36.
「ダッハッハァッ!それであんなとこに居やがったのかァ!」
彼は軽快に笑い飛ばしました。クローゼットから這い出たわたしは彼の上着を着せてもらい、同じ一室で膝を抱えて座っていました。正面にはかくれんぼの鬼が同じく足を組んで座っています。
「にしたってアンタも不運ってもんだなァ!知らねぇヤツに拉致られて挙句がこれかい。一体何してそんな狙われるようになったのか気になるなァ!」
わたしの意識するところでは何もしてないので完全に不運に帰結するかと思います。生まれも育ちも少しずつ特殊な様子ですし、何ならそれを自分で説明できないところも大問題と言えます。
「へぇ〜ッ、あんた楽しい人生送ッてそうだねェ……まッ、狙われ放題なんて俺がむしろ望んでるくらいなんだがなァ!」
ガッハッハとまた哄笑します。この方のほうがよほどに楽しい人生を歩んでいそうです。どちらかといえば人生側よりこの人の性格がそうさせていそうですが。それよりこの方はどうしてこの夜分にここへ来たのでしょうか。理由が気になるのは自然なことだと思われます。
「んァ?ああ、俺かい。ちょっと人待ちがあったんだが遅れるッてんでな。適当にこの辺ぶらついてたッてわけよ」
それで家の中まで上がり込むんですか。
「あんただって上がり込んじまッてんじゃねェのかい?」
不可抗力というやつです。わたしのせいじゃないです。
「まァそれはそうか!なァに、嬢ちゃん詳しく知らねェんだろ?この辺はベリルマリンの旧地区でな。十数年ぐらい前まで都市開発ッてんで区画と街並みまではガンガン作られたんだが、今の新特区がその後すぐにできちまったせいで新築の家も含めて丸ごと放って置かれちまってるのさ。使うやつもいねェからってバカのたまり場になってるとこもあるが、ここらまでくりゃあ夜も意外と静かなんだぜ?」
その場合、貴方もそのバカの内側に含まれている可能性をわたしが考えるべきなのでしょうか。
「おッ、嬢ちゃん辛辣だねェ!いい読みしてんじゃねェの!」
むしろ肯定されると場とわたしの気を紛らわせるためのジョークの意味がなくなるのですが。
目の前の人間は少なくとも大悪党には見えず、わたしの寒さはまだ取り除かれないまでも人と話してるだけマシに感じられます。素性は分からねども活用すべきと判断します。皆さんの元に戻るにはきっとそれが近道です。
「おうそれだそれ。アンタ、親んとこに帰りたいんだろ?」
血縁として説明される関係ではないのですが、わたしにとっての親や家族を考えるならもちろんウォーレンさんたちなので訂正の必要はないですね。肯定を返すと彼は腕を組み、なるほどなるほどと数度頷いてから手をパンと叩きました。
「よしッ、相分かった!こんなとこに嬢ちゃん一人で置いてけるほど俺の漢も廃ってねェさッ!」
彼はすっくと立ち上がり、握り手で胸を叩いてキッと歯を見せます。
「任せなッ!こう見えて俺ァ結構な腕なんだ。そのへんのチンピラぐらいならどうッてことないッてもんよ!」
彼は手を握って開いてを繰り返して自信を誇示します。こう見えても何も、衣服越しにも彼の筋肉質な体躯がこう見えるからこそ、言葉の事実を裏付けています。けれども知らない人についてゆくのは深く考えずとも危険な行動であることは間違いなく、それは目の前の人間がこのように大笑いを繰り返していても変わりません。もしかすると、とって食べられちゃうかもしれません!
「ダッハッハァ!違ェねえなァ!平和ボケしてる役所連中にも今の言葉聞かしてやりたいねェ。なら……」
彼は懐から手のひら2つ分くらいの鉄箱を取り出します。機械部品というよりは単体で機能しそうなそれの、機構の一部を縦に伸ばして、ボタンをカチカチと規則的に何回か押します。
「……っと、……んでそうだな……よ、う……が、す、ん、……だ、ら……あーと、場所は……っと。よしッ!」
彼はそれきりしまって、
「ツレがそういうんのプロでな。嬢ちゃんは知らないおじさんに着いてくる必要はねェさ。代わりに俺のツレに探しに行ってもらうとしよう!俺はただここにいるだけだから、これならついて行ったことにならねェ……だろ?」
確かにその通りです!この発想力は見習うに値するでしょう。彼を見る目を大きく変える必要があるようです。未来は明るいですね。
「だろうともさァ、ダッハッハァ!もっと言ってくれてもいいぜ!」
繰り返す高笑いはこの上なく気持ちよく感じました。つまり、ここにもう一人彼のご友人が駆けつけてくれるということです。増援というやつです。その友人がわたしの味方になってくださるかはひとまず不明かもしれませんが、少なくともこの方の味方であることは間違いなく……あれ、でもそもそもこの方もわたしの味方と決まっていたわけではなく、というよりひょっとして、一人が二人に増えるというのはつまり、わたしを包囲できる人的資源がただ増えたという見解もあります。もちろん世界が敵だらけと限ったわけではありませんが、この緊急時にそんな詭弁を振り回すのもやや不毛です。善心からのご提案であれば申し訳ないですが、今からでもお取り下げしてもらう方がいいのかもしれ……
「おっ、やっぱり早ェな。さすがだテトラ!言ってた用ってのは済んだのか?」
窓の外から青い光を遮ってヒョイッと影が入り込みます。
「申し訳ありません主様……不覚にもこのテトラ、依頼目標を取り逃がす多大な失態……を……」
報告の途中でわたしが眼中に入ったらしく、そこから続く言葉は特にありませんでした。つまり一番悪い方の偶然だったということです。
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