第26話 墓荒らしの妖魔たち
26.墓荒らしの妖魔たち
三十年前、埋葬品を得るために
オディア王妃の墓を暴いた4人の男たち。
厳重に封じられていた棺を開封し、
その中に詰まっていた呪病の菌をまともに浴び、
悶絶しながら死亡した彼らは、
オディア王妃とともに埋葬、という名で封印されたのだ。
神霊女王の蘭が焼かれたことで、湖全体の陽のメイナが弱まってしまった。
あの封印も解け、彼らはあの場から脱出したのだろう。
と、いうことはオディア妖妃も……。
彼女がもし、湖の外に出たらと思うとゾッとしてしまう。
人的被害は半端なものではないだろう。早く見つけないと。
ゆらゆらと、腕を前に伸ばして歩く姿はアンデッドそのものだが
その外見はかなり違うものだった。
亡くなったそのままの状態である
彼らは青々とした肌に、よく動く赤い眼球、
体中に生えた細かな触手は、それぞれに意思があるように蠢いていた。
それは妖魔に捉えられ体内に備蓄されている陽のメイナが
もがき苦しみ暴れているようにも見え、苦しくなる。
もちろんメイナに意思も感情もないのだが、
本来適合しない環境に無理やり固定されるのは
物質として不安定であることに間違いないだろう。
「あの動くムダ毛、1本1本切るのは大変ですわね」
バリアを張り、彼らが近づけないようにしながら
リベリアが眉をひそめる。
人間から生えた触手は妖魔と違い、細く短すぎて切りにくいのだ。
「……胴の触手だけなんか太いね」
それも、触手の根元の色が他の部分と違って赤黒いのだ。
「さっき伸びたということですわね。でも何をきっかけに?」
リベリアのバリアのおかげで、
呑気に会話しながら、4人の人型妖魔を観察する私たち。
バリア越しにもっとよく見ようとした。でも。
リベリアがそっと目を逸らす。
「……痛ましいですわね。メイジー様、苦しかったでしょうに」
彼らの衣服に付いた鮮血が、目に飛び込み、心が落ち着かない。
メイジーは彼らに、生きたまま食われたのだ。服と髪の毛以外全て。
彼女はずっと、私に悪意のある発言を繰り返していた。
私をデレク王子の婚約者に仕立て上げようとしただけでなく
古代装置を用いて陥れようとした犯罪者だ。
それでも罪人は、法を持って罰するべきなのだ。
反省や更正の機会も与えず、
妖魔に生きたまま食われるなど、そんな刑はあり得ない。
さぞかし無念だったろう、そう思った時。私は気が付いた。
「そうか! メイジーを食べたから触手が伸びたのね!」
聖女の事例でも、あの学園で教材として出されていたが
死肉には陰のメイナが帯びているのだ。
リベリアも気付いてうなずく。
「深い遺恨の念を抱いたまま亡くなった方の遺体でしたら
なおのことですわ」
彼らの中でメイジーは、徐々に陰のメイナを発してきたのだろう。
それに合わせて陰・陽のバランスをとるために、
陽のメイナを含蓄する触手が太く、長くなったのだ。
「うーん、もっと触手を大きくさせることはできるかな?
落とした時の落差が激しいほうが、バランスも大きく崩れるし」
私がそう言うと、リベリアが少し考えて、
クルティラとジョゼフ王子のほうを向いて言った。
「試してみたいのですが、その間、バリアが張れなくなります。
しばらく、お願いできますでしょうか」
何をすれば良いのだ?という顔の王子に対し、
クルティラはうなずいて言う。
「大丈夫。任せて」
リベリアは私を背後に、4人の妖魔から大きく離れる。
クルティラは四人の右側に回り、王子は訳も分からず左にいく。
では、スタートだ。
「私はこれを唱えることは滅多にないのですが……」
リベリアが言い、少しうつむいたあと、顔を上げる。
バリアがシュン、と消える。
同時に、リベリアが美しい詠唱を唱え始める。
ラティナ語で、死者を慰めるような言葉が羅列されていた。
もちろんこれは人間の死者向けなので、妖魔には効かない。
したがって妖魔たちは、身近に立っていたクルティラと王子を襲い始めた。
「ちょっと! どういうことです!?」
なんとか掴まれないように身をかわし、裏拳の横打ちで殴る。
殴られた妖魔は前のめりで転倒し、そのまま蠢いている。
彼らは少しずつ、オディア妖妃のような軟体化が進んでいるようで
特に立ち上がるのが苦手なのだ。
「”しばらく襲われてください”ってお願いされたのよ」
そう答えながら、クルティラが後ろ回し蹴りで一体を蹴り飛ばす。
体を二つに折って、離れた場所まで飛ばされていく。
……妖魔で良かったね。
ジョゼフ王子は苦笑いしながら、身をかがめ、
歩いてきた別の一体の足をすくう。
思い切り転倒した妖魔は後頭部をしたたかに打っていた。
……君も妖魔で良かった。
ここまでの身のこなしを見ていて、
ジョゼフ王子がなかなかの戦闘能力に長けていることは気付いていた。
あの平和な国でここまで身につけるとは。
私の思いに気付いたかのように、彼が息を切らせながらつぶやく。
「あの魚が取れるまで、先が見えないほど貧しい国でしたからね。
いつ他国に攻め入られるのか、怯えていたくらいに」
「……今のルシス国からは想像もできないわね」
クルティラが立ち上がりそうな一体を踏み台に、
別の一体に飛び蹴りを食らわしながら言う。
「ずっと平和だと思っていたのは兄上だけですよ。
兄上はね、王妃に守られ、大事に大事に育てられてましたから。
箱入りどころか、煮沸消毒されたビンで密封されてましたよ」
それであれが出来上がったのか。
リベリアの詠唱は続く。
”迷うことなく今世に別れを告げ、安らかに眠りたまえ……”
ラティナ語の歌詞を頭で訳してみる。
ん? 落ち着かせる歌詞で良いの?
