第60話 ~変な事するなよ?~


 扉も他の部屋と比べて所々に金の装飾が施され重厚感がある。ドアノブも他の部屋は鉄製でそのまま銀色なのに対してスイートルームの部屋のドアノブは黄金の塗装にライオンが象られていた。


「なんか緊張する……そして何故百獣の王がこんな所に」

「さっさと入るぞ」


 扉の前で気後れしている雪花を尻目に茜はスマコンをかざしてロックを解除し、扉を開いてずかずかと侵入していく。


「ちょっと置いてかないで!」


 入ると薄暗く長い廊下があり進んでいくと自動で明かりがついた。

 左右には扉がいくつかあり、洗面所やトイレ、風呂場や応接間等だろう。

 そこをまっすぐ進むとやがて広い部屋にでた。前方には全面ガラス張りの窓。その先にはオーシャンビューが広がっている。海が近く、窓を開ければさざ波の音が聞こえてきそうだ。

 家具と言えばエル字型の大型ソファとガラス張りの小さな机が設置されていた。天井はとても高く、五メートル程はあるだろうか。開放感のあるリビングとなっていた。


「へぇ~、結構いいじゃん」


 茜はソファーに座り柔らかさを確かめるように弾んでいる。

 目の前には大型のテレビが設置され後方にはアイランドキッチンが。

 何が結構なのか、と雪花が目をひん剥いて驚き茜を見て叫ぶ。


「いやいや、めちゃめちゃいいでしょ! さすがスイート! さすが百獣の王!」

「うるさい」


 そこから奥へ行くと寝室があり、ベッドがあった。


「うひょー」


 茜はベッドに飛び込んで布団や毛布の柔らかさを頬で確かめている。

 初夏の日差しの中歩いてきたからだろう。ひんやりと冷たい布団が火照った体を冷ましてくれる。

 体温が下がると眠気に襲われるもの。茜は目を細めうっとりしているのでこのまま眠ってしまいそうになっている。


「エアコンも付いて涼しいわね」

「ああ……昼寝でもしようかな」

「じゃあ、ここがあんたの部屋でいいわね。私逆側にするわ」


 この部屋とリビングを挟んだ逆側にも寝室があった。雪花はそこで寝る事になるのだろう。

 だが茜はその雪花の言葉に細めた目を開き、起き上がった。


「雪花も一緒の部屋で生活すんの?」


 茜は初耳だった。

 そう言えば茜と雪花がスマコンをかざしたのは一枚の磁気カードだけ。茜の部屋にいつでも雪花が入れるようにしているだけだと思っていたのだ。


「そうよ、全く、何で私まで一緒に住まないといけないのか……いい迷惑よ」

「嫌なら、家からくればいいだろ?」


 不満げな雪花。家からも通えない距離ではない。であれば雪花は実家から、茜はここで別々に生活すればいい。

 だがそうはいかない理由があった。それは昨夜、茜が小野畑に襲われた事が起因している。


「セレナさんに言われたのよ。あんたを護衛する為に一緒に寮で生活して欲しいって」

「ふーん、理由は何か言ってた?」

「さあ、でもなんか昨日の夜? あんたから電話あった後くらいかなぁ。急に言われてさ」

「なるほど」


 つまりまた茜が小野畑に襲われても対処できるように雪花を常時傍に配置しておこうという事だろう。この部屋で茜が一人で生活していたら襲われた時に対処できないから。

 セレナは茜に対し、少し過保護なところがある。雪花や剣というリソースを茜の護衛に回すくらいに。


「それにしても、男女が一つ屋根の下……」

「あんたは女だけどね」


 男女が一つ屋根の下であれば女の身が危険となる。

 だが今は女同士、一つ屋根の下であればか弱い方が危険となるのだ。

 だから茜は毛布で体を隠して目を細め、雪花を見る。


「変な事するなよ?」

「何で私がする方なのよ……それに変な事って、あんたは何を想像してんのよ?」


 そんな茜の自衛のしぐさをする演技に雪花はあきれ顔だ。

 そこで茜は天井を仰いで少し考え、口を開く。


「例えばだ、私が風呂に入っている所へ雪花が入ってくるとするだろ?」

「うん、それで?」

「背中を洗ってやるふりをして、おっと手が滑ったああ、とか言いながら私の胸や股に手を伸ばしてあんな事やこんな事を」


 そんなことするわけないと、雪花はすぐさま否定してくると思った。

 だが雪花はそれを聞いて黙考している。茜の言葉を想像してみているのだろう。

 恥ずかしがる美少女に裸で後ろから抱き着く光景を。

 それを想像する雪花の表情はそれはそれで楽しいかもしれないと、少しずつ笑みの表情が足されていった。


「確かに……それはそれで」


 だが逆に冗談で言ったであろう茜の表情からは次第に笑みが消えていく。


「……へ、変な事するなよ?」


 それは若干の恐怖と、自分の体を外敵から守るように自分で自分の肩を抱きしめる演技と共に。


「し、しないわよ! するわけないじゃない! ていうかそれは私のセリフなの!」

「なに怒ってんだか……はぁ」


 茜は再度大股開きでベッドに飛び込んで、そのまま目を瞑る。

 現在茜は剣の姉、弓にもらったミニスカを履いていた。

 茜は女性としての羞恥心にまだ意識が薄い。ファウンドラ社の無駄技術が盛り込まれていないスカートは情緒も風情もないくらいに隠す事をしなかった。


「はぁ……あんたさぁ、思いっきり見えてるわよ、パンツ」

「見るなよ、雪花のエッチ」


 茜は顔だけをもたげて目を細め、雪花をエッチ呼ばわりだ。


「もうっ、荷物ここ置いとくからねっ、制服もあるからっ」


 ああ言えばこう言うと、茜の相手が嫌になった雪花はファウンドラ社から送られてきたであろう茜の荷物を入口に置いた。


「さんきゅ……」


 と、茜の口から聞こえるお礼の言葉尻が消える。そんな短い言葉も茜は最後まで言えなかった。つまり茜は眠ってしまったという事。


「あ、寝た? ねぇ、寝たの?」


 昨夜は剣の家の一般家庭のベッドで寝ていた。

 熟睡出来たとの事だったが寝慣れないベッドではやはり疲れが残るのだろう。

 信じられないと、雪花は回り込んで茜の顔を見てみると目を瞑り、既に可愛らしい寝息を立てている。

 任務外だとしてもこんな寝顔を見せる事が出来るのは気の知れた剣か雪花くらいのものだろう。


「え~、もうちょっと部屋を見て回ろうよ~」


 茜の体から力が抜けていき、柔らかなベッドに埋もれていった。惜しげもなくショーツを見せながら。


「もう~、マイペースなんだから……」


 眠ってしまった茜に雪花は軽く毛布を掛けてやり、一人で部屋を見回る事にした。

 家電や調理器具、タオルや生理用品等、生活必需品一式は既に取り揃えられていた。

 風呂場も広くニ、三人が同時に入れそうな程広い。

 ここの女子寮は基本大浴場なるものがあるのだが、茜の中身は男。大衆用の大浴場には行く事が出来ない。

 任務外では茜は綺麗好きだ。好きな時間に入浴できる為、茜には嬉しい設備だろう。


「しかもこのシャンプーとかコンディショナー……めっちゃ高い外国の奴だ……やたっ」


 雪花も女の子。

 アメニティの充実にとてもご満悦だ。

 実はこれはセレナの趣味だった。

 茜に任せると適当などこでも買える市販のものを買ってくるだろう事はセレナには分っていた。だからセレナセレクションのアメニティを用意しておいたのだ。

 因みに雪花が床に置いた茜の制服はファウンドラ社製。普段着もファウンドラ社が事業展開、経営しているアパレル関連から。そしてそれらは全てエージェント専用の特殊仕様だ。

 

 

