第15話 散歩

 ルメール達には広間に雑魚寝をしてもらい、翌朝はリュシアンと共に水分保水量測定をした。


 腕や足の上に手を翳して文言を唱えると、目盛のついた四角い枠が浮かぶ。肌の保水量にわずかな色がつくのでその目盛りを書き取る。


「よくお休みになれましたか?」

 レネは測定の後、ルメールに尋ねた。


「いやあ、本当にぐっすりだったよ。さすがルヴロワの湯」

 王都からこの町までは馬を飛ばして来たというルメール達は半日以上馬上にいたのに疲労がとれて筋肉痛もなく、おまけに肌つやが良くなったので上機嫌だ。


「俺も怪我したらこちらにお世話になりたいよ」

 僕も、とエミールも手を挙げて賛同する。


「健康が一番ですよ。それに、スパの方が色んな趣向を凝らしたお湯があるからそっちの方が退屈しないで済むと思います」


 ここは宿泊施設ではない。

 リュシアンは特例だ。何度もこんなことはしていられないのだ。


 さり気なくスパへ振ってみるが、聞いているのかいないのか、保水量の数値の見せ合いっこをして年頃の女子のようにきゃあきゃあ言っている。


 お肌の良し悪しは男女の差はなく気になるものなのだろう。


 布団を上げて朝食を取った後、ルメールとエミールは暇を告げた。

 せっかくだからルヴロワの町の散策をして、今日はスパに併設されている宿泊施設に泊まるとのことだ。


 レネとマルセルは温泉資料館やお勧めのレストランなどを教えた。


 雨が夜のうちに上がって道は乾いているが、日の当たらない所にはまだ水溜りが残っている。


 レネはシーツやタオルなどを洗濯して庭に干しているとマルセルとリュシアンが現れた。


「散歩に行ってくる。昼までには戻るけど、それまで留守を頼めるか?」

 リュシアンも熱が下がったので体を動かしたいらしく、かといって一人では途中で何かあった時に大変なので、マルセルが周辺を案内がてらお供することにしたとのことだ。


「わかりました。お昼ご飯は私が作りましょうか?」

「昨日の鍋のスープが少し残っているから米を浸している。戻ったらリゾットにするから大丈夫だ」

 用意がいいのはさすがだ。


「森には近寄らないようにして下さいね。あ、そうだ」

 ちょっと待っててくださいと言ってレネは事務室へと行き、ハンカチを手にして戻ってきた。


「これをどうぞ」

 二人に手渡したのは、白い布の四隅に白い糸で刺繍がしてあるハンカチだ。


「タオル持っていくけど」

「汗拭くのもったいないな」

 マルセルとリュシアンは受け取りはしたが、しばらくじっと眺めている。


「一応、魔獣除けの魔術を込めて刺繍してあります。汗かいたら拭いてもいいですよ。そのくらいでは術は解けませんので」

 

 森に近寄らなくても、魔獣の方から寄ってくる可能性もある。

 二人は騎士なのでそれ相応の対応はできるだろうが、負傷中のリュシアンは怪我が増えて逗留が長引いたら大変だ。


「大した守護できませんが、わずかな時間を稼ぐくらいのことはできます。その間にご自身の力で切り抜けてください」

 あまりあてにできないので、結局は自分の身は自分で守ってくださいということだ。


 玄関先で二人の背中を見送り、レネは洗濯籠を持って事務所へ戻った。



   ♧

 外に散歩に出てくると言ったリュシアンに、マルセルは案内すると言ってついてきてくれることになった。

 事務所の外に行くのは初めてなので、迷子になったら面倒だと思われたのだろう。


 本当は一人で考えたいことがあったのだが、見知らぬ土地で考え事に集中していて迷う可能性は多分にある。

 なので彼の厚意を有難く受け取る。


 わずかに道のできている小高い丘を登り、木々の隙間からの日差しに目を細め、息が上がるとマルセルが振り向いて大丈夫かと問いかけてきた。


 たった数日とはいえ、寝込んでいたら体力も筋力もこうもあっさり落ちるものなのだと自分の体なのだが驚く。


「少し休むか?」

「いや、大丈夫だ」

「あと五分程でベンチがある」


 斜め前を歩くマルセルの足並みはリュシアンに合わせてくれている。


 緩やかな上り坂を荒い息で進むと道の片側が崖になり、視界が開けた。

 遥かに波のように大小の丘が見え、眼下にはおもちゃの町のようなルヴロワがある。


 日差しの眩しさに手を翳して、切り株が置いてあるだけのベンチに座った。


 風が吹き、汗をかいている顔や首が冷やされる。

 マルセルが背嚢からタオルを出してくれた。

「よく拭いておけ。風邪ひくぞ」

 吹き終わったら今度は水筒から薬草茶を出した。


 よく気が効く。


「あと十分くらい登ると、王都に続く街道も見える展望台のようなところがある」


 この道は中級者向けのハイキングコースとして整備された道だという。


 ハイキングコースは冒険者ギルドが管理していて、結界なども巡らせているというので魔獣の侵入はほとんどなく安心して散策できるようにしている。

「だが、ルヴロワに来る観光客や湯治客は初級者コースの方が人気で、こっちはほとんど人が来ない」


 ルヴロワに来る観光客の目当ては、若年層は『第二の水』で、中高年は温泉だ。ハイキング目的で来るような客はほとんどいない。

 なので気軽に散策できる初級者コース止まりなのだという。


「やっぱり体力あるな。病み上がりでもちゃんとついてこられた」

 第一騎士団員は違うとマルセルは両腕を挙げて背中を反らせた。

「俺は初めての時はここまで来るのに倍の時間がかかった」


「君は第二騎士団だったな。海兵は山中の行軍訓練などなかったのか?」

「あるにはあったが、年に一度だった。山登りか寒中水泳どちらか選べるようになっていて、大体水泳の方だったよ」


 第二騎士団は北のゴルド海の沿岸警備や国内外の船舶の取締りが主な仕事だ。


 第三騎士団は辺境や国境警備だ。


 なぜ海の仕事をしていた第二騎士団所属の男が、内陸の王家の所領で事務所の警護などしているのだろうか。

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