26.

 光の通らない空洞内はより深い黒に近づき、先導するウォーレンさんの手にもつカンテラの光が頼りです。ハーツさんの持ち物を一時的に渡されています。

「深いね、どんどん下ってくよ」

 足をすべらせてしまえばそのまま終点まで転がり落ちてしまいかねません。そうもなれば前のお二人がどうなることか。仮に被害が最小に抑えられたとしてもこのお洋服が刺し違えてしまうことでしょう。足裏の裏切りを受けない確証もない以上、ここは一歩一歩を着実に進めるに越したことはありません。

「大丈夫?手、握ったげようか?」

 ここまで幾多の困難を自分の手でも乗り越えてゆくことを自身に課してきたわたしでしたが、今度の事態は差し伸べられた手に頼る以上に不安をかき消す術はないと感じます。揺れる光源にちらつく足下の陰影を的確に捉えながら、ハーツさんの右腕に命を任せながら、右足を擦り付けるように不安定な土階段を下ります。皆さんもわたしの歩調に合わせてもらえているようで非常に助かりますが、足を引っ張っている罪悪感も付きまわってきます。

「気にしなくて大丈夫!後ろからでっかい岩とかが迫ってるわけでもないんだし」

「ちょっと、怖がらせること言わないの」

 大丈夫だから、むしろゆっくりできるんならゆっくり進むに越したことないわ、と耳元で励ましてくださいます。手を握る力が無意識に強くなってしまい、握り返す力もより強く、心強くしてくださいました。





 下れば下るほど、洞穴内はその本質を岩肌から露見させていった、と言えるでしょう。水気を含んだひんやりとした空気が伝わり、地べたも合わせて泥濘に近づきます。顔にツンと刺す冷たさは、これが薄手の装いだった時の恐ろしさを物語ります。天井から度々滴る水滴がわたしの鼻先に当たって弾け、これに驚いて仰け反りそうになりました。握りしめた手にはあとでなんとお礼をすればよいでしょう。ただ湿りや寒さ程度の変化は副産物に過ぎません。大きな変化は……。

「またある!」

「ホント。今度のは結構大きいわね」

 地面から突き出た純結晶体は、世界のどこを探し回っても見つけられない美しい光彩を放ち、黒に包まれていた洞穴を青く照らします。進むごとにカンテラの存在価値は高まるかと思われましたが、むしろそれは正反対。強い青紫光は先をゆく足場をくっきりと象り、奥の道までを照らし尽くします。

「彼らの隠し財産、まずひとつはこの鉱脈だった」

 ということになるのでしょうか。使い道は何一つとしてわかりませんが重要な資源であることはなんとなく感じ取られます。結晶からあふれる心地よい光に、見つめ続ければ簡単に気が狂れてしまえそうな危うさを覚えました。

「結晶に紐づく何等か……場合によってはこの結晶そのものか」

「どっちにしろあたしらが何考えたところで無意味でしょ。こういうのは……ほーら!」

 専門家がついている、と言いたげにわたしたちの方を見ます。この大きさはここまで下る中でも一番です。観察にはうってつけでしょう。

「ラピスとかなら何かわかりそうなもんだけど、生憎僕、結晶や鉱石に嫌われてるからなあ……」

「相性や素養の問題もあるのか」

「あっいや、ママと勉強してたとき鉱石魔法だけはちんぷんかんぷんってだけの話で」

 アルカさんは淡い青紫色の鉱床に顔を近付けます。

「ひとまず魔力の塊みたいなやつだってことは感じられるね。これを導火線みたいにすればいろんな魔法が組めるのかも」

「今はその考察だけでも充分だろう」

 ウォーレンさんはむんずと鉱床の頭を掴みました。懐から鋭利な金属棒を取り出し、鉱床の周囲の岩肌を軽く突き、次に強く力をかけて崩します。ゴロゴロと頃良い音が転がれば、いとも容易く結晶は手中に収まったというわけです。

「資料価値として大きいものを数個採ってみるとしよう。持ち帰って何かわかるかもしれない」

 そう言って道具と一緒に懐に仕舞いました。コートの中から青い光が透けて見えます。個人的にわたしもほしくなります。心の内側から惹かれるこの衝動もそうですが、このキラキラは手にして自分のものと愛でたいです。宝石や金属製品への憧れも似たようなものなのでしょうか。




 最下層にたどり着いたらしく、転がり落ちそうだった道にもゆとりが生まれました。狭い通路は途端に開け、大きな怪物がじっくりと食らい進めたように広く高くなった空間の、その天井から雫がぽたりと落ちました。すでに手に収まる大きさを超えた鉱床に至る場所を侵され、むしろ岩石のほうが立場が怪しいほどです。その岩肌からゆっくり目線を下ろすと、足場の一部は水に沈んでおり、これが強い湿りの原因に感じます。

「海水ね、これ」

 地理は海に近く、丘上の森林から下ってきたあたりから位置の上でも符合します。濁りと暗さで判然としませんが水中に抜け穴があるとしても不思議ではなく、潜って進めばきっと海に出られるのでしょう。



 調べれば中央空間の岩壁をくり抜いて作ったと思われる横穴の部屋が簡単に見つかりました。ようやく人間の営みを感じられます。備え付けのベッドと机、光源としての燭台は当然火が灯っていませんが、これだけでも数名以上がここで生活まで行っていたと考えるには十分です。しかし引き出しの中は空っぽで、本が立てられていたはずと見える棚も遍く何もありません。

「夜逃げでもしたのかしら」

「流石にないだろう。が、噴火後に誰かが立ち寄っていたと考えても不自然だ」

 せっかく核心に迫るような場所に来れたと思ったのに、肩透かしも良いところです。

 五番目の部屋を出る際、目線を下げて落胆の吐息を吐こうとしたときに、机の隅に紙片が覗いていることに気が付きました。わたしが手にとってあげなければきっとこの先この洞穴の中で息を引き取っていたことでしょう。拾い上げ、表に返します。

「マリーちゃんなにか見つけたの?」

 言語にすら見えない難解そうな文字列がびっしりと書き込まれ、加えて隅と中央付近の一部は長時間の劣悪な保存状態の結果として、濡れて滲んで原型をとどめていません。

「わぁー……これは、なんというかヤバイね」

 専門家さんの意見がこれならば、ここにいる全員がお手上げです。ひとまず持ち帰るのが得策でしょう。

「読める人、探さないとだね」

 わたしはその紙を、誰かからの大切な贈り物のように大事に折りたたみ、お洋服のポケットにしまいました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る