第67話 ~雷地との再会~


 雷地と茜の目と目が合う。

 互いに互いの姿を瞳に映し、自分の姿が確認できるほどに近い。

 茜は目を見開いて、そして何故か雷地も目を見開いた。

 しばしの沈黙。

 だが先に目を逸らしたのは茜だった。困ったように目を細め、眉を下げ、視線を逸らす。

 正体がバレる事は無いだろうが自分達の母親を殺してしまっているのだ。気まずさは計り知れないだろう。

 だから茜は逃げようと掴まれた腕を振りほどこうとするが雷地が掴んで放さない。

 茜は逃げるに逃げれないでいた。


「放せよ……」


 という茜の声は何とも弱々しい。罪悪感を抱いている相手に強く言えないのだろう。茜は雷地の目もまともに見る事が出来ない。

 せめて顔を背けたい。と、その先にはエリナがいて目が合ってしまう。


「えっ」


 エリナはぎょっとした。

 それはあまりにも可愛すぎる茜の姿に。

 あまつさえ一瞬だが雷地が茜と見つめ合っていた。更に雷地は未だ茜の手を放さない。

 まるで別れ話を切り出した茜を未練がましく雷地が止めているような、そんな光景。


「あ、あの、雷地君? この子は?」


 エリナは雷地の熱烈なファンである事は間違いない。

 そのエリナにとって雷地は神的存在となるだろう。その神が今、美少女と禁断の恋に落ちようとしている。人と恋に落ちた神は地位を剥奪されることはよくある事。

 雷地は現在音楽ユニットを組んでいる。何としてでも阻止しなければデビューしたての雷地はのスキャンダルによって干されるかもしれない。最悪解散してしまう事もありえる。

 嫌がる茜を見かねて剣が席を立つ。雷地と茜を引きはがそうというのだろう。


「おい、雷地っ」


 だが遅かった。エリナの心配事を体現するように雷地が驚くべき行動をする。


「え、雷地君!?」


 逃げようとする茜を一際強く引き寄せる雷地。

 茜は見た目通りの筋力しかない。その為、いとも簡単に引き寄せられてしまう。


「何を――」


 そこで茜の言葉が止まったのは雷地が引き寄せた茜を抱きしめたから。

 茜の体がくの字に曲がるくらいに強く、きつい抱擁。それはか弱い少女にするには少し強過ぎるだろう。

 茜は無理やり圧し潰されて出てきた吐息を最後に、息が出来なくなった。苦し紛れに雷地の制服を握るだけ。

 そこでばたりと誰かが倒れる音。

 それは雷地の取り巻きの女子生徒達だろう。美少女に抱き着く雷地を見てショックのあまり失神してしまったようだ。


「ちょっと雷地君!?」


 雪花も流石に立ち上がる。しかし雷地の抱擁にどうしたらいいか分からず、何も出来ないでいる。

 雷地が一方的に抱き着いているだけなのだが、その相手が茜という所が問題だった。

 エリナは雷地のすることを止められない。雪花は茜が雷地の弟だと知っている為どうしたらいいか分からない。

 更に断末魔のような声と共に女子生徒達が失神し、雪崩のように倒れていく。


「ちょ……息……が――」


 雷地の信じられない行為と強すぎる抱擁に茜も限界を迎えたようだ。

 雷地の背中を連続でタップしギブアップの意思表示をする。

 だがその力すら奪い取る雷地の言葉が茜を襲った。

 

「お帰り、光」


 雷地がそう茜の耳に囁きかけてかけてきたのだ。


「え」


 正体がバレている。

 何故だが分からないが茜の中身が光だとバレてしまっている。

 性別も体格も違うというのに。

 そこで雷地の強すぎる抱擁が解かれた。それは苦しむ茜から雷地を引きはがそうとした剣によって。

 だが容易く抱擁を解いたのは雷地が茜の反応を見る為だったらしい。


「その反応だと正解か」


 そんな一言。

 その時、茜はセレナに正体を見抜かれた時と全く同じ表情をしていただろう。

 目を見開き、なぜ自分が光だと分かったのか問いただしたいが言葉が出ず、口をぱくぱくさせるだけ。

 最初の「お帰り」ではまだ確定ではなかったそれも茜の表情で確信に変わったらしい。

 呆然とする茜の目の前には不敵に笑う雷地。


「お前、何でそんな可愛い姿になって――」

 

 これはまずい、と茜は考えを巡らせる。

 こんな公衆の面前で茜の正体が光だとバラされると厄介だ。傍には剣もいるし一般の生徒もいる。そこから噂が噂を呼び茜の正体が大きな力、茜色の奇跡を使役する葵光だとバレてしまう可能性がある。

