27.

 アルカさんと共に部屋を出て、次の横穴へ向かいます。ウォーレンさんとハーツさんがもう先に行ってしまっているので追いかけなければいけません。ただ、もう中で探索を始めているものかと思っていたら、ハーツさんは入口でわたしたちを待ってくれていたようでした。

「あ、ふたりとも。もう用は済んだの?」

 はい!もしかして、お待たせしてしまっていたのでしょうか?

「あ、いや……そうじゃなくてね」

 ハーツさんは入口に突っ立ったまま部屋の奥を流し見ました。わたしも入って中を一緒に調べるべきです。一緒に中に入るものと思って進もうとすると、

「あ、だめ!ここは入っちゃだめ」

 アルカさんとわたしの動きはすぐに妨げられました。

「えぇ、なんで?みんなで調べれば効率もいいじゃん」

「どうしても!ウォーレンが出てくるまで待ってましょ、ね?」

 かなり語気が強く、しかしその理由はどうしても教えていただけません。奥を覗こうとするとそれに合わせてハーツさんが邪魔してきます。注意すると、酸い匂いが鼻を突きました。察してほしいという空気感も感じられ、不服そうにするアルカさんと一緒に手遊びをしながら待ちました。

 しばらくすると部屋の奥からコツコツと足音が近寄り、ウォーレンさんが姿を現します。用が済んだ、というのが明らかでしょう。

「どうだった?」

 わたし達よりも先にハーツさんが質問します。

「所持品の大半は焼かれたのだろう。手記や記録物は残っていなかった。勾留後しばらくは存命のまま尋問等を受けていたようで、腐敗は進んでいたが暴行の跡を辛うじて確認できた。ただ、主人の話から推測するに彼は無自覚な素養か純粋な偶然でここを見つけただけだった、と思われる。外部へ露見された虞れはないと判断されていた……というあたりか」

「なるほどね……」

 ハーツさんはゆっくりと頷きます。

「でも持ち物がないんでしょ、さっきも言ったけど結局身元分かんないんじゃないの?」

「その点はおそらく問題ない」

 ウォーレンさんはその手に握りしめていたものをこちらに見せました。特徴的な形をした橙色のペンダントです。

「これだけは処分されずに済んだのは一つの幸運だろう」





 探索が済んでいない場所もいよいよこの空間の最奥が残るのみとなりました。わたしたちのこの迷宮の冒険は終わりを迎えようとしています。地上で探しの魔法を使ったときに大きく目を惹いたもの。それは間違いなくこの先に……。

 響く足音が一斉に止み、それは間違いなく、皆さん全員が同じものに目を奪われたからだと言えます。

「なにこれ……」

 人間の体長など比較にならないほど、巨大な結晶。当然これまで見てきたどの結晶体よりも大きく、最奥の空間を天井付近まで埋めるほどに育っています。結晶の放つ光を岩壁は強く反射し、元々から青色であると錯覚する程。強烈なそれにわたしは小さな立ち眩みを感じました。その時わたしはまた、夢の中で大きな黒い何かに飲み込まれて溶け込んでいくあの感覚を思い出し……。

「大丈夫か」

 肩に置かれた手でわたしは正気を取り戻したものと思われます。

「少しふらついているようだ。ここまでも長かったし休憩を挟むべきだったかもしれない」

 わたしは全然平気です!首を振ってノーを示します。

 結晶は近付けばよりその反り立つ大きさに目がゆき、圧倒されます。よく観察すれば結晶を取り囲むように布や祭壇が配され、砂やカビの生え方はその打ち捨てられてからの荒廃の様を物語るようでした。一番近くまでくると結晶の青はわたしの心臓まで届くほどに感じられ、気を確かに持たなければまた吸い込まれてゆきそうです。

「結局生きてる人はいなかったわね」

「捨てられた採鉱場と考えるべきなのだろうか」

「でも、じゃあなんで目眩ましの魔法まで使ってここを秘密にしてたの?」

「もちろん秘匿は奴らのお家芸だが……」

 ウォーレンさんは考え込みます。答えは……答えが、この結晶にある気がして、わたしはこれに手を伸ばすか考えました。

「なんなら、アムシースの残党たちがこんな格好のお宝みすみす置いとくとも思えないんだけど」

「彼らの中でも階層や派閥があるのかもしれない。少なくともこの場所をあの連中は知らなかったと考えるのが今は自然だ」

 青はより青へと近付き、わたしの心を乱します。掴める距離に、それが……。

「むしろさ、アムシースの技術がこれに眠ってるんなら、僕らで呼び覚ますってのはどう!?ひょっとしたら大儲けまでできちゃうかも!」

「ばか言ってんじゃないわよ。手掛かりの『て』の字も見えないとこから何をするって言うの」

「少なくともこの巨大な宝石は『て』の字の素質が十分にある。様々に試す価値はあるだろう。それはマリーの出自の謎を掴む一助たり得る」

 わたしは、わたしは……。

「とはいえ、ここで何かやって一大事になったら元も子もないじゃない。崩落まで起きたらあたし達まず助からないし」

「地上に拠点がないあたり、何をしたとしても崩落とかまでは起こらないって思われてたんじゃないかな。むしろこのまま手掛かりゼロで帰る方が元も子もないじゃん?」

「そうは言ったって――――――」






 水を打ったように




 音が、消えました。

 声が、消えました。

 わたしの手がそれに触れて、そしてそれまであった空洞の暗さは消え、青の明るさも消え、そこには、何も無い。

 ただ白く、白く、それがわたしの周りに広がっている。

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