第25話 妖魔の倒し方

 25.妖魔の倒し方


 私たちは湖の北へと移動していた。

 眼下に、湖から登ってくる妖魔たちが見える。


「どうやって倒すのですか?」

 ”切ると増える”の情報を思い出したのか、ジョゼフ王子が尋ねてくる。

 ルシス国のことを他国の方だけに担わせるわけにはいかない、と

 私たちに同行してきたのだ。


 本来なら三人で行くのだが、彼の申し出は為政者として正しいと思うし、

 一緒ならルシス国に関することをすぐに相談できるため、

 感謝し、申し出を受け入れたのだ。


 昇ってくる妖魔を見ながら

「まずは一体でいろいろ試してみる?」

 とクルティラに言われ、私はニヤリと振り返って笑う。

「それについては大丈夫。倒し方、わかったの」

 私の言葉に驚く3人に言う。

「ここにすぐに来れなかったのはね、これを読んでたからだよ」

 私の手には手紙があった。


 ****************


 それはデレク王子に二度目の国外追放をされ、リベリアたちと別れ、

 宿泊していた部屋に荷物をまとめに戻った時のこと。

「国外追放か。何度食らっても力が抜けるな……」

 そう言いながら、国から出て行く準備を始める。


 しかし私がそのような処遇を受けたことは

 皇国としてもいろいろな問題があるため

 事実関係の確認や証人の確保、各所への伝達など

 思ったよりも時間がかかってしまった。


 そろそろ出立しようかという時、皇国兵が飛び込んできて、

 信じられないことを私に告げたのだ。

「フィレル湖周辺の、神霊女王の花が焼かれています!」

「嘘でしょ?!」

 私は飛び上がって叫んだ。そんなことをしたら妖魔が動き出してしまう!


「”1本も残すな”と、デレク王子が最重要任務として

 ルシス兵に通達を出したそうです」

 私は顔面蒼白になる。なんで、そんな命令を……

 復讐? あいつは湖に妖魔が潜んでいることは知らない様子だったのに。


「すでにリベリア様とクルティラ様が向かっています。

 皇国兵もなるべく、彼らの行動を止めるよう動いてはおりますが……」

「……私も行かないと」

 焦った私はドアを開け、外に飛び出そうとして、

 ちょうど訪れてきた皇国の伝達員とぶつかりそうになる。


 彼は呑気な調子で私を見つけ、

「ああ、ちょうど良かった。アスティレア様にお手紙です」

「ごめん! 後で読むね、置いておいて!」

 出て行きかける私に、伝達員は素直にうなずく。

「はいはい。……皇国生物学研究所 クリオ様からの速達です、っと」

 そういってテーブルに手紙を置いた。


 私は動きを止めた。


 花が焼かれ、妖魔が動き出す可能性が少なくない状況。

 そしてクリオからの速達。

 間違いなく、これは読んでから行ったほうが良い、そう思った。


 私はテーブルに走り寄り、手紙をつかんだ。

 ビックリしている伝達員を横目に、乱暴に開く。


 ”アスティレア様へ……”


 ****************


彼女クリオたちがちゃんと、調べてくれたよ。

 進化した妖魔の特徴と、倒し方」


 4人で私が開いた手紙を囲む。

 それは普段から字の汚いクリオが、

 読めるかどうかギリギリの乱れた筆跡で

 彼らが行った調査と実験の結果を書き連ねていた。


「この国の妖魔に対して陽のメイナが効かない理由は

 体内に陽と陰が混合している状態なんだって」

 本来、陰の気で構成された妖魔は、陽のメイナで死滅してしまう。

 しかしここの妖魔たちは長い年月をかけ、メイナを中和させ、

 体内で陰・陽のバランスを整える術を身につけたのだ。

 生き物で言えば、毒の耐性を身につけたようなものだろう。


 だから陽のメイナが入ってきても、

 自身の陽のメイナに同化し効かないのだ。

 それどころかバランスを取るため陰のメイナも増加してしまう、と手紙にある。


「だからもし、私がいつもみたいに倒していたら、

 ものすごい強化版のモンスターを生み出していた可能性があるだろうって」

 神霊女王の特別な陽のメイナを注入されるのだ。

 それに対応した、最強の陰のメイナが生成されてしまうのだろう。


 ……危ないところだった。

 早めに警告を受けておいて良かった。

 改めて、皇国生物学研究所の考察力に感服する。


「では、新しい特性を身につけたということでしょうか」

 心配そうに言うリベリアへ私が首を振る。

「大丈夫。化合でなくって、混合してるの」

 そう、化合でなくて良かった。全く別の性質を持たれたら、

 完全な対処法を見つけるのにどんなに時間がかかることか。


「ちなみに”通常の陽のメイナ”に対して体を離そうとするのは

 メイナの”極”に強く作用する”反射反応”だって」

 メイナには陰・陽だけでなく、極という特性も持っている。

 神霊女王の蘭の根を前に、弾かれたように下がったオディア妖妃を見て

 同じ極の磁力が反発しあうような反応、と感じたのは正しい印象だったのだ。


 ジョゼフ王子はずっと眉をひそめている。

 分かるような、分からないような……といった面持ちだった。

 ごめんなさい、詳しく説明している時間がないの。


「じゃあバランスを崩し切ることができれば倒せるのかしら?」

 クルティラが首をかしげる。

「そうなんだよね。まずは彼らから出来るだけ、陽のメイナを切り取る」

「切り取る?!」

 驚くリベリアとクルティラ。私は話を続ける。

「ああ、妖魔から生えているあのピロピロした触手くん、

 あれが彼らの、陽のメイナの一部が体から飛び出したものなんだって」

 だから再生能力を持ち、火傷などにも効果があったのだろう。


 *************


「手順としては、こう。

 まず妖魔の体から、体内のバランスが崩れるまで触手を切り取る。

 次にバランスを崩した妖魔へ、改めて陽のメイナを注入する。

 ただしいつもみたいに、自分のメイナを使うわけにはいかないわ。

 普通の人みたいに、自然に漂う陽のメイナを集めて使わないと。

 ……これって生まれて初めてだよ。

 だって私、”無限に生み出す者フォンセターナス”だし」

 自らの中から、メイナを無限に生み出せるのだ。

 天然のメイナを使うどころか、集めたことすらないのだ。


 私は続ける。

「最後に、注入したらすぐに妖魔を完全に焼き払う。

 これを迅速にやらないと、また触手が蘇生されるし

 その後体内で陰・陽のバランスを取るからね」


 こまごまと説明していて、私は鼻の奥がツンとしてくるのを感じた。

 簡略化しているが、これらの結論にたどり着くために

 クリオたちがどれほどの実験や検証を繰り返したのかと思うと泣けてくる。

 ヨレヨレの文字からその苦労がしのばれるのだ。


 私の様子に気が付いたリベリアが、しんみりと手紙を指さす。

 ”P.S.

 姫様の手紙にあった言葉、みんなで大いに笑わせてもらいました。

 そして決めたのです。姫様の願いを叶えようと。

 ぜひ、妖魔の進化を越えてください”

 私の頬に涙がこぼれる。みんな、ありがとう。


 私の願いとは。


 前回クリオから”その国から退避してください”という連絡を受けた時

 私の返事は”ここに残ります”だった。そしてそれに続いて書いたのだ。


 ”妖魔がもし進化したなら、私も進化するまでです”と。


 彼女たちは私を”進化”させるために、不眠不休で調べたのだろう。

 皇国の科学者たちに私は深く感謝した。


 やったことのないことも多いけど、

 私は必ず進化してやる、そう誓ったのだ。


 *******************


「うーん、これ、全部やるんですか?

 あんまり合理的ではないですよね」

 ハアハアと息を切らしながらジョゼフ王子が言う。


 私たちは湖から上がってくる妖魔を次々と、

 クリオたちに教わった手順で倒して行ったのだ。


 クルティラとジョゼフ王子が妖魔から触手を切り取った瞬間

 私が自然から集めた陽のメイナをどうにか注入する。

 そして悶絶し崩れ落ちていく妖魔を、

 すぐにリベリアが”火炎浄化”の呪文で、落とした触手ごと焼き切る。

 ……これは死体を焼くのに使える呪文なんだけどね。


「もう大丈夫ですよ。これは実証実験みたいなものですから」

 怪訝そうな顔をするジョゼフ王子。

 まだたくさんいるのに……というように湖を見る。


 とりあえず、これなら倒せることが実証されたのだ。

 だからが来たら、まとめて処理することができるだろう。


 ふう、と一息つく私たちのところに、

 ルシス国の伝令が走ってくる。ああ、嫌な予感しかしない。


「デレク王子が逃げ出し、湖をボートで移動、

 寺院のある中央の島まで脱走したそうです」

「兄上! この期に及んでまだ!」

 額に手をあてがっくりと肩を落とすジョゼフ王子。


 私たちは顔を見合わせる。このままでは全体攻撃が出来ない。

 犯罪者とはいえ、人の命なのだ。

「すぐに寺院に向かいましょう」

 リベリアがバリアで、妖魔たちをバンバンと湖に落としていく。

 クルティラが大きめの妖魔を”壁”にする。

 私が北側に植えられた神霊女王の蘭をできるだけ復活させる。


 これを手早くやり遂げ、私たちは竜で寺院へと飛んだのだ。


******************


 中央の島に近づくにつれ、

 風に乗ってかすかに血の匂いが漂ってくる。

 まさか。


 祈るような気持ちで降り立ったが、

 そこには凄惨な光景が広がっていたのだ。


 血まみれの桟橋に残されたボロボロのドレス。

 まぎれもなくメイジー伯爵令嬢のものだ。

 体はほとんど残されておらず、

 後から吐き出されたと思われる頭髪がわずかに残っているだけだった。


 残された遺族の気持ちを思い、私たちはそれを洗って回収しておく。

 彼女自身が選んだこととはいえ、あまりにも酷い最後ではないか。


 ジョゼフ王子は不安そうに周囲を見渡している。

「兄上は?」

 あんなにボロクソに言っていたが、やはり兄弟なのだ。


 メイジーをこんな姿にしたものがいると知りながら、

 私たちに先んじてデレク王子を探し回っていた。


 オディア王妃の墓に通じる道へと行こうとする王子を追いかけ、

「待って! 一人では危険だわ!」

 と言い、彼に追いつくと。


 いつも冷静で、飄々とした彼の顔が凍り付いていた。

 その視線の先には。


 体のいたる所から、短くて細い触手がウネウネと動き

 青い肌に飛び出しかけた真っ赤な眼球。


 そしておそらくメイジーの血を全身に浴びた姿で

 4人の人型妖魔がこちらに向かって歩いてきたのだ。

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