 だから茜はなりふり構わず雷地に飛びついて首に腕を回したのだった。


「兄貴! それ秘密だから!」


 そして余裕なく、小声で囁く茜。


「え? 何で?」

「後で話す……」


 そこでまた誰かが倒れる音。

 傍から見れば、ただ剣によって引きはがされた男女。しかし離れたくないと雷地に飛びついてすがる美少女なのだ。ファン達もショックを隠し切れないだろう。

 そんな光景に剣も雷地から手を放して今にも崩れ落ちそうな表情。

 茜と雷地は周囲の雰囲気を察し、すぐさま体を放した。


「じゃあ、放課後。場所は誰もいないところがいいだろ?」

「う、うん」

「じゃあ、連絡先交換してくれ」


 雷地は二カッと笑ってスマコンを取り出し、茜と連絡先を交換したのだった。

 すんなり連絡先交換を了承する茜を見て剣は不思議に思う。さっき会ったばかりなのに、随分簡単に連絡先を交換するんだなと。

 加えて剣は驚きと少し複雑そうな表情。

 雪花に関してはよくわからなかったのだろう。首を傾げて成り行きを見守っていた。


「じゃ、また後でな。茜」

「お、おう」


 雷地はそう言って去っていった。

 雷地は茜と呼んでいた事から周りに茜は光だと触れ回ることはしないだろう。

 その雷地が茜から離れていくと取り巻き達も後をついて行く。倒れた女子生徒達は別の女子生徒達が運んでいる。その時、遠めでもはっきりとわかる程、女子生徒が茜を睨んでいるのが分かったのだった。


「……女子って怖えな」

「殺害予告が来るかもしれないわね」


 雪花がそう言うと茜はものすごく嫌そうな顔をして再度席に着き、雷地が持ってきてくれたカレーライスを食すのだった。


「あ、茜。雷地とは知り合いなのか?」


 と、剣。

 それは当然の疑問だろう。

 雷地が抱き着いて、茜も抱擁し返す程の仲。その設定を茜は考えないといけない。剣がいるから恋人意外で。

 幸い茜は日和の国出身となっている。放浪していたとは言え日和の国にずっといなかったとは言っていない。たまに日和の国に戻って来ていたとでも言えば説明がつくだろう。久々に出会ったから懐かしく、抱擁してしまったと。


「昔、ちょっと」

「へぇ……」


 剣はそれ以上追求する事はしなかった。内心もやもやしているだろうが茜もこれ以上追求されたくないと、俯いた表情。これは演技だが剣には効いたらしかった。


「あ、あの、雷地君」

「ん?」

「さっきの子とはどういう関係?」


 そう問いかけるのはエリナ。

 実は雷地にはファンクラブが既に出来ておりエリナはその会員だった。そして親衛隊の隊長でもある。

 

「ああ、俺のファン第一号、可愛いだろ?」


 と雷地はさらりと言い放つ。

 茜が第一号というのは身内だからだろう。

 実際に茜は小さい頃、苦戦しながらも雷地達が作詞作曲する光景を見ていた。そしてまだ拙い歌を楽しそうに聞いていたのだ。

 身内に喜んでもらえる。それは歌手を目指す雷地の第一歩としてはとても嬉しい事。そして心暖まるものだろう。


「そ、そうなんだ……」


 雷地の発言はエリナにとって衝撃的だった。

 エリナは雷地がデビューする前からの追っかけだった。そして雷地ファンクラブの創設者でもある。

 ファンクラブには入った順にカウントが上がっていく。エリナはその一番目、会員ナンバー1だったのだ。それがエリナの自慢でもあった。

 それを差し置いてファン第一号等とは悔しくて仕方がないだろう。しかも雷地本人の口から公言されたのだ。ショックを受けるのも無理はない。


「あれ、あのエリナって人もめっちゃ睨んできてない?」

「嘘だろ……」


 雪花がそう言うので茜が振り返ると雷地の後を追いながら睨んでくるエリナを発見する。

 中身が男の茜としては女子生徒達に敵視されるのはたまらないだろう。

 茜はその視線の理由を察してエリナから目を逸らした。全く、余計な事をしてくれたもんだと、茜は溜息だ。

 ファンの前で見知らぬ女に抱き着けばどうなるかわかる筈だ。

 だがそれは雷地も分かっているだろう。もしかしたら茜の正体を光と見抜いて居ても立っても居られず抱きしめてしまったのかもしれない。

 

「ねぇ、どうするの?」


 と、雪花が剣にバレないよう、小声で話しかけてくる。

 雷地の事だろう。また後で会おうと言われたのだ。恐らくは内密にどこかで話そうという事だろう。


「あの調子じゃ取り巻き多そうだし、聞き耳立てられない場所で会うしかないな」


 茜はスプーンを口で咥えたまま考える。

 茜達から雷地達が見えなくなった頃だった。


「ねぇ、エリナ」


 雷地のファンクラブの自称親衛隊隊長のエリナに声をかける影があった。


「ジュリナ?」


 話しかけてきたのは先程、唯をいじめていたジュリナ。

 親衛隊隊長のエリナは少し眉をひそめる。雪花が言うにはこの学校の番長らしいジュリナ。それが話しかけてくるとなればエリナも警戒せざるを得ない。

 

「……何か用?」

「あのチビ、シメてやろうか?」

「え?」


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