アショーカ王碑文

 アショーカ王は仏教と関係が深いので仏典の中にも登場しますが、その内容に空想と事実が入り混じっているので資料としての価値は高くありません。それに対してインド各地に現存しているアショーカ王自身が詔勅文を刻みこませた碑文は資料として高い価値を持っているそうです。

 碑文は大岩石を研磨して、その表面に法勅を刻んだり、巨大な砂岩を丹念に柱にみがきあげて、その表面に法勅を刻んだりしたものです。


 今回は資料そのものの価値が高いそうなので、できるだけ書き写し引用します。注釈は直後に入れさせていただきます。



 14章摩崖法勅 第5条

 天愛喜見王(1)はかように告げる。

 善事はなしがたい。善事をなし始める人は、なしがたいことをなすのである。故に、私によって多くの善事がなされた。従って、私の王子、王孫ならびに、それ以後の私の子孫で、私の例に従うであろうものは、善事をなすであろう。しかし、この一部さえも放棄するであろうものは、悪事をなすであろう。なぜならば、罪業はなし易いからである。

 さて、過去長期のあいだに、法大官(2)と名づくる官吏は未だかつて存在しなかった。故に、灌頂13年(3)に、法大官が私によって任命された。かれらは、ヨーナ(4)・カンボージャ(地名)・ガンダーラ(地名)・ラッティカ(地名)・ピティニカ(地名)のあいだにおいて、あるいは他の西方の隣邦人が住するところにおいて、法の確立と法の増進のために、法に専心するものの利益と安楽のために、貪著を離れしめるために、従僕と主人、婆羅門と毘舎、寄る辺なき人、老人に関して従事している。かれらは、囚人を保護するために、拘束なからしめるために、もし子供をもっているとか、不幸に苦しんでいるとか、老衰しているとかであれば、それぞれを釈放するために従事している。かれらは、ここパータリプトラ(5)および外郭のすべての都市の到る処で、私の兄弟、姉妹の後宮、もしくは他の親族の後宮に関して従事している。かれら法大官は、私の領土内の到る処で、人が法に、依拠しているかどうか、法を確立しているかどうか、布施に専心しているかどうかを確認するために、法に専心するものに関して従事している。

 この法勅は、次の目的のために、すなわち、この法勅を永久に存続せしめ、しかも私の子孫が同様に従い行なうように、銘刻せられた。


(1) アショーカ王の称号。「天愛」は「諸天に愛せられる」の意味。「喜見」は「親切な容貌をもてるもの」の意味。

(2) 法大官は、この法勅に規定する任務の他に、法の巡礼・沙門・婆羅門を訪問し布施を与え、長老を訪問し金銭を分与し、地方の住民の引見・法の教戒・法の試問が規定されている。

(3) アショーカ王即位13年目とするとB.C.256年と推定される。

(4) ギリシア人を指す。

(5) マウルヤ朝の首都、のち、グプタ朝に至るインドの中心都市。現在のパトナに当る。



 地名の注釈も細かくあったのですが、省略しました。

 事情のある囚人は釈放するというのが印象に残りました。第三文明社から出版されている『アショーカ王碑文』という本では碑文の翻訳があり、アショーカ王の治世の出来事やアショーカ王の人物像がうかがい知れます。


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