第62話 ~セブンアイズとヤクザとスパイ~


 女子寮からも雪花の家からも商店街は通り道だ。顔なじみの店舗もいくつかある。何人かに声を掛けられていたが全て無視して雪花は突っ切った。

 取り合えず商店街を抜けて雪花は一安心だ。


「せっかく林檎が貰えそうだったのに」


 だが茜は貰える筈だった林檎をみすみす逃した事に不満げだ。


「あの林檎、あの形、あの色と艶……かなりの美味とみた。トマトといい、あの八百屋出来るぞ」


 と、独自の解析を述べながら。

 そんな危機感のない茜に雪花は溜息をつかざるを得ない。


「あのねぇ、あのままだとあんた持ちきれない荷物背負って学校に行く事になってたからね? 感謝してよねっ」


 あのペースで貢物をもらっていては学校についたころには注目の的だろう。それが美人であれば尚更。

 だが茜はあまり事の重大さを理解していないようだ。


「美人は得だなぁ」


 役得だなと、そんな他人事のような感想を漏らすだけ。

 茜は自分が美人だと認識はしているものの、それによって受動的に引き起こされる事象の認識がまだ乏しい。

 そしてそれに巻き込まれる雪花はたまったものではないと頭を押さえる。


「そう言えば、あんな八百屋、前はなかったよな?」

「え? ああ、四年前の天空都市襲撃のせいでここら辺は有名になっちゃったから。こぞってここら辺に引っ越してきたのよ」


 良い出来事であれ、悪い出来事であれ、有名になれば観光目的で人が訪れる。人が集まればそこに家が出来て店が出来る。

 先程の商店街は四年前にも存在していたが今ほど店舗の数は多くなかった。どちらかといえばシャッターが閉まっている店舗の方が多かったのだ。

 だが今は所狭しと店舗が立ち並んでいる。商店街の長さも少し長くなっているくらいに。


「他の女子生徒には見向きもしなかったのに、雪花の事は覚えてたな」

「きっと私が美人なせいね」


 と、雪花は得意げに言い放つ。

 決して雪花も美人じゃないわけではない。だが顔よりもまず豊満な胸に視線がいっていまうのだろう。

 と、茜が言うと雪花に背中を小突かれたのだった。


「しっかしカフェやら雑貨屋やら、でかいビルも建ってしまって。変わったな桜之上市も」


 昔ながらの田んぼや畑は埋め立てられ、何らかの施設に変わってしまっている。茜が襲われた公園もなくなる予定との事。

 昔あったはずの光景が失われ、茜は少し寂しそうだ。


「そうね。中でもエクレール社って大企業が多く進出してきてるわね。そのお陰で仕事が増えたとか。あと何たら組って言うヤクザもいるらしいわ」

「ヤクザか。そういうとこ目ざといからなぁ」

「なんだか混沌としてきてるよね。セブンアイズでも来てくれないかなぁ」


 何の気なしに吐いた雪花のそんな固有名詞。

 それに茜は感心したように雪花を見る。


「へぇ。知ってるんだな」


 セブンアイズという組織を雪花が知ってることに感嘆の意を示す茜。

 しかし馬鹿にされているように感じたのか、雪花は呆れたように言い放つ。


「そりゃあね、犯罪組織なのに英雄って言われてる変わった組織だもん。誰でも知ってるわよ」

「英雄ねぇ」


 一般的にセブンアイズは犯罪組織とされている。それを英雄と呼ぶ雪花に茜は少し懐疑的だがそれはあながち間違いではない。

 セブンアイズは数十年前、日和の国を暴力を持って改革し、復活させた組織である。

 当時の腐敗した日和の国の中枢とそれに群がる利権団体や暴力団を全て暴き出し、公の放送を使って暴露していったのだ。

 施設を爆破したり、多くの死者を出した為、犯罪組織と言われているが、それを日和の国の国民は英雄として称えており、今でも根強い人気を博している。


「セブンアイズが何したのか、雪花は知ってるのか?」

「え? ええと、国が豊かにした?」


 国を良くした事は知っているが具体的に何をしたのか、雪花は知らないようだ。

 これには茜もあきれ顔でさっきの感心した気持ちを返せと溜息だ。


「適当だな」

「……何をしたのよ」

「そうだなぁ、初期のころは歩き煙草する人を銃で狙撃した」

「ええ!? そんなことしてたの!?」


 英雄と称えられていたセブンアイズの意外な行動に雪花は目を丸くする。

 銃を所持する事さえ厳しく取り締まられる現在、人を銃で狙撃するなんて日和の国では考えられない事だった。


「最初の頃はな。そんな事で銃撃するなんて頭がおかしい集団だってマスコミは叩いてた。でも迷惑していた人が多かったからか、ネット上では賛成派が多数だったみたいだな」

「もしかして、それで今は歩き煙草が法律で禁止になったの?」

「直接的には関わってないだろうけど、間接的には関わってるだろうな。まあ歩き煙草する奴は災難だろうけど善良な喫煙者も無条件で叩かれなくなったからな。喜ぶ喫煙者も多かったらしい」


 グループの中で誰か一人でもマナーが悪い者がいれば、グループ全体がマナーの悪い集団だと思われてしまうのはよくある事だ。それが十人であろうと一万人であろうと。


「そうなんだ。じゃあよかったのかもね」

「どうなんだろうな」


 傍から見れば行き過ぎた正義だろう。

 だが腐敗しきった日和の国には丁度良かったのかもしれない。


「後は一部の政治家とそれに癒着する官僚、大企業、利権団体、外国のスパイなんかが入り混じって混沌としてたわけよ」

「それを全部セブンアイズが暴き出してくれたってわけね!」

「ああ、暴力によって、だけどな」

「それは……ダメだけど正義の暴力ならいいじゃないっ」


 意気揚々とセブンアイズを擁護する雪花。

 何をもって正義と定義するかは謎だが、少なくともセブンアイズの暴力には正義があると日和の国民は判断しているだろう。今でも英雄と称えられている犯罪組織は昔も今もセブンアイズだけだ。


