんがそれでいいなら、キムチ鍋ね。わかった、ちょっと待ってて」
ご飯を食べて次はお風呂。
「こうやって美波ちゃんの身体を洗うの久しぶり」
「変なところ触らないでよ?」
「触らないよ、だってもう美波ちゃんの身体が欲しいわけじゃないんだし」
「ふぅん、由香里変わったね」
「そうかな?よくわからないなぁ」
お風呂で体を洗って私たちはベッドの中に。
「美波ちゃんと一緒に眠るの懐かしいなぁ」
「ほんとね、もう半年近くもこうやって一緒に寝てなかったもんね」
「寂しかったんだよ、でも不思議とこの半年間は辛くなかったかな」
「なんで?」
「美波ちゃんが生きててくれたから」
「そっか、じゃあさもっと私を感じてみない?」
「え、それって…いいの?」
「うん、由香里にしてほしいんだ。だからいいよ」
それから2時間ほど身体を重ね合わせ、私は一糸纏わぬ姿のまま由香里の肌の感触を感じている。そして今は天井をみて、寝返りを打つように右を向き由香里の顔を見ている。
「なんか前したときより、気持ちよかったかも」
「私も美波ちゃんと同じですごく気持ちよかった、なんか生まれ変わったみたい」
「それ凄くわかるかも」
「ねぇ、美波ちゃん」
「ん?どうしたの由香里」
「初めて会った時もこうだったよね」
「うん、思い出すね」
「あの時と同じで生まれ変わった私たちでまた自己紹介しておく?」
「うん、いいかも。じゃあ」
私は一呼吸おいて、初めて由香里と交わした会話を思い出し口を開く。
あの時とは違う安心感を感じながら…
「誰…?」
「私は…小泉由香里、あなたの恋人です」
そう由香里が口にすると、どちらかともなく唇を重ね合わせた。
(完)
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