第27話 呪病からの解放
27.呪病からの解放
オディア妖妃はその場でじっとこちらを見ていた。
頭をゆらゆらと動かし、ときおり怨嗟の声を漏らしている。
200年以上前、彼女の夫である国王は、約束を破って側室を迎えた。
嘆き悲しむ中、彼女は呪病にかかってしまい
あげく死んだと勘違いされ、まだ生きていたのに埋葬されたのだ。
私は王城の広間にかかっていた肖像画を思い出す。
巻き上げられた金髪に大きな瞳、バラ色の頬。
とても美しい方だったことがわかる絵だった。
今、目の前にいるオディア妖妃は呪病に侵された後密封され、
長い年月をかけ、完全な妖魔へと変貌していた。
青い肌には赤い筋が浮かび、丸く突き出た眼球は真っ赤に染まっている。
頭皮に残るわずかな毛髪は動くたびに舞い散り、
腹の両脇には太くて長い2本の触手が生えているのだ。
「ご先祖様ですよ? 御挨拶してみてはいかがでしょうか。
可愛い子孫にお小遣いくれるかもしれませんわ」
そういうリベリアに、ジョゼフ王子は肩をすくめる。
「うちの親族同士があまり仲が良くないことは、
すでにご存じでしょう?」
四つん這いの体勢のまま、オディア妖妃はずるずると近づいてくる。
体が柔らかいためか、獣というより4本脚の
前回見た時と、ずいぶん体形が変わっているのに気づく。
胴の部分が太くなり、デコボコしているのだ。
なんだ、あれ。なんで膨らんでいるのだ?
陰になっていて見えないが、お腹も大きく飛び出ているように見える。
アアアアアアアア!
オディア妖妃は咆哮する。
二本の長い触手がまっすぐに飛んできて、
リベリアのバリアに弾かれる。
「この触手、前に見た時よりもずっと長くなってない?」
私がそう言うと、リベリアは厳しい顔で答える。
「長さ、太さだけではありませんわ。攻撃力も増しています」
バリアにかかる衝撃で感じるのだろう。
彼女の触手は、寺院の外壁に穴を開けただけでなく、
脇に生えていた木に絡みついたと思ったら、
そのまま握りつぶすように、一瞬で二つに折ってしまったのだ。
あんなのが体に巻き付いたら、あっという間に切断されてしまうだろう。
私はちょっと狼狽えてしまうが、気を取り直して
「急いで残りの3体を倒そう!」
と叫ぶと、クルティラと王子は三体に向かっていった。
リベリアはオディア妖妃の直前までバリアを押し広げ
彼女がこれ以上、こちらに勧めないようにする。
まず一体をクルティラがなるべく遠くへと蹴り上げる。
そして彼女が2体めの触手を切り、すぐに遠ざけた一体を撃退しに向かう。
私が触手を切られた妖魔に、すばやく剣を突き刺してメイナを打ち込む。
私が剣を引き抜くと同時に
バリアが解かれ、リベリアが妖魔に火炎浄化の詠唱を唱える。
その間、3体めをジョゼフ王子が相手をしていた。
タイミングよく出来たこともあり、そこまでは上手くいった。
しかし予想外だったのは、先ほどよりも火炎浄化で焼き切るのに、
時間が掛かってしまったことだ。
この手法は、あまりにもリベリアに負担がかかりすきるのだ。
バリアが消えたため、オディア妖妃はじりじりと近づいてくる。
触手が大きな音を立て、地面を打ち付け、土をえぐる。
そして跳ね返った勢いで、私を狙って飛んできた!
