第10話 第一主導者エルロム
第10話 第一主導者エルロム
「いったい、どういうことなの……」
私たちは、あてがわれた寮の部屋で呆然としていた。
この寮は宿屋も兼ねているため、本部とは離れた場所にあった。
山からも海からも離れ、シュケル国の国道に近い場所だ。
私たちは持ち帰ったクォーツを調べるために
バッグから取り出そうとしたのだが……どこにも無いのだ。
落とすことは考えられない。
ルシス国で”妖獣から生えていた触手”を
入れておいた保管ケース、あれに、確かにしまったのだ。
「文字どおり、消えましたわね」
リベリアが空の容器を見ながらつぶやく。
ここには中に封じられてた誰かの霊魂も消えたようだ。
「皇国調査団のレポートに記載がないのは
きっとこれが理由ね。調べようがないもの」
クルティラが眉をひそめる。
私たちは息をつく。
「まさか収入源が、他人の霊魂を使った商品の販売とはね」
”女神の飲む宝石 シュケルウォーター”。
これについての詳細を皇国から得たところ、
表向きはあくまでも”自然水の販売”となっているようだ。
おそらくクォーツが使われた製品は、
裏ルートで、ごく少数の選ばれた相手だけに販売されているのだろう。
この組織は、よくある悪徳商品を扱う団体と違い、
団員にお金は求めていない。
売り上げのうち、多少はピンハネするけど
アドバイスやコンサルタント料だと割り切れる金額だし。
だから、その目的が余計にわからなかったのだ。
お金目的であるほうが、まだ納得できるし
犯罪のパターンも決まったものになってくるから。
「見た感じ、エルロムたち主導者は、
別に派手な生活をしてるってわけじゃないもんね」
もちろん貴族だから良い服を着ているが、それくらいのものだ。
私が不思議がると、クルティラもうなずく。
「最高主導者に全額、流れてるのかしら」
なんにせよ、自然・質素・シンプルを気取っていた組織が
裏ルートまで使って、秘密裏に荒稼ぎしているのは間違いないだろう。
私は腹が立って毒づく。
「なにが、”君たちの笑顔が僕の財産だ”、よ」
エルロムが自身の収入に関して問われると、
必ずそう答えるそうだ。
「人々の笑顔がお金になるのは芸人だけですわ」
リベリアが醒めた目で言う。
それに対し、クルティラが笑みを浮かべて答える。
「それ、当たりだわ。エルロムの父親は芸人らしいわよ」
ええっ! と思わず声が出る。
「今日、食堂で団員さんたちが話していたわ。
エルロムの父親は、男爵家に訪れていた芸人の一人だったって」
宴を盛り上げたり、ヒマを持て余す夫人の余暇を満たすために。
中にひとり、旅の芸人とは思えぬほど、
光り輝くような美貌の男がいたそうな。
その男は男爵夫人のお抱えとなり、やがて長期滞在するようになる。
しかしエルロムが生まれ、成長するにつれ、
男爵ではなくその芸人に似てきたこともあり、
居づらくなったのか、いつの間にかいなくなったそうな。
「エルロム自身もなついていたって話よ」
彼が国を出たのが8歳の時。
その年齢で、しかも男爵と夫人が彼の前で揉めたとしたら。
自分の本当の父親が誰か、気が付いていた可能性もある。
クルティラは肩をすくめて言う。
「貴族に取り入るのが上手いのは”血”のせいだろ、
なんて言われてたわ」
やはり王妃様がエルロムに対して激しく執着する様は、
団員から見ても異常なのだろう。
というか、みんな妄信しているわけじゃないんだ。
不満や疑念を隠したまま所属している、としたら。
この組織に対する違和感がさらに大きく膨らんでいった。
************
「僕もねえ、大きくなったらエルロム様みたいに、
みんなのために役に立てる人になるんだ」
ギルが爽やかな笑顔を見せる。
複雑だけど、この子は王妃と違って、
エルロムの外見ではなく、彼の意思表明を評価しているのだ。
”自然に、より良く生きる”
幼いギルには、エルロムが”人々を導くカリスマ”に見えているのだろう。
「憧れの存在は、自分を高みへと引き上げてくれるよ」
そう言って、他の団員がギルの頭を撫でる。
ギルは嬉しそうにうなずくと、あ、と叫んで立ち上がる。
「行かなくちゃ。今日は父ちゃんの仕事場に行くんだ」
「そうか、早く6級になれると良いな」
「うん。あ、アスティレア、リベリア、クルティラ、
今日は一緒に行けないけど、がんばってね」
丁寧に一人一人に呼び掛けて、励ましてくれる。
彼が扉を開けた瞬間、そこにはボールを持った男の子が立っていた。
それを見た団員があっ! と叫んで叱り声を出す。
「こら! またサボってるのか!」
ボールを持った男の子は逃げ出し、団員が追いかけていく。
ギルはそれを、寂しそうな目でずっと見つめていた。
ホントは遊びたいんだろうな。ギルも。
私は”がんばってね”という言葉を返してあげることができなくなり
「気を付けてね!」
というのが、精一杯だった。
************
「では、私たちも行きましょうか」
そう言って席を立つと、近くの団員たちが寄ってくる。
「海だろ? 一緒に行こうよ」
「俺、よくクォーツが取れる場所知ってるんだぜ。
そこに網を投げ込めば十中八九、クォーツ入りだぜ」
「何言ってんだよ。彼女たちは優秀なんだぜ。
入ってから一度も、ノルマ不達成ないんだから」
それはそうだ。不達成になると反省文や原因分析とかで
調査に出られないばかりか、
無意味なことに時間を割かなくてはいけないのだ。
「そうだよな、優秀な団員を迎えられてみんな喜んで……」
団員たちの言葉をさえぎるように、若い娘の声がした。
「ふーん。優秀なんだぁ」
振り返るとそこには、数人の男性団員に囲まれた娘が
ストロベリーブロンドの髪を揺らしながらこちらを見ていた。
私たちを褒めたたえていた団員たちはヤバイ! という顔になる。
「ミ、ミューナ様。おはようございます」
一級団員のミューナ。
団員のアイドルで、主導者たちにも可愛がられていた。
でも可愛らしいのは見かけだけ。
入ってすぐのころ、挨拶した時は、
驚いたことに丸無視された。
あれ? 耳が悪いのか? と思っていると
離れた場所で取り巻きの団員に
「あのね、さっき新しく入った子にご挨拶したんだけど
こわーい目で睨まれちゃったの。
ミューナ、何か悪い事したかなぁ」
とベソをかいているのをみかけた。
おお、耳が悪いのではなく、性格が悪いのか。
なんてヤツだ! と私たちに対して立腹する取り巻きの男を
「大丈夫です! ミューナ、ちゃんと仲良くなります!」
などと目を拭きながら答えていた。
だから私もすかさず駆け寄って叫ぶ。
「わあ嬉しいです! ぜひ仲良くしてくださいね!」
唖然とするミューナの手をとって、他の団員に振り返る。
「さっき
お返事いただけなかったので
皆さん、大丈夫でしたね!」
え、無視したの、誰か見てたの? ウソでしょ?
そう思っていそうな焦った顔で、ミューナは団員たちを振り返る。
バーカ、誰も見てませんよ。
でも彼女の取り巻きは、手をとり感激する私を見て
「な、なんだ。行き違いかな?」
「そうだと思います! だって初対面の人を無視するとか
人としてあり得ないじゃないですか~、最低ですもの」
ミューナの取り巻きに笑顔を振りまくと、
えへへ、そうだよね……なんて言いながら、頭を掻いている。
密かに私にディスられた
憤怒で顔を赤くしているにも気付かず。
よろしくお願いしまーす、なんて彼らに挨拶してまわる。
その様子をミューナはイライラを隠さず
「さっさと行きましょう! お仕事しましょう、みなさんっ」
と去っていったのだ。
私の横でリベリアがつぶやく。
「売られた喧嘩を倍額で買ってあげるとは。
お釣りをいただくのが楽しみですわね」
そう、後はミューナの”報復”待ちだ。
さすがはリベリア、ちゃんと私の目的を見抜いている。
無視の理由は、若い娘が入ったのがよほど気に食わなかったのだろう。
(それもこんなカワイイ子が三人もだ!)
感情を抑制できないタイプだし、
彼女は必ず、私たちを追い出そうとしてくれるはずだ。
案の定、その後も当たりは強かったが
いかんせん初級と1級では接点が無いため、
報復を頂く機会はほとんどなかった、のだが。
今日も彼女はふんわりしたドレスを着ていて、
作業する気はさらさらないようだ。
実際、何故か採石などの作業は免除され、
団体の運営の仕事というものばかり任されているから。
「みんなのこと応援するのが、私のお仕事です!」
彼女のトレードマークである、
ローズクォーツで作られた蝶のついたチョーカーと、
カチューシャは標準装備だ。
どうやら、エルロムに贈られたものらしい。
こいつもエルロム中毒なのか。
ミューナは私たちと団員さんをジロジロ眺めた後。
「海はもう良いんじゃないですかぁ?