 その後、雪花の母と父が大荷物を持ってやってきた。雪花の引っ越しとして荷物を持ってきたのだ。茜も手伝いをさせられ、その夜は雪見お手製の夕食が振舞われた。

 その後、茜と雪花は女子寮の下まで帰宅する両親を送り届ける。


「それじゃあ茜ちゃん、こんな娘ですがどうか頼みます」


 と、人のよさそうな雪花の父が茜に頭を下げる。

 どちらかといえば茜が雪花の世話になる形なのだが父親はそうは思っていないらしい。

 雪花の父親は茜の美しさに終始目を奪われていた。雪花と雪見に頬をつねられながら荷物を運ぶ手伝いをさせられていたのだ。


「了解しました」

「こんなって何よ」


 茜は冗談めかして敬礼し微笑んだ。

 そんな茶化してくる茜に父親はメロメロだった。そして父親は雪花を見据えて言い放つ。


「雪花、茜ちゃんに変な事するんじゃないぞ?」


 何を馬鹿な事と、雪花は父親にしかめっ面で答えるが横から視線を感じた。

 それは他でもない茜だ。

 先程の雪花の奇妙な笑みが気になっているのだろう。雪花が視線を合わせると茜が口を開く。


「……変な事するなよ?」

「す、するかっ」


 そんな感じで雪花と茜は手を振って二人を見送ったのだった。


 翌日、茜は検査のために病院へ行き、特に問題なしと診断されたようだ。

 雪花には心配を掛けたくなかった為、小野畑に襲われた事は言っていない。病院に行くときも少女化して何か不具合がないかを検査するだけと伝えるだけにとどめた。


「はぁ、疲れた」

「明日から学校だけどね」

「めんどくせぇ~」


 検査から帰った茜はソファに倒れ込みながら呟いた。

 明日から雪花と剣と同じ学校に通う事になる。

 だが茜はファウンドラ社で既に学校で習うような教育は受けている。だから行く意味もあまりないのだ。

 セレナが学校に通えというには何か理由がありそうだがそれを踏まえた上で面倒なのだろう。


「雷地君に会えるかもよ?」


 雪花は意地悪そうに片唇を釣り上げて言う。

 雷地とは茜より二つ上の実の兄。もちろん雷地も学校に通っている。

 しかし四年前の天空都市撃退後、一度も会っていないのだ。

 

「会いたくないから一度も帰らなかったんだよ……」

「夢だった歌手目指して色々活動してるらしいよ?」

「知ってる」


 茜も雷地の事について全くの無知というわけではない。

 雪花やセレナからも情報が入ってくる。茜自身も自分で調べてみた事もある。

 雷地は昔から歌手に憧れており、駅前や公園、学校等で友達とライブをして回っていた。だから家にはほとんど帰らず茜一人だった。最近ではその活動が認められ大手音楽系企業から声が掛けられライナーズというユニット名でプチデビューしているとの事。


「まあこんななりしてるんだから会ったって意味ないけどな」

「兄弟同士、以心伝心したりとかしないの?」

「双子じゃないんだし」

「ふーん、じゃあ自分が光だたて教えて上げたら?」


 雪花のそんな危機意識のかけらもない言葉。それに茜はばっと起き上がって雪花を睨みつける。


「会っても絶対余計な事いうなよ?」

「え、うん」


 茜の正体が世間に知られてしまうと色々とややこしい事になってしまう。

 茜色の奇跡という強大な力は様々な国や傭兵団、犯罪組織が狙っている。それがこんな自衛も出来なさそうなか弱い少女だと知られれば強硬手段に出かねないのだ。

 茜は雪花の返事で脱力するようにソファに背を預け、目を細めて憂いの表情。


「それに、どんな顔して会えばいいか分からないし……」


 それは実の母を殺してしまった自責の念から。

 雷地には母親が茜色の奇跡で死んでしまったことはファウンドラ社を通して伝えている。そして茜色の奇跡を茜が放ったことも。

 手違いとは言え茜が殺してしまった人物は雷地の母親でもある。その事についてどう釈明したらいいか、茜には分からなかったのだ。


「そりゃあ、私だってそこらへんは理解してるけどさぁ。兄弟なんだし、いつまでも会わないっていうのもどうなの?」


 同じ母の血を引いている家族なのだから仲良くして欲しいというのが雪花の本音なのだろう。

 茜もそんな事は分かっている。だが踏ん切りがつかないのだ。


「でももし……その時が来たら」

「来たら?」

「土下座でもするかなぁ」

「土下座って……」


 いつその時が来るのかは分からない。

 ただ実の母を亡くして悲しまない子供はいないのだ。

 実際に茜はとても悲しみふさぎ込んでしまった過去がある。セレナや剣、雪花が居なければ自ら命を絶ってしまっていたかもしれないくらいに。

 だがそんな茜をセレナが拾って鍛え、ファウンドラ社のトップエージェントとして世界に放ち、平和の名の下に暗躍させている。その活動が茜を変えたのだ。

 意地の悪い悪戯をして笑えるくらいに。

 まだ懸念事項はあるがそれはセレナが雪花へ依頼している。問題ないだろう。

 そんな茜だから次の段階へ進むことも出来るのかもしれない。兄である雷地との面会も近いかもしれない。

 だが雷地に何をされるかだけが茜には気がかりだった。


「……殴られるかなぁ」

「雷地君はそんな事しないでしょ」


 だが茜は今、少女の姿。

 雷地には分かるわけが無いのだ。

 そんな心配をしても無駄だと、茜達は明日に備えるのだった。

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