第9話 熱狂する王妃

第9話 熱狂する王妃


 怪しまれることなく無事に入団し、

 翌日にはもう、私たちはクォーツ採集に参加した。


 団員たちがせわしなく準備する中、

 リベリアは無表情で海を見ている。

 彼女の目には、何が見えてるんだろう。

 私の視線に気が付いて、リベリアが目を伏せて言う。

「……この海には、何もありませんわ」


 私はホッとしかけるが、いや、違う! と気がつく。

 海にわけがないだろう。

 だって海はさまざまな生物の命があふれ、

 同時に、たくさんの死を飲み込んできた場所なのだから。


 私は近くにいた古参の団員にたずねる。

「お魚も一緒に取ったりするんですか?」

 私の質問に、相手は苦笑いを返して言う。

「この辺は全然だよ。よ。

 エサになるもんがいねえんじゃねえのか?

 魚を取るなら、もーっとあっちのほうか、沖に出るんだよ」

 そこまで極端に魚がいないことを不自然に思わないのか。

 この国の人って、純朴というよりも単純すぎるかも。


「おーい、引き上げるぞ!」

 海に投げ込まれたたくさんの網には、

 砂利とともに大小の小石が入っていた。


 引っ張り上げながら、団員が言う。

「網を大きくしたいけど、

 重すぎで引き上げられなくなるからね。

 このくらいがちょうど良いんだ」


 引き上げられた小石はバケツに小分けされ、

 作業場へと運ばれる。

 そこまでは男性の団員がやってくれる。


 仕事終えた男性の団員たちは、集まってひと息入れている。

 その中に、初日に睨んできた男がいた。

 やはりこちらを厳しい目つきで見ている。怪しんでいるのか?

「おい、ルドルフ。お前も飲めよ」

 ルドルフと呼ばれたその男は、会釈し飲み物を受け取る。

 しかし仲間たちの会話には加わらず、喉を潤した後は

 ポケットから手布ハンカチを取り出し口元を拭いていた。

 ……意外と上品だな。


 テーブルに乗りきれなかったたくさんのバケツを見て

「いっぱい取れましたね」

 と私が言うと、女性の団員は首を横に振った。

「これだけ取っても、

 あのクォーツが見つかるのはほんの少しなの。

 前ほど取れなくなってるから」


 クルティラが尋ねる。

「クォーツを集めてどうするんですか?」

「あれ? 聞いてないの? これは材料になるのよ。

 特殊な工具で砕いて、それから……

 まあ作り方を知ってるのは主導者様たちだけだけどね」

 生成法は謎だと。で、これを材料に、何を作るの?


「そういえばこの団体の主な収入源って……」

「まあ、そんなことも知らないで来たの?

 を売ってるのよ。もちろんただの水じゃないわ。

 皇国では聞いたことない?

 ”女神の飲む宝石 シュケルウォーター”」

 私は吹き出すのをこらえて唇をひきしめる。


 無い無い、そんな怪しい商品。

 もし皇国で売ろうとしても無理でしょ。

 そんな怪しいもの、皇国生活省が文字通り、飛竜に乗って飛んでくるわ。

 怪しげな薬事的効果をうたって、

 商品やサービスを売りつける販売方法は禁止されてるんだから。


「国内だけじゃなく、国外の貴族にも高値で売れてるって話よ」

 リベリアが目を見開いたあと、口を抑える。

 このクォーツに閉じ込められているのは死者の霊魂だ。

 他人の魂をそんなことに使うとは。


 じゃ、がんばってね、といって去っていく男性の団員たち。

 残された女性の団員は作業を始めた。


 うちのテーブルの上には、バケツが12個。

 テーブルの横にもまだたくさんのバケツが置いてある。


 隣のテーブルの女の人が振り返り、

「初めはよく分からないだろうから、

 困ったら聞いてね?」

 と言ってくれる。基本、みんな良い人だ。


 でも、申し訳ない。

「では、探知機作動……お願いします」

 私がそういうと、リベリアが軽く睨んでくる。

 でもさっさと終わらせたいのか、

 大量のバケツの中から、”これとこれと……これ”を選ぶ。

 彼女の霊力を持ってすれば、

 見なくても霊魂入りクォーツの有無がわかるのだ。


 私たちはそれらを手に取り、クォーツを取り出した。

 私は手の平の中のそれを見つめる。

 死後、商品にされるとは思わなかった誰かさんの魂だ。


 私たちは2つほど隠し、後は。

「わあ! これってそうかな?」

 周りのテーブルから人が集まってくる。

 みんなは私たちの”成果”を見て、喜んでくれる。

「ビギナーズラックね。良かったじゃない」

「その調子でノルマを達成できると良いわね」


 その女の人の言葉に私は驚いてしまった。

「ノルマ?! あるんですか?」

「あら、聞いてないかしら。

 一週間単位でのノルマがあるのよ。

 そして翌週の目標は、先週の個数を必ず超えなくてはいけないの」

 私は顔をしかめる。そんな後出し、ひどくない?


