93a ハゲタカとハイエナ
餌とその母から逃げ出そうとしていた餌の父。
その前に立ちふさがると、仏像の父は伝説のハゲタカモードで餌の父に対峙した。
「
口調はあくまで柔らかく。しかし否とは言わせぬ威厳。
修羅場をいくつも潜り抜けた男を振り向かせるだけの圧が、その言葉にはあった。
「
一瞬ひるんだようにサングラスの下の目を泳がせた餌の父だったが、次の瞬間にはその豆タンクのような体をぐいと押し出した。
「悪く思うな。あれは
餌の父の発言に秀麗な面差しをふっと緩めると、仏像の父はトートバッグから一枚のビラを取り出して餌の父に渡した。
【『
外資系投資会社を渡り歩き、『伝説のハゲタカ』とまで称された仏像の父。
その人物像に一ミリたりともかすらないビラを手渡された餌の父は、困惑もあらわに仏像の父を見上げた。
「ご存じの通り、ハゲタカとしての私はあなたの手で葬られました。現在は無職につき、自宅警備の傍らこのような活動を」
「父ちゃんは『しこしこさん(仏像父)』の知り合いなの。無職ってどう言う事。ロングバケーションって言ってたでしょ、ねえ仏像」
無表情で成り行きを見守る仏像に向かって餌が問いかける。
「これは大人の話だ。太郎はお友達と飯でも食って来い」
餌の父はビラをびりっと破いた。
「あんたをスカウトしたい企業は五万とある。あんたをハメた俺だって、あんたを三顧の礼で迎えたいぐらいさ。それをスカウトの山をことごとく無視して自宅警備員とは、何の冗談だ」
スキル販売サイトで依頼したイラスト付きのビラの残骸を、餌の父は仏像の父に押し付ける。
「蛇の道は蛇。ハゲタカの道はハゲタカだ。戻って来いよ鉄火場に。
二人は荒野に対峙するガンマンのごとく、しばし沈黙した。
「私は二度と、あの生き方はしないと決めました」
「俺のせいか。あんたらしくもない」
ややあってはっきりと言い切った仏像の父に、餌の父はサングラスを外して目を揉んだ。
「いいえ。私は元々アーリーリタイアするつもりであの仕事に就きました。あれはちょうど渡りに船。今までおろそかにしてきた人がましい暮らしを大切にしようと思って」
「それの結果が、この訳の分からないビラを配って、応援席で仲間と浮かれ騒ぐ事かい」
肩をそびやかすと、餌の父は踵を返そうとする。だが、しばらく無言で成り行きを見守っていた餌の母の声がその足取りを止めさせた。
「『しこしこさん』、いえ、
「止めねえか」
「黙ってろ! 私らはとっくの昔に別れたんだ。あんたの指図なんか聞かねえよ」
遠巻きに話を聞いていたみつると三元の父は、『味の芝浜』の台車に手を掛けながら顔を見合わせた。
「何だろう、随分小難しそうな話だ」
「伴君のお父さんは、キャピタルファンドのトップだそうだ。五郎君(仏像)のお父さんも外資系の偉い人らしいから、仕事で関わりがあったのかもしれない」
「カビとるファン? そりゃ良いや掃除が楽になる」
「いやそうじゃない。二人とも、庶民には気の遠くなるような大きなお金を動かす人たちなんだって」
みつるの聞き違いに、三元の父は思わず苦笑する。
「頭が良けりゃ良いなりに、色々苦労はあるもんさね。それにしたって暑いやね」
みつるは日傘をしっかりと差し直す。
「母さん、そろそろ行こう」
台車を押す三元の父と日傘をさしたみつるは、ゆっくりした足取りで駐車場に向かって歩き始めた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
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