第26話『噂の真相』

 海獣人は島に近付く漁船を襲う。

この噂話が漁師たちに広まっていると言うことは、襲われた事を生還して伝えた者がいるという事だ。そして漁師たちに噂が広まっている事を考えると、襲われたと言う情報が持ち帰られたのは一度や二度ではないだろう。

 もし海獣人たちが残虐で、島に近付く者たちの命を容赦なく奪うのであれば、そんなに何度も生還して情報をもたらす事が出来るだろうか?


「お魚ある?」


 緊張した船上に声がかけられた。

声のした船の右舷側を見ると、船に手、もといヒレをかけてよじ登りながら話しかけている黒いものが見える。

シャチの海獣人だ!


「おい!魚をあるだけ持ってこい!」


 海獣島に関する噂には続きがあった。

── 海獣人に襲われたら、捕った魚を彼らに返せ ──


「魚、あるだけ持ってきやした!」


運ばれてきた魚を目にした海獣人が再び口を開いた。


「ねぇ、これボンの?食べていい?」


???

何だか少しずつ聞いていた話と違う。その場にいた誰もがそう思っていた。そう思いながらも「どうぞ」と伝えると


「やった!ありがとう!いっただっきま~す!!」


 襲われたら?捕った魚を返せ?いやいや、これはそんなものじゃあない。

これは…

この状況は…

こいつ、おやつ目当てに寄ってきただけじゃねぇか!

美味しそうに魚を食べるシャチの海獣人を前に、船上の一同による脳内ツッコミが一致していた。


(ジュマ)

「美味しい?」


「うん!ボンね!お魚大好きでね、お船が来るとね美味しいお魚をね、お口一杯アムアムアムって食べられてね、すっごい嬉しいの!だからねお船見かけたらね頂戴ってついて行くの!」


 なるほど、漁師たちの噂の真相が分かった。一同が緊張から解放されて安堵の表情を見せる中、ジュマだけは真剣な面持ちのままだった。


(ジュマ)

「ちなみにお名前は?」


「ボンはね、ホントはね、ボンテって言うの!みんなはボンって呼んでるんだよ」


(ジュマ)

「もっと食べる?」


(ボンテ)

「食べる!」


(ジュマ)

「パルパ、船の周りに障壁で防御頼む、衝撃魔法使う」



 この日の夜、海獣島に招待された獣王国フリタニア行き御一行は、海獣人たちと酒を飲んで親交を深めていた。

 海獣人と言っても、ヒト型とは程遠く、イルカだろうがアシカだろうが、ほぼかつて水族館で見た姿をしていた。

但し、等身が少しおかしい。

人間に置き換えると三頭身ぐらいにしました、といったところだろうか。

加えて、ゴム長のような体表であるはずのボンテたちの種は、よく見ると短く密度の高い毛で覆われていた。分かりやすく例えるならばベルベット生地、つまりまとめるならば、海獣人たちはいずれも、動くぬいぐるみのようであったのだ。


 喋り方から、どの種も知能はそこまで高くはないようだが、無邪気な子供のようで人懐っこく、島は平和でファンシーな楽園といった様相であった。


 ちなみに彼らは尾ビレで立ち上がり、器用に陸上を歩く。それがまたヨチヨチ歩きのようで、そして時々転けて、何とも愛らしい。

海獣人たちは、水中の方が自由に素早く動けるとドヤ顔で口を揃えたが、一行の誰もが「だろうね!」と脳内ツッコミを入れながら癒されたのであった。


 また、すっかり気に入られた、と言うよりも餌付けしてしまったジュマの後ろを付いて歩くボンテの姿を見て、エミルが羨ましそうにしていた。何だかんだとエミルも女の子、可愛いものには目が無いのだ。


(エミル)

「ボンちゃ~ん、こっちおいで~お魚あるよ~」


(ボンテ)

「これボンの?食べていいの?」


(エミル)

「いいよ~、い~っぱい食べなよ~」


 そうしてボンテを誘き寄せて、ボンテが食べている間に撫でて頬擦りするエミル。その姿に、パルパは見てはいけない怖いものを見ているかのような顔をする。結果エミルに殴られ酒を没収される。そんないつも通りの光景も描かれながら島は夜を向かえ、焚き火の炎が楽しそうな人間と海獣人の顔をゆらゆらと照らしていた。


(ジュマ)

「ボン、これも食べてみる?」


ジュマが地竜のステーキを持ってきた。


(ボンテ)

「これなぁに?食べていいの?」


1口頬張るなり、脇目もふらずに食べるボンテにジュマが声をかけた。


(ジュマ)

「ボン、もっと食べるか?…俺らと一緒に来るか?」


 今日のジュマは何かおかしい。

エミルが感じるジュマへの違和感はこの瞬間に確信に変わった。

いつものジュマなら、相談もなしにそのような勧誘行為はあり得ない。ましてや、脈絡もなしに話を展開させるなんてあり得ない。

 何よりもこの日、あのジュマがただの一度も笑わなかったのだ。

そして、ボンテもまた、餌付けされただけにしては、ジュマへの執着が異様であるように感じられた。

 エミルの視線の先では、ボンテの表情がみるみる変化し、嬉しさ溢れる顔というよりも、泣き顔に近いような表情でジュマの誘いに応えた。


(ボンテ)

「うん!ボンね、ジュマもエミルもパルパもみんな好きだからね、一緒に行くんだよ!絶対一緒に行くのよ!もう離れたくないからね!絶対!」



 この日、理不尽の理にボンテが加わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る