第8話 イクセル=シオへの入団

 第8話 イクセル=シオへの入団


 ”古城で化け物となり、捜索に来た兵士たちを惨殺”

 失踪し、その汚名を着せられたベルタ嬢の謎を解くために。


 潜入作戦を「3人とも最下級をめざすルート」に変更し

 私たちはイクセル=シオ団の本部を目指した。


 到着すると、走ってきたのは

 ”隣国で旅行中の私たち”をしてきた男だ。

「おおー! 本当に来てくれたな!

 ……おーい、新しい仲間だぞ」

 彼は私たちを嬉しそうに見渡した後、他の団員に声をかける。


 ”世間知らずのくせに、退屈のあまり、

 人とは違う生き方をしてみたい貴族の娘”

 それが私たちの設定だ。


 皇国の調査団の調べで、

 この組織が時おり隣国で勧誘をしていることが分かった。


 だから目星を付けた勧誘員の近くで

「今の生活に疑問を感じてしまうわ」

「もっと良い生き方があるのではないかしら……」

「そうね、もっと自然に、もっと自分らしく」

 なーんて語り合っていたら、

「お嬢さんたち、その願い簡単に叶えることができるんだよ」

 と近づいてきのだ。

 そこからは、入団へのお誘いまであっという間。


 私たちは興味深げに本部を見渡した後、

 こちらを凝視している団員たちに笑顔で挨拶をする。


「お誘いくださってありがとう」

「本当にここは素敵だわ。自然が溢れていて。

 しかもメイナの力を使わずに自力で生活しているなんて。

 本物の、人間らしい暮らしができそうですわ」

「さらに高みを目指していくなんて、

 とても素晴らしいことね」


 いきなり手放しで褒める私たちの言葉を聞き、

 若い娘たちの入団を”冷やかしなのか?”と

 訝しげにみていた者たちは、とたんに相好を崩す。


 そんな中、1人、眼光鋭く睨みつけてくる者がいた。

 かなり大柄で、結構整った顔だが、

 雰囲気が重く、近づきがたい雰囲気を醸し出していた。

 警戒されてるのかな。要注意だ、彼は。


 私たちは中央の大テーブルに案内される。

 目の前にはレモネード。もちろん室温だ。

 メイナを使わないから、

 ここには冷蔵庫も冷凍庫もないから。


「前にここの決まりについては説明したけど、

 念のため、確認するね?」


 ここのモットーは”自然に、より良く生きること”

 会社でも宗教でもなく、有志による団体だ。

 ここを作ったのは最高主導者。

 彼が最初に弟子としたのはエルロム。

 そしてエルロムを介し、次々と仲間を増やしていったそうだ。


「まあ! それじゃ、最高主導者にご挨拶しなくては」

 リベリアがそう言うと、団員たちはどっと笑った。

「いやあ、俺たちだって会ったことねえよ。

 主導者様たちだって、一般団員から主導者になる時に

 初めて面談してもらえるんだから」

「直接お話できるのはエルロム様くらいだろうねえ」


 ま、そんなに簡単に

 黒幕に会えるとは思ってなかったけどさ。


「主導者って言ったけど、ここには階級があるんだ。

 最初は初級。君たちはそれ」

 うんうん、とうなずく私たち。

「んで、次は8級だ。

 そうやってどんどん昇格して1級を目指すんだ」


「わぁ、がんばろーっと!」

 私は無邪気な声をあげてみる。

「そういったシステムだと、

 モチベーションも上がりますわね」

 リベリアの指摘に、団員は嬉しそうにうなずく。


 そして部屋の隅で何かの作業をしている子どもたちに目をむけて言う。

「そうなんだよ。だから子どもたちも喜んで頑張るんだ」

 おそらく習い事みたいに、上を目指して。

 その時、こちらの視線に気が付いて駆け寄ってきたのがギルだ。

「ねえねえ、新しい人?」

「そうよ、よろしくね」

 私がそう言うと、こちらを見てビックリ顔になる。

 目を合わせたギルは顔を真っ赤にし、

 何も言えずにモジモジとしだした。


「どうした? ギル」

 団員に顔を覗き込まれて、ギルは小さな声で

「……すごいキレイな人だねえ」

 とつぶやいた。可愛いやつめ。


「君も団員なのね?」

 私がそう尋ねるとギルは嬉しそうにうなずいて胸を張る。

「僕はもう7級だよ。工具の使い方を覚えたからね」

「工具の使い方?」

 私の問いに、他の団員が説明をしてくれる。

「ギルの家は靴職人なんだよ。

 だからこの子の目標はその技術の習得なんだ」


 ああ、そうだった。

 この組織の最大の特徴は、

 団員の目標や目的がそれぞれ違うということだ。


 農業や工業など本業があるものは、

 もちろんその売り上げ。

 売り上げの増加イコール”成長”なのだ。


 前月と今月の売り上げを比較し、

 増えた分の10分の1を収める。

 例えば1000コインが1200コインに増えたら、

 差額の200コインの10分の1、

 つまり20コインを組織に収めることになる。


 売り上げに変化なし、または減った場合は

 そのペナルティとして、

 売り上げの100分の1を収めなくてはいけない。

 1000コインが900コインに減った場合

 9コインを収めるわけだ。


 それって団員にメリットあるの?と思ったけど

 経営や業務が上手くいくよう、

 ダメなところを指摘してくれたり、

 アイディアを出したり、いろいろ手助けしてくれるそうだ。

 まあ、経営コンサルタントのアドバイス料といったところか。


 組織や団員同士の補助により

 継続的に売り上げをアップ、または保持できるのだとしら、

 そんなに悪い話ではないのだろう。

 少なくとも、廃業や倒産の危機に陥る心配は無くなるのだから。


 そして子どもの団員は勉強や、

 家業をマスターすることが目標になる。

 ここに組織が人気を集める理由があった。

 団員として加入させれば、

 子どもたちはなんとなく昇級を目指してがんばるから。


 そして。

 貴族の子弟などハッキリとした本業のない者や、

 私たちのように他国から来た者は、

 組織の運営や宣伝、そして”クオーツ”の回収を行う。


「だから君たちは、これを集めたり

 管理してもらうことになるよ」

 後方から他の団員が見本として持ってきたのは

 確かに水晶クォーツのようなものだった。


 それを見たとたん、リベリアに緊張が走る。

 膝の上で重ねられていた手が、握りこぶしに変わった。


 目の前に置かれたそれを、三人で眺める。

「これって水晶? ……緑泥石入りの?」

 私は思わず聞いてしまう。


 基本的に水晶は無色透明なものだけど、

 ルチルクォーツやガーデンクォーツと同じように、

 中身が入っているものもある。

 目の前のこれも、緑泥石入りの水晶のように

 何かモヤのような黒い影を内包していたのだ。


「そうだよ、最高主導者様がそう言っていたから」

 私たちは沈黙し、クォーツと呼ばれるそれを凝視している。


 その様子を見て、団員さんが手に取り、

 私たちに差し出して言った。

「触ってみるかい?」

「いいえ大丈夫です結構です」

 食い気味にリベリアが断る。

 私は察したので、慌ててフォローする。

「その、割ってしまいそうで怖いので」


 それを聞き、団員さんたちは大笑いした。

「いやあ、これさ、硬いんだよ、すごく。

 落としても、なんならハンマーで叩いても壊れないの」

「ほんと、割れたの見たことないよなあ」


 私たちの笑顔が強張る。……何を言ってるのだ? この人たち。

 ということは、これは絶対、水晶ではない。

 もちろんダイアモンドでも。


 鉱石の硬さの尺度は”モース硬度”。

 ダイアモンドは10で水晶は7くらいだ。

 どちらも確かに硬いのだが、衝撃に強いわけではない。

 それなりの力を加えれば、割れてしまうものなのだ。


 たくさん石工職人もいるだろうに、

 なんで疑問に思わないんだろう。


 私は顔を上げ、無理に笑いながら、

「これ、どこで取れるんですか?

 私たちでも大丈夫でしょうか……」

 と非力な女性ぶって尋ねる。


「大丈夫、大丈夫。力仕事は男がやるから。

 海に網を投げて、たくさんの石を引っ張り上げるから、

 君たちはその中からクォーツを探し出してくれたら良いよ」

「海! 海に投網で?!」

 思わず叫んでしまう。

 そんな水晶の採掘、聞いたこともない。


「ん? 別に山中や草原……たまに道にも落ちてるよ」

 私はもう声も出なかった。

 もう間違いない、これは水晶なんかじゃない。


 私は特殊な音声で、リベリアに聞いてみる。

『これ、触らないほうが良いんだよね?』

『ええ。害はありませんが、精神的に』

 そうか……害はないのか。


『この中身が問題ってことね? 何かしら』

 クルティラが尋ねる。

 リベリアは黙り込んだ。


 触っても直接の害はないけど、精神的にダメージ……

『もしかして、動物のウン……』

『違います』

 リベリアがクォーツを見つめたまま強く遮る。


 じゃあ、何なの? そう思った私は、

 ふとリベリアの手首にある、魔除けの腕輪に気が付く。

 来る道中で、すでに真っ黒になっていたやつだ。


 私はそれを見て、叫び声をあげそうになり両手で口を塞いだ。

 それは腐食したように、表面がボロボロに崩れていたのだ。


『この中身は、人間の霊魂です』


 額に汗をにじませ、リベリアがそう答えた。


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