新入りさんはぁ、早く慣れてもらうためにぃ
出来る限り他の仕事を任せた方が良いかなって」
うんうん、それ賛成。新しい調査したいもん。
でも他の団員さんが、言いづらそうに。
「あれ、でも、決まりでは、入って2か月は海の採集作業って……」
「優秀なんでしょ? じゃあ、いいじゃない。
エルロム様には私が伝えておくから」
それでもとまどう団員たち。
そこにあの陰険な目つきで常にこちらをにらんでいるルドルフが加勢した。
「そうですね、海だけじゃなく、山の方の探索を任せましょう。
あの歩くのも険しい山道ですよ。
新入りにはちょっと厳しいかもしれませんが、ね」
あれ? それって願ったり叶ったりなんだけど。
山を調査する理由を、どうやって見つけるか、頭を悩ましていたのだ。
しかしルドルフの物言いに意地の悪さを感じたのか、
ミューナは満足そうに顔をゆがませて笑う。
「さっすが、ルドルフくん」
美しさではエルロムには及ばないけど
団員の中では飛びぬけてハンサムである(目つきは悪いが)
ルドルフのことをミューナは気に入っているようだった。
彼もミューナのお願いを率先して聞いてあげているように見える。
「場所まで案内してやる。さっさと来い。グズグズするな」
乱暴な調子で言い放つルドルフを、ミューナがニヤニヤと見ている。
「あんなとこ虫でいっぱいだもん、カワイソ~」
ちょっと心配そうに見つめる他の団員さんたちに手を振り
私たちは彼の後を追った。
彼は黙ったまま、どんどん進んだ。
そして山道へと分岐する場所まで来ると、
そちらを指さして静かに言う。
「この山道を登っていくと、いくつか獣道がある」
うなずく私たち。
「だが、獣道や森にはクォーツは無い。山道だけを探せ。
あるのは、人がいる場所、通る場所だ。それを忘れるな」
獣道や森には入っても徒労に終わるって事か。
もしかしてこの人、私たちにちゃんとアドバイスしちゃってない?
ミューナの親衛隊のひとりじゃないの?
そして私たちの目を見ないまま言う。
「それから絶対にメイナは使うな。
ここではあれは、聖なる力には
私が何か聞こうとする間もなく、彼は道を戻っていった。
クルティラがつぶやく。
「あの人、皇国の人だわ。でも調査団ではない」
「どういうこと?!」
「腰に下げていた工具ホルダーが皇国製だったわ。
中身の工具も全部、ね。それも使い込まれてた」
「調査団だったらあらかじめ私たちに通達があるもんね。
無いってことは、本物の、”メイナに嫌気が差した皇国人”?」
「若返りの化粧水が欲しかった皇国人かもしれませんわ」
リベリアが言う。
彼が同じ皇国のよしみで意地悪にみせかけて
調査の手助けしてくれた可能性は高い。
でも私たちを警戒しているのも、間違いないのだ。
彼のことはさておき、私たちは山道を進み、クォーツを探す。
リベリアがいるので無駄な探索をする必要がないのだが、
それでも不思議な気持ちになった。なぜなら。
彼が言う通り、獣道や森の方向には何もなかった。
そしてクォーツは、土に埋もれることなく、
道のはしにコロンと転がっているのだ。
2センチくらいのそれを指でつまみ、リベリアは目を細める。
「これは……海のものとは違うわ」
「えっ! じゃあ人の魂じゃないの?」
「いいえ、中身は人の魂だけど、違うのは……
霊魂のかけらなんです、これ」
かけら?
「誰かが、自分の霊魂の一部をこぼしていったってこと?」
うなずくリベリア。
「霊魂をエネルギーだと考えたら分かりやすいでしょう。
体に充満しているそれも、何かのきっかけで減ることがあるのです」
「じゃあさ、どんどん削られてったら、どうなるの?」
「身体としては生きていることになりますが……」
生ける屍のようなものだろう。
この国の人は、いや、おそらく団員たちは
なんらかの理由で霊魂を少しずつ削られているのだ。
************
私たちは今のところ順調だ。
一か月にして8級の胸章を手に入れることができた。
フフフン♪と喜んでいたら。
「6級くらいまでは誰でもすぐに上がるそうよ」
「昇級で喜ぶなんて、この組織の思うつぼですわ」
さあ、今日もがんばるぞ!と本部に入ると。
そこにはエルロムと、王妃様がいた。
「こちらお土産にと買ってまいりました」
エルロムが王妃に差し出したのは、
ウサギの形をしたピンクの小物入れだ。
王妃は両手を頬に添えて、まあ素敵! と声をあげる。
その様子に、エルロムが微笑みながら言う。
「可愛らしいものがお似合いになりますから」
「ま、可愛いだなんて。ワタクシいくつだと思って?」
エルロムは一瞬、驚いた表情を作り、苦笑いをする。
「これは大変失礼しました。……僕はすぐ
貴女はいつも少女のように可憐だから」
「もうエルロムったら。でも嬉しいわ、大切にするわね」
そんなやり取りを見つめるしかなかった。
なんというか、よくあるパトロンとジゴロのような関係性だな。
二人は小声で何かささやきあったり、時に触れあったり。
エルロムは本当に愛おしそうに王妃を見つめている。
あんな目で見られ、特別扱いされていたら。
王妃は本気で愛されていると勘違いしているかもしれない。
仲睦まじいその様子をみながら、
この熱狂の行く末を思い、私は身震いするしかなかった。
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