バチン! という音がし、触手が床に転がる。
クルティラが離れた場所から切り落としたのだ。
しかしその顔は歪んでいた。触手の横にはナイフが落ちている。
「硬くて一か所しか切れないわ! 前より強度も上がってる!」
クルティラの声に焦りが感じられた。
彼女はクネクネと湾曲する触手に対し一直線にナイフを投げ、
何箇所か切ろうとしていたのだ。
しかし、ナイフは先端を切ったところで失速してしまった。
オディア妖妃がもう一本の触手を振り上げた瞬間、
ブワン、とバリアが復活する。
2体目の妖魔の焼却が終わったのだ。
しかしオディア妖妃はだいぶ近づいてしまっている。
額に汗をにじませながらリベリアが言う。
「ずいぶんとスリルのある”だるまさんころんだ”ですわね」
あと2体。
妖魔を完全に倒すには、私やクルティラが応戦したとしても、
リベリアが火炎浄化の呪文を安全に唱える時間が必要だ。
オディア妖妃の距離を考えると、
バリアを解除できるのはあと一回だけだろう。
「みんな、2体連続、やってみる?」
私の言葉に、三人ともうなずく。
残りの2体をなるべく近づけるために、
クルティラと王子がそれぞれを挑発しながら誘導してくる。
そして至近距離まで来た時、
一体の妖魔の触手をクルティラが落とす。
私がすかさずそれに剣を突き刺して陽のメイナを注ぐ。
そして十分に陽のメイナを注いだ妖魔を
リベリアがバリアを解除し、炎で包み込む。
それと同時にオディア妖妃がこちらに進んでくる。
私は振り返り、目を見張り叫んだ。
「さっきよりも移動速度が速いわ!」
王子はもう一体を転倒させて続けているため、
クルティラがオディア妖妃に攻撃をしかけた。
地面についた手の平や足に、ナイフが突き刺さる。
それらは貫通し、地面に突き刺さった。
オディア妖妃をその場につなぎとめるために。
ア……アア……ア……ア……アア……!
オディア妖妃は頭を振って叫んでいる。
これでちょっとは時間が稼げるはず。
「次どうぞ」
リベリアが短く言うのと同時に、
ジョゼフ王子が格闘中の妖魔の触手をつかみ、根元から剣で切る。
「この感触は一生忘れないでしょうね。悪い意味で」
そう言いながら、二本目も切り取って投げ捨てた。
私はすぐに剣を妖魔の脇から突き刺しながら、
かなり残り少なくなった”天然もの”の陽のメイナを注ぎ込む。
なんとか満たしたところでリベリアに視線を送ると、
彼女の方もやっと、3体目を火炎で浄化しおわるところだった。
これで次に彼女が4体目を焼いている間、
オディア妖妃の攻撃をみんなで防げば……。
そう思った時。
ナイフで止められていたオディア妖妃が蛇のように、
ぐいっと上体を起こし、手に刺さったナイフを抜き飛ばしたのだ。
そして上半身をこちらに向けたその姿を見て、
私たち全員が息を飲む。
「そんな……まさか……」
オディア妖妃の腹には、デレク王子の首が突き出ていたのだ。
「兄上っ!!!」
ジョゼフ王子が大声で叫んで近づこうとするのを止める。
リベリアは驚愕の表情でこちらを見ながら、火炎浄化の詠唱を始める。
連続で唱え続けているせいか、声が枯れ始めていた。
オディア妖妃はデレク王子を
うまく潰せず、体に収まりきらなかった頭部が、
柔らかく粘性のある腹から突き出たのだろうか。
ゆらゆら揺れているデレク王子の顔は青くまだらになっており
目は閉じているが、半開きの口からは血を流している。
横でジョゼフ王子の嗚咽が聞こえる。
袖で涙を拭いながら、彼は言った。
「歯がゆい家族がいる者にしか分からない痛みですよ。
生きていてもイライラさせられるけど、
こんな死に方をされるのは耐え難いよ」
慰める言葉もなかった。
私たちは全員、デレク王子の首に気を取られていた。
だから先ほどクルティラが切ったオディア妖妃の触手が、
ウネウネと地面を進み、リベリアの足へと
伸びてきたことに、気付くのが遅れてしまったのだ。
「!!!」
驚くリベリアに私が叫ぶ。
「足にバリアを!」
触手が足に絡まるのと、リベリアが足に防御のバリアを張るのが同時だった。
しかも詠唱が途切れた瞬間、燃やされていた妖魔が急に暴れ出し
うつむき、片手で顔を覆っていたジョゼフ王子に飛び掛かっていったのだ。
妖魔は燃えたまま口を大きく開き、襲い掛かる。
王子はとっさに身を低くし、転がるようにかわしたが、
そこには寺院の壁があったため、肩を強打してしまう。
「うっ!」
「王子! 大丈夫?」
クルティラが、火が消えつつある妖魔を遠くに蹴り上げながら言う。
ジョゼフ王子は壁にもたれたまま、
痛みに耐える表情のまま、無事なほうの片手を上げて言う。
「打撲したようです。あいつの腹から顔を出すよりかはマシですね」
……いつものジョゼフ王子に戻ってきたようだ。
バチッと音をさせ、バリアが火花を散らせる。
リベリアがバリアで雷撃したのだ。
触手は火傷を負ったように変色し、するりと剥がれ落ちた。
私は身を震わせる。
……どちらも危なかった。
もし絡みつかれていたら、足首をもがれていただろう。