「そうだな。ヤクザもセブンアイズを見習えばいいのにな」


 セブンアイズは暴力を善良な国民の為、腐った国中枢に向けた。

 だがヤクザは暴力をただ自分の為だけに使う、という違いがある。


「怖いよね、ヤクザって何で警察に捕まらないのかな?」


 ヤクザは堂々と門を構え、組を名乗ったり会を作ったりもする。

 だがどれだけ堂々と事務所を構えたとしても警察がすぐに潰すことはない。


「そりゃ、ヤクザだって表立って堂々と犯罪犯してるわけじゃないからな」

「そうなの?」


 茜は頷いて、ヤクザの生態を雪花に教えてやる。

 飲食店を経営したり不動産経営してたり、物販等、普通の会社と変わらないような仕事を生業としているのだ。

 茜がそう説明してやると雪花は意外そうな顔をして説明に聞き入っている。


「それに必要悪だってある」

「必要悪?」

「さっきの八百屋さぁ」

「え?」

「さっきの八百屋の向かい側に八百屋が出来たら喧嘩になるだろ?」

「うん」

「そこへヤクザがやって着て金払いの良くない方に圧力掛けて退店させれば丸く収まるわけよ」

「いわゆるみかじめ料ってやつ?」


 テレビで聞いたような言葉には雪花は強いらしい。

 みかじめ料とは店舗がその土地を持っているヤクザに支払う場所代や用心棒の代金だ。


「そう、争いが起きないから警察も助かるわけよ」

「ヤクザは整理係り?」


 雪花は手をぶんぶん左右に振って何かのジェスチャーをする。

 恐らく交通整理をしている人を現しているのだろう。振っている手には恐らく赤色灯の棒、誘導棒が握られていると想像できる。


「手に持っているのは誘導棒じゃなく血で染まったバットとか刀だけどな」

「うわぁ……でもそんな事したら小さな町だったらその八百屋一件だけになっちゃわない?」

「そう。日和の国は資本主義だ。なのに競争も生まれず、値上げしてもその八百屋しか選択肢が無くなる。努力しなくても儲かる殿様商売の完成さ。そしてその殿様はヤクザに金を払う」

「あ、それって時代劇にある、そちも悪よのう、じゃない?」


 雪花が言っているのは悪代官が懇意にしている商人に便宜を図る代わりに金品をもらうシーンの事を言っているのだろう。


「昔も今も変わってないってことさ。利権にしがみつき、ヤクザと癒着。出る杭は打って利益を独占する。似たような構図が多いのなんの。新しい技術が発表されたら関連する利権団体が裏で手を回して詐欺だ何だと吹聴して発表した人は自殺したりしてな」

「詳しいわね」

「実際、そういう人達を自殺と見せかけて保護したりしてたからな」

「おー、正義の味方っぽい」


 そう話す茜に雪花は尊敬の念を込めて小さく拍手する。

 ファウンドラ社は正義を理念に動く組織なのだ。だからそんな弱者に手を差し伸べる任務もある。


「一応、正義の味方のつもりだけど……」

「なんだか、スパイみたいね」

「スパイか」


 その雪花の言葉に茜はそう言った直後、つい笑ってしまった。

 何故急に笑い出したのか、笑われるようなことを言ったのか、と雪花はしかめっ面で茜を睨む。


「なによ」

「あ、いや、スパイってのはもっと繊細で忍耐力があって賢い奴がするもんだ」

「そうなの?」

「ああ、指定された地域に溶け込んで何年も一般人と変わらない生活をしてたりするしな」


 ファウンドラ社の特殊部隊はあくまで実働部隊であり、雪花の言うスパイは情報収集である。

 スパイの情報を元に、茜のような実働部隊が現場で作戦を実行するのだ。

 スパイは疑われれば終わりなので、表立った行動はあまりしない。


「それはまた気の長い話だこと」

「だろ? 本人達はどうか分からないけど私はやってられないかな。私達は単に突っ込んでいって武器を振り回して悪者をぶっ潰すだけさ」

「えー、何か脳筋みたいで嫌だわ」


 雪花は分かりやすく表情を歪めて嫌そうな顔をする。

 一応雪花もファウンドラ社の実働部隊に所属している事になっているのだが。

 そして茜が言うように敵地に乗り込んで目標を破壊することが存在意義であり至上命題となる。


「失礼な、ちょっとは頭も使うぞ?」

「そう……って」


 雪花は突如立ち止まり、茜に向き直る。

 それに茜も気づいて止まり雪花に向き直る。


「どうした?」

「どうした? じゃないわよ! これが花の女子高生の会話なの!?」


 と、雪花は鬼気迫る表情で茜に言い放つ。

 いきなり何を言うのかと思えばそんな事か、と茜は呆れてため息も出ない。

 だが振り返ってみると、それは確かに女子高生とはかけ離れた会話だった。

 セブンアイズという犯罪組織にヤクザという反社会勢力、そしてスパイといった諜報機関の話。確かに花の女子高生の会話ではない。

 茜は中身が男の為、花の女子高生といえるかどうかは疑問だが好奇心は旺盛だ。華やかな生活を送りたいであろう本物の女子高生である雪花が何を所望するのか。


「例えばどんな会話がしたいんだよ?」


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