第56話 サメ術師は次の標的を狙う

 翌日、朝食を済ませた俺は移動用のサメを準備した。

 アティシアがいるので二人分である。


「さて! 出発しましょうか!」


 意気揚々と前方を指差すアティシアは随分と乗り気だった。

 どこか誇らしげなのが鬱陶しい。

 先ほどから「もう徒歩移動じゃなくていいのですね!」とハイテンションだった。

 聞いてみたところ、王都壊滅からずっと徒歩移動が続いていたそうだ。

 なぜか馬車が捕まらなかったのだという。


(ラッキーなアティシアが徒歩移動ばかりだったのは……俺と遭遇するためか?)


 遠距離まで移動できたら俺に出会うことはなかったろう。

 徒歩で彷徨っていたからこそこのような状況になったと言える。

 彼女の【運命誘導】はなかなかの精度を持つようだ。


「ほらほら、辛気臭い顔をしないでくださいよー。せっかくのサメが台無しです」


 アティシアがニヤニヤと嫌味を言ってくる。

 それに苛立ちを覚えるが、俺は寸前で反論を呑み込んだ。


(ここで言い返せば思う壺だ)


 おそらくわざと挑発している。

 短い付き合いだが、アティシアの性格はある程度分かった。


 基本的にふざけた言動ではぐらかす。

 本音と虚勢を織り交