王子も噛まれたら感染は免れない。
全員がほっとしたのもつかの間。
「まずいわ、やりなおしましょう」
クルティラが焼かれていた途中の妖魔を見ながら言う。
火炎浄化の呪文が途切れたため、彼はまだ形を保っていたのだ。
しかし私の剣にメイナはもう残っていない。
メイナを集めるところからやり直さないと。
それにリベリアも喉を押さえており、疲労の色も濃い。
オディア妖妃の触手は最強のバリアでないと防げないし、
火炎浄化の詠唱は時間もかかり、彼女の力を大量に消費していたのだ。
それとも全員、いったん退くか? 私は迷った。
カラン、コロン。背後でナイフの転がる音がする。
オディア妖妃が足のナイフも引き抜いたのだ。
そしてデレク王子の首を揺らしながら、すぐにこちらに向かってくる。
二本の触手を地面に打ち付けながら。
あの勢いは、そう簡単には逃してくれないだろう。
こちらには
半焼けの妖魔は、体内に注がれた陽のメイナに苦しんでいる。
でもじきに、彼の体はそれを克服してしまうだろう。
追い詰められたと思った、その時。
「!?」
驚いた私は、妖魔からもオディア妖妃からも視線をそらし、
空を見上げた。おもわず笑みが浮かぶ。
上空から風と共に一閃のオレンジ色の閃光が走った。
それは最後の妖魔を突き刺し、瞬時にその体を燃やし尽くしていく。
火竜から飛び降りた彼は、この場にそぐわない優しい笑顔で言う。
「間に合ったようだな」
そこには、名剣マルミアドイズを手にしたルークスが立っていたのだ。
********************
湖に大量の妖魔が沈んでいると分かった段階で、
皇国はすぐに
被害を最小限に収めるためには、
皇国の主要な戦力が必要な案件だと判断されたのだ。
あとはもう一人の
ルークスはこちらには来ず、そのままオディア妖妃と対峙する。
彼女はなかなか獲物が手に入らず苛立っているのか、
長く伸びた触手をバンバンと地面に打ち付けている。
「あれは……もう」
デレク王子を見ながらつぶやく私に、リベリアが悲しく答える。
「ええ。すでに亡くなっていますわ。
魂は感じられますが、魂は妖魔の体に縛られ、
永遠に死んだときの痛みや苦しみを味わっているのです」
彼が今までしてきた行為は許されることではない。
だからこそ、私もルークスも正しく罰したかったのだ。
ただ王妃の責任も大きい上、メイジーと同じく
魂が永劫の苦しみを味わうという刑は、彼の罪状にそぐわないだろう。
私はルークスに叫ぶ。
「触手を切る前に、陽のメイナを集めないとダメなの!
それもかなりの量を!」
その瞬間、私の声が届いたかのように、
デレクの首が目を見開いたのだ。
その目はオディア妖妃と同じく真っ赤だった。
前にせりあがり、血を滴らせながらグルグルと動いている。
そして口がはっきりと動く。
「イ……イタイ……イタ……」
「分かってる! すぐに楽にしてあげるわ!」
私がそう叫ぶと、デレク王子は首を動かし暴れ始める。
そのためオディア妖妃はグラグラとバランスを崩した。
二本の触手は、私がメイナを集めるまでは切れない。
そしてオディア妖妃に逃げられるのもダメだ。
この凶悪な妖魔をこの島から出すわけにはいかない。
ここで確実に倒すのだ。
「時間を稼いで!」
そう叫んで、私はオディア妖妃の墓へと走った。
ここは墓へとつながる小道だから、この先にきっと
「あった!」
そこには私が探していたものがあった。
神霊女王の蘭が、焼かれずに咲いていた。それもたくさん。
”あれは君のための、神聖な花だからな”
ルークスの言葉がよみがえる。そう、私の花なのだ。
あれから数日経っていたため、花の勢いはかなりなくなってはいたが
まだまだ咲いているのもあれば、つぼみすら見つけることが出来た。
私は剣を
覚えたばかりの技だったが、私はいろんな人のために進化しなくてはいけない。
どこかぎこちなく、光の渦が錫へと吸い込まれていく。
私の錫は、陽のメイナで満たされ、ゆるゆるとした光を放っていた。
「急がなきゃ」
そしてルーカスたちのところにひた走る。
ルークスは体制を低くとり、身構えていた。
オディア妖妃の位置はだいぶ移動しており、
寺院の壁が大きく破壊され、中が見えている部分すらあった。
クルティラは片膝をつき、肩で息をしている。
何本目かのナイフをかざしているところだった。
リベリアは、ジョゼフ王子とともに離れた場所に移り
オディア妖妃の退路を断つように小さくバリアを張っている。
力の消耗が激しい彼女には、これがきっと精一杯なのだろう。
戻った私を横目で見て、うなずくルークス。
そして立ち上がり、剣を構えなおす。
私も
立場上ディダーラのような超・大型妖魔を相手にすることが多いが
名剣マルミアドイズを持ったルークスの神髄は接近戦だ。
妖魔だけでなく、剣豪と言われた武将も、
千人以上の命を奪ってきた暗殺者も、卓越したその技法で倒してきたのだ。
天賦の才と血のにじむ努力が合わさった至宝の技で。
オオオオオオオオオオオオ!
声を上げながら、ものすごい速さで二本の触手を振り乱すオディア妖妃。
そして地面を手足で掻き進み、ルークスに飛び掛かってくる。
白く発光したマルミアドイズは、
不規則に向かってくる触手を切り裂いていく。
右の触手がバチン! と大きな音を立てて地面を打ち付けた瞬間
それを踏みつけ、足に巻きつく前に横に切り裂いた後、
その回転を生かして、飛んできた左の触手を切断する。
左の触手は半分ほどの長さになったが、それでもまだ動きは俊敏だった。
踏まれて切られた右の方も、まだまだ長い。
今度はオディア妖妃の腕が糸を引きながら
ルークスを掴もうと長く長く伸びてくる。
避けるかと思いきや、逆に懐に入り、
長く残っていた右の触手を根元から切り落とし、
そのままオディア妖妃の背後に回る。
あと一本。
彼は振り返りざま、左の触手を切ろうとしたが
オディア妖妃がブリッジのように体を反らし、
頭をさかさまにしたままルークスに噛みつこうとしてくる。
いったん避けたルークスはオディア妖妃の右側へと回り込んだ。
オディア妖妃の左の触手がルークスを狙って伸びてくる。
その時、デレク王子の首がガブリと
自分の顔の前を横切る触手に噛みついたのだ。
動きを固定され、触手はデレク王子の頭部に巻き付こうと戻っていく。
一瞬の隙だったが、それを逃さずルークスが踏み込む。
デレク王子に噛みつかれて動きが鈍ったほうを根元から切り落とす。
デレク王子にくわえられ、ダランと垂れさがる触手。
そしてオディア妖妃が口を大きく開き、噛みついて来ようとするのを
ルーカスは雄牛の構えののち、その口腔に剣を突き刺して叫ぶ。
「今だ! アスティリア」
私は剣を逆手に持ち、オディア妖妃の背中から胸へと刺し貫き、
さきほど集めた大量のメイナを注入していく。
オオオオオオオオオ!
アアアアアアアアア!
雄たけびをあげる王妃とデレク王子。
青い肌が波打ち、ボコボコと内部で変異を始める。
ルークスが剣を引き抜くと、オディア妖妃は前に倒れた。
そして苦しむように身をよじっている。
もう十分だろう。
私が剣を引き抜き、後ろへと飛び去った。
それを見てルークスがマルミアドイズを赤く発光させる。
オディア妖妃はゆっくりと上体を起こした。
私は、デレク王子の顔を見る。
彼はまだ、触手をくわえていた。
その表情はなんとなく、”どうだ”と威張っているようだった。
そうだね。妖魔を倒すのに貢献したね。
ちゃんとルシス国王に報告するからね。
そしてルークスはオレンジ色の閃光を放ち、
二人を呪いから解放したのだ。
大きな炎に包まれ、あっという間に溶解していく。
あまりの高温に体を硬直させた姿が火の中に浮かび上がる。
そして燃え尽き、その場には小さく、炭化した体が残された。
それはしばらく残り火をくすぶっていたが、
やがて風に乗り、細かな灰として舞っていく。
喉を押さえながらもリベリアが弔いの祈りを捧げる。
4人の墓荒らしと、オディア王妃。そしてデレク王子のために。
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