ジョゼフ王子は前蹴りで妖魔の腹を蹴り、
うつむいた妖魔の後頭部に、組んだ両手を振り下ろして言う。
「……兄上を追い込んだのは俺だ。
安全なビンの中にいては、兄上は変わることができない。
でもこの国で兄上に苦言を述べられるのは俺と母だけだ」
私が神霊女王の末裔とわかってから、彼はずっと敬語だった。
だから彼が話している相手は、自分自身だ。
「この国が傾くことには全く驚かない。そうだ。
あんな魚で経済を安定させることのほうが異常事態だった。
でも……なぜ
彼はうすうす感じているのだろう。
デレク王子はおそらく、もはや妖魔の手にかかっている可能性が高いことを。
もし生きているなら、そんなに広くない島の中だ。
私たちの騒ぎを聞いて、とっくに出てきているだろう。
息を切らしながらうつむくジョゼフ王子。
彼らはやはり、兄弟なのだ。
その時。戦っている彼らではなく、見ているだけの私が気が付く。
「全員の触手が伸びてる!」
胴に生えた触手は皆、メリメリと静かな音をさせながら
太く、長く伸びてきているのだ。
リベリアが手を挙げ、クルティラたちを呼び寄せる。
二人が走ってくると同時に詠唱を止め、バリアを復活させた。
「……なんで”慰める歌”でこうなるの?」
触手が成長したということは、
彼らの中にある”メイジー”が発する怨念が増え
陰のメイナも増加したということだ。
だから彼らの体は、
陰陽のバランスを取ったのだ。
「……ものすごく怒ってる時や悲しい時、
”まあ良いじゃない、そんなの”みたいに言われたら
余計に腹立ちません?
たまに新人神官さんが除霊を任された時
これを唱えてヒドイ目にあっているんですわ」
リベリアが説明してくれる。……なるほどね。
メイジーは癇癪もちだったし。なおさらだろう。
でも今は彼女に感謝だ。怒りっぽくて助かった。
胴にかなりアンバランスな状態で触手を生やした彼らを見て、
私はみんなに告げる。
「充分、集まったと思う。やってみましょう」
私が”襲われる役”に加わらなかった理由。それは。
自ら生み出すメイナを使ってきた私にとって、
不慣れなこともあって時間が掛かってしまうのだ。
今回の妖魔の対処法は、
”触手を切って、集めた陽のメイナを送り込み、すぐに体を焼き払う”
このフルコースを時間を空けずにやらなくてはならない。
だからあらかじめ集めておかなければならないのだ。
「じゃあ、やってみましょう」
******************
湖の北側で妖魔を倒した時は、
呪病を倒す時のように、陽のメイナで出来た小型の槍を生成し
それを突き刺したんだけど、今回の相手はそれでは無理そうだった。
私は右手に金の錫杖を生み出し、それを本来の形である”剣”に変える。
横でジョゼフ王子が目を見開いてつぶやく。
「これが伝説の……ジャスティティアの剣!」
そしてその剣に、”天然もの”の陽のメイナを満たしてみる。
「準備はいいよ」
まず一体。
クルティラがなるべく多くの触手を切り落とす。
妖魔の中の陰・陽のバランスが乱れるのが私には視える。
剣をその妖魔に突き刺し、陽のメイナを体内に送り込む。
いつものように崩れゆくが、このままほっとくと再生してしまう。
リベリアが火炎浄化の呪文を唱えると、
あっという間に粉々の灰になり、妖魔は風に吹きとんでいく。
……メイジーも一緒に。
彼女が妖魔に報復したようなものだ。
「多少メイナは消費するけど、これで倒せるね」
私は剣を構える。クルティラが言う。
「さあ、次いきましょ」
あと三体だ。
!!!
しかし背後からの強い気配に、全員が硬直する。
リベリアが振り返りざま、光の速さで生成したバリアに
飛んできた太く長い触手が、鞭のように打ち付けられるのが目前で見えた。
寺院の陰から、それは現れたのだ。
真っ青な肌に、赤い血管のような筋を無数に浮かび上がらせ
飛び出た眼球は赤く染まって膨れ上り、せわしなく動いている。
わずかな毛髪を残した頭が見える。うつ伏せなのだ。
潰れた四つん這いの姿で、トカゲのようにこちらに近づいてくる。
そして顔を上げ、こちらを見て、
糸を引きながら、縦に長く伸びる口。
ジョゼフ王子がつぶやく。彼は初めてみるのだ。
「あれは……」
オディア妖妃が現れたのだ。
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