 毎週記録を更新する義務。

 じゃあ、あまり飛ばさない方が良いってことか。

 私たちは顔を見合わせ、残りのバケツを取りに行った。


************


 私たちがその日の”取れ高”を納品しに本部へ行くと。

 なんだか本部がザワザワしていた。

 そして戻ってきた私たちを見て、上級の団員が手招きする。

「早く、早く。王妃様がお待ちだ」

 私たちは驚く。王妃様が、いきなり?


 奥の部屋から女性の声がする。

 団員さんにここに来た理由を問われたようだ。

「ええ、だから。

 新しく来た娘は皇国のなんでしょう?

 一言、お教えしておかねばと思いまして」

 上級の団員が声をかける。

「お連れしました!」


 私たちが入ると同時に、王妃を接待していた団員たちが後ろに並ぶ。

「特別団員であらせられる王妃様直々のご講義、

 ありがたく拝聴しておけよ」

「くれぐれも失礼がないようにな」

 そう言われ、黙ってうなずく。


 私たちは相手が王族ということもあり、

 一応カーテシーで礼をし、ご挨拶する。

 顔を上げると、そこにいたのは。


 サイドの髪をそれぞれ高い位置で結わい、

 豪華絢爛な髪留めを飾っている。

 細かなレースがふんだんに使われた、

 肩の出るレモンイエローのドレスを着て、

 淡いピンクの口紅を塗った口が小さくすぼめられている。


 全てが、10代の女性向けの髪形、ドレス、アクセサリーだ。


 皇国調査団のレポートで、事前にどんな人物か

 だいたいのことを知っているつもりではあったが。

 実物をみると、やはり動揺が隠せない。


「あなた方が、皇国からいらしたというお嬢さんね?」

「お目にかかれて望外の喜びに存じます。

 またこちらにお誘いいただき、感謝しております」


 王妃はこちらをじっと見た後、何から話そうかしら、とつぶやいた。

 そしてテーブルの上に置かれた、瀟洒なガラスの小瓶を手に取る。

「やっぱり、これを求めて入団されたのかしら? そうでしょ?」

「いえ、それについては本日教わったばかりで」

「ウソおっしゃい。”世界中で売れてる”ってエルロムが言っていたわ。

 これがあまりにも素晴らしいから、たくさん欲しくなったんじゃない?

 皇国にいても、なかなか手に入らないものだから、

 わざわざここまで来たんでしょう?」


 機関銃のように返ってくる。

 それも、思い込みの激しい言葉が。

 それにしてもエルロムは、なんで王妃を騙してるんだ?

 ”その水が世界中で売れている”なんて、完全な嘘なのに。


 横にいた団員が助っ人を出してくれる。

「本当なのです。彼女たち、全然何も知らなくて。

 メイナ無しの生活に憧れて来たと聞いてます」


 その言葉に、王妃の目が輝いた。

「まあ、見直したわ。素敵な方たちね」

 よく分からないけど、反感を持たれるよりは良いだろう。

 調査はまだ始まったばかりなのだから。


 王妃は機嫌よく、微笑みながら小瓶を高くかかげる。

「これに、どんな効果があるかお分かりになるかしら?」

 残念ながら、あのような容器に入っている時点で察しは付くが。

 ここは知らぬ存ぜぬを突き通そう。


「申し訳ございません、どうやって使うのでしょう?」

「フフッ、飲んでも良いし、肌に直接塗っても良いの。

 ……ねえ、ワタクシいったい何歳に見えまして?」

 そう言って、小首をかしげる。

 でも皇国調査団のレポートにより、実際の年齢を知っているのだ。

 王妃は御年50歳のはず。


 正直キツイ質問なのだが、今後のことを考えると、

 かなりしなくてはならないだろう。

「そ、そうですわね、王妃様ですし、30……」

 それでも十分盛ったつもりだが、30代と聞いて王妃の顔色が変わった。

 しまった、不正解だ。


 気付いたクルティラが静かにフォローする。

「お美しい上、とてもお若く見えるのですが、

 溢れる気品や教養のため、少々落ち着いて見えます」

 その言葉に、彼女はまあそうかもしれませんわね……などと呟く。

 そして気を取り直したように宣言する。

「ワタクシね、こう見えて50歳なのです」

 えええええ! 私たちは声を上げ、

 信じられませんわ、まったくそんな風には、などと口々に言いあう。

 デコルテや手の甲でバレバレですよ、とは口が裂けても言わない。

 まあ、本人が幸せなら良いじゃないか。


「このイクセル=シオはね、みーんなを幸せにするのが目的なの。

 これをどんどん広めれば、みんないつまでも若くいられるわ」

「こ、これのエビデンスというか、科学的な根拠ってあるんですか?」

 広めると聞いて、思わず私は聞いてしまった。

 安全性を欠く商品の販売に携わるわけにはいかないし。


 すると王妃は急に表情を曇らせ、キッと睨みつけたかと思うと

「ワタクシ、ものすごく勉強したのよ! 間違いなくてよ!

 実際、みんな肌がみるみる若返るって言うわ! それが事実なのよ!

 本にも書いてあったわ! 若さを引き出す成分を持つ植物があるって!」

 王妃様! クォーツは植物でなく鉱物です!

 私はその言葉をなんとか飲み込んだ。

「エルロムから直接教わったのよ、私。

 他の団員よりも、しっかりとね! だから間違いないの」


 皇国調査団のレポート通りだ。

 王妃は狂信的な団員で、しかも何を言っても無駄、だと。

 国王と王太子たちの苦労を思い、私はひそかにため息をつく。


 エルロムの名前を出した瞬間、王妃は鬼気迫る表情だったのが、

 夢見る少女の顔に変わった。

「私はね、この世の真実を教えていただいたの」

「この世の真実、ですか?」

 私の返しに、王妃は神妙な顔でうなずき、繰り返す。

「私は真実を知ったのよ……メイナは人間に必要のないものなの」

 はあ、そうですか。私たちは黙って話を促す。


「そして皇国はメイナを使って我々をコントロールしようとしているの。

 あなたたちも、なんとなくそれに気が付いたのでしょう?」

 うっ、マズイな。あんまり同調するのも、事が解決した後に問題になる。

「コントロールされてるとは思いませんが

 メイナが無い生活ってどんな感じかなって思いました」

「あまりにも便利すぎるのもどうかなって」

「それに海や山に囲まれた暮らしに憧れて」


 望む返事ではなかったのか、王妃の眉が吊り上がった。

「ウソおっしゃい! 知らず知らずのうちにきっと

 支配される恐怖を感じていたから、国を出たのよ!

 人間の本能が、メイナの存在を拒否したんだわ!」

 何かスイッチが入ったようにまくしたててくる王妃。


 何か言おうと思ったが、リベリアに手を引かれる。

 そうだね、この人に反論は無意味なのだ。


 すっかり厚く塗られた化粧も崩れかけ、息を荒くしながら。

「あなたたちの、そして人類のためなのよ。

 この水は人類を幸せにする魔法の水だし、

 メイナは逆に人類にとって害悪でしかないの」

「承知しました」

 私は短く返答する。また何か言い出しそうになる王妃に

 私たちは退出の礼をする。


 こりゃ、王家の人々や側近は困ってるだろうなあ。

 そう簡単には、こののめり込みぶりからは抜け出せないだろう。


 皇国調査団のレポートには。

 ”王妃は国王の10才年下だが、望まれて隣国から嫁いだ。

 しかし嫁いだ当初からこの結婚に対して

 強い不満を感じているようだった。

 また他国の者だったこともあり、ずっと孤独感を感じていた様子”


 慢性的な不安感や不満、孤独を感じている人ほど

 偽の情報を”真実だ”と思い込んでしまう傾向にある。

 それにしても、イクセル=シオに対する

 王妃の熱の入れようは異常に思える。


 部屋を出ようとした瞬間、代わりに団員が走り込んでくる。

「王妃様! エルロム様より”すぐにこちらに向かいます”との伝言が!」

 それを聞いた王妃の顔を見て、熱狂の理由の謎が解けたのだ。


 廊下を歩きながら、私はクルティラとリベリアにつぶやく。

「王妃が熱狂しているのは、この組織じゃない」

 うなずく2人。

エルロムあの男だね」


************


 私たちはみんなが集まる部屋に戻って来た。

 今日の成果について語り合っているようだ。


 私たちに気が付き、嬉しそうな顔で褒めてくれる。

「すごいね、新人なのにちゃんとノルマを達成していて」

 マズったな。新人はノルマを達成できないのが普通なのか。


「おい、お前。……もしかしてメイナが使えるのか?」

 唐突に、あの陰気なやぶ睨み野郎ルドルフが聞いてくる。

 団員たちは驚いた表情でこちらを見る。

 私はうなずく。

「ええ! 先生に褒めていただいたこともあるの。

 君はなかなか筋が良いかもしれない、って。

 でも結局訓練なんて受けなかったから……クォーツ探すなんて」

 ルドルフは鼻で笑った。団員たちもホッとする。


 ここは”全く使えない”と嘘を付くより、

 ”たいして使えない”と勝手に誤解してもらうのが一番だ。


 まあ、嘘は言ってません。

 皇国における司法の最高、

 メイナース最高裁判官である祖母に良いと言われたし

 訓練なんてしなくても、全てのメイナ操作が可能でしたから。


「まあ、念のため言っておくが、メイナは絶対に使うなよ。

 命が危険にさらされるからな」

 そう言って、壁の入り口に彫り込まれた文字を指さす。


 ”この地でメイナを使うな、使えば全てが終わりを迎える”


「……なんですか、これ」

「この地に古くから伝わる伝承だよ。

 実際、過去に使おうとした者が何人も倒れてるんだ」

 何、それ。

 この組織イクセル=シオが言い出したことじゃないってこと?

 メイナを使うのがタブーなのは。


 霊魂入りのクォーツと、メイナ厳禁の土地柄。

 そしてそれを利用する者たち。


 ベルタ嬢の件に行き着くまでに、

 解かなければならない謎が多そうだ。

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