過去 舟

 紅が倫敦に向かう海を見ていた。船は大海に出て数時間はたっている。


「独りで勝手に動くなと云っただろう……。」


 明継が頭を抑えながら、近付いてくる。


 海の塩気がなくなり、日本から遠く離れたのが感じられた。


「遅くまで、御酒を頂いて居たから、朝早くは申し訳なくて……。」


「修一が起きる前で良かったよ。又私が怒られる。」


「先生。修一さんと仲が御宜しいのですね。」


 紅隆は顔を海から離さない。


「仕方ないだろ。積もる話もあるし、元は紅の方が、佐波様の文のやり取りで話しているだろ。」


「でも、私の知らない話ばかりで、置いてきぼりです。」


 紅隆の隣に明継が立つ。風除けの様に進行方向に海を見た。


我儘ワガママなのは承知しておりますが、嫌な物は嫌なのです。」


 明継が紅隆の頭を撫でた。


「御免よ。一人にしてしまって……。二人で生活していた頃よりも、感情が豊かになってるな。良い事だよ。」


「先生は楽天すぎです。私は先生を独占したいのですよ。修一さんが目障りメザワリです。」


「仕方あるまい。慶吾けいご隊の任務で、直属で護衛になったのだから……。其れに、常継つねつぐ兄さんの話では、成人の儀は執り行われたから、紅も自由の身だしな……。」


「佐波様の事は喜ばしいですが、祝の席が毎夜になりますと……。私も佐波様と電話で話したいです。まだ、無理なのは解っていますが……。声だけでも聞きたいです。……流石、最先端の船ですね。」


倫敦ロンドンに着いてからでも、住居が決まってからでも遅くはあるまい……。時間は何時でもあるのだからね。」


「解りました。先生……。」


 明継が顔を掻いた。


「そろそろ。先生から卒業しないか……。もう、国から出たのだよ。紅は私をまだ先生と呼びたいのかい……。」


 紅隆が考え込んでから上を見上げた。


「あっ……。」


 紅隆が手を目一杯メイイッパイ腕を振った。


 満面の笑みをしている紅隆の視線の先を、明継は覗こうとしたが、彼を後ろ向きにさせて紅は前に立った。


「覚えていますか……。」


 紅が左手を明継に見せた。


「何の話だい……。」


 明継が左手を持ち上げると、手に口付けをする。


「本当に指輪の様な痣だよな。懐かしい……。此を見た時、懐かし過ぎて、笑ってしまったな……。梅ノ木で私を待って居たのかと思ったよ。」


 明継が微笑んだ。


「ずっと待っていましたから……。」


 紅は聞こえない声で呟いた。


「秋継さん。喜びは共に、哀しみも共に、健やかなる時も、苦なる時も共におりましょう。何が合っても共に乗り越えましょう……。」


其処ソコに俺も入れて貰わなければ困る。」


 修一がすっきりとした表情で立って居た。


「来なくて良いです……。」


 紅は小声でツブヤいた。


「紅の側には俺もありだな。無理だろう。二人きりに成るには、まだ時間がってない。国外に出ても、まだ駄目だ。気を抜くな、夜も居るからな。諦めろ。二人の時間はまだ早い。常継つねつぐ兄の許可が必要だ。」


「常継兄さんの事だから面白がって、任務で夜も妨害しそうだな……。父上も、余り男と夜を共にするのが嫌いだからな……。」


「継一様は男色が禁止された時代の人だからな……。」


「どうなる事やら……。」


 明継が苦々しい表情がしている。紅隆の頭を撫でなから、微笑んだ。


「無理に大人になろうとしなくてはいけない訳では、ないよ。仕事も忙しくてなるし、倫敦ロンドンは物価が高いからね。初めての世界だから、買い物も私と行かないといけないね。」


「其の時は、俺も一緒だからな……。」


 修一が割り込んで来るのを、紅隆が嫌な顔をした。

 二人は倫敦ロンドンの生活の基盤の話をした。


 茅の外になった紅隆が少し離れた場所に移動する。

 修一が辺りを見回してから、明継と話し出した。


 紅隆が小さく手を振っている。声は出さない。だから、笑っている。


 海が明るくなると、前後左右の波を中心とする様にして明るく色が変化していく。周りが徐々に色ずいていく。


「わあ。綺麗……。」

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倫敦 時折、春 〜君に辿りつくための物語〜 木村空流樹ソラルキ。 @kimurasora

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