91a 雄たけび
【〈『落研ファイブっ』スタメン:ピヴォ(FW)仏像/左アラ(MF)下野/右アラ(MF)餌/フィクソ(DF)服部/ゴレイロ(GK)樫村】
短い笛で両チーム十人が砂けむりを舞い上がらせて動き始める。
1-2-1-1の『落研ファイブっ』に対し、『
『五郎君ファイトだおおおおおお!』
『ファイトだおおおおお!』
いつの間にか競技関係者席に戻っていた仏像の父とピーマン研究会の面々は、暑さをものともせずエールを送る。
開始一分を待たずして、
「
下野のシュートはゴールバーに弾き飛ばされる。
「控え組もアップを始めて。って松田君以外の控え組!」
試合に出るためだけに日本で一番過酷なピアノコンクール―通称・生き地獄―を抜け出した松尾は、口をとがらせて足元の砂を蹴った。
「仕方が無いじゃないか。本来なら第二試合にだって出すつもりはなかった。あまりごねるならこのままコンクール会場に返すぞ」
多良橋の前で珍しくも小さくなる松尾。その頭をライナー性のボールがかすめた。
常緑朋友会のピヴォ(FW)が放ったシュートに、奥座敷オールドベアーズの控えゴレイロ(GK)の経験があるユーティリティープレイヤーの樫村ですら放心状態だ。
「樫村さんですら務まらないなら、他のメンバーならもっと無理だ。
「出どころを止めろ。出どころ!」
落胆する松尾とイラつきを隠せない
グラウンドサッカーのエリートは、ピッチが砂に変わっても役者が違う。
開始五分を待たずして、『落研ファイブっ』は三点のビハインドを追う事になった。
第一ピリオド開始八分。ビハインドは四点。
多良橋は多機能腕時計の気温と試合状況を見比べると、応援部の二名の背中を押した。
『奥座敷オールドベアーズ』の控えメンバーである彼らは、五月からビーチサッカーを始めたばかりの『落研ファイブっ』に比べれば経験豊富だ。
「三元の言う通り、棄権するしかないか」
「そんなの嫌っすよ。でも攻め手が見当たらないっす。『うさぎ軍団』より更に上っすわ」
ピヴォ(FW)をこなすシャモと長門の離脱で、慣れないピヴォ(FW)に回った仏像。
サッカーU15日本代表候補の経歴を持つスーパー助っ人・下野。
応援部員に後事を託した二人は、ペットボトルの水を流し込むと灼熱のピッチを見やった。
四点差と言う数字以上に。両者の技量の差は歴然としている。
常緑蹴球朋友会は体力温存に入ったようで、三秒ボールをキープしてショートパスで回す。
ゴールに向かう気が無いのか、全くゴールの匂いがしない。
「あああああ、もうっ!」
右アラ(MF)の餌がボールをつっかけに行く。だが、小柄な餌をあやすようにボールが右へ左へとお手玉状態。
闘犬並みのメンタルで小柄な体のハンデを補ってきた餌も、いい加減に限界が来ていた。
多良橋は多機能腕気温にもう一度目を落とす。
気温は35℃。
棄権か。いやそれとも――。
運営スタッフの動きに目をやった多良橋がピッチに視線を戻すと、『落研ファイブっ』がFKを得た所だった。
FKを得たのは餌。
神妙な顔で砂山を作りボールをセット。
一度は相手ゴレイロ(GK)にはじき出されたこぼれ球を体ごとゴールにねじ込む。
「「よっしゃあああああ!」」
歓喜の雄たけびを上げる餌と、物陰でガッツポーズを決める怪しいサングラスの男。
そして次の瞬間。
餌は審判の制止も聞かず、男の元へ。
事情がつかめない多良橋は餌を大声で呼び戻す。
だが、その声は大会運営本部からのアナウンスでかき消された。
【WBGT(暑さ指数)31に当たる35℃を記録したため、すべての試合を一時中断いたします。選手関係者ならびにご来場の皆様は速やかにテント内等の涼しい場所に移動してください。
なお、試合再開時刻につきましては決まり次第アナウンスいたします。試合再開可能になり次第試合は再開されますので、選手関係者の皆様は会場内での待機をお願いいたします。繰り返します】
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます