第22話 正伝

「一つ、教えてくれないか」


 部屋に入ってドアを閉めると、渥は現一狼を見つめた。


「何を、ですか?」

「密室だ。あの部屋を調べた。一つだけ、方法がある」


 現一狼は、じっと渥を見つめる。信じられなかった。


 ――でも、嘘を言っているようには見えない。

 

「聞きましょう」

「ああ、そうだな」


 渥は椅子に腰掛け、足を組むとその上にひじをついた。


「調べたところ、内部に異常は見られなかった。俺が唯一、手がかりだと思ったのは、木の扉だ。鍵の辺りに何かががれたような傷があった」


 それは岩田が壊したのだ、と言おうとして、やめる。現一狼の頭の中で、何かが不協和音を奏でている。


「俺の考えは単純だ。あの部屋は密室なんかじゃなかった。外側から扉と壁を接着剤で貼り付けただけなんだ」


 ――でも、僕が中に入ったとき、鍵は中から掛かっていた。


 そう反論しようとして、息をのむ。


 ――ああ、そうか。

 

 密室を完成する方法は、あった。

 たった、一つだけ。

 

「おまえの考えを聞かせてくれ」


 渥は憂いを帯びた目で、真っ直ぐに現一狼を見ていた。

 密室の謎が解けた。一瞬ホッとし、渥の視線を浴びて立ちすくむ。


「証拠がありますか?」


 現一狼はかすれる声で言った。


「扉の傷は証拠にならないか?」

「なりません」


 ゆっくりと息を吐く。

 嘘は、慎重につきたかった。


「いいですか、渥さん。僕は、あの扉の傷なら気づいていました。でも、おかしい。壁と扉の傷は互いに一致しましたか? 接着剤が貼ってあったとすれば、そうでなければならない」


 渥が目を見開いた。


「違うのか? じゃあ、どうやったんだ?」


 できるなら目をらしたかった。だが、渥の真摯しんしな視線から、逃れることはできない。家族に降りかかった事件の真相を知ろうとする悲壮ひそうなまなざしが、現一狼を離さなかった。

 嘘でもよかった。渥を安心させたかった。


 現一狼は、密室ができた事件のあと、結城が一度生き返ったのだと言おうかと思った。本当に殺したのは自分だと。だが、それを言うと、最初に結城を殺そうとし、密室を作った者がいることを肯定してしまう。

 現一狼は喉の奥で詰まる息を吐き出しながら言った。

 

「僕はね。こう考えたんです。結城からは『龍』の構成員の匂いがしていた。あなたたちがかたくなな態度を取った為に、ひのき家を強請ゆする計画がダメになった。『龍』は失敗を許すような組織ではありません。結城は自殺をしたのでしょう。いかにも他殺に見せかけてね」


 言い切ったとき、現一狼は先代が家人かじんをかばった理由がわかった。きっと惣時郎もこんな目をしていたのだろう。その目の前で、悲しいことは言えない。

 現一狼は背を向けた。ほお火照ほてっていた。

 部屋を去り、体を冷やそうと庭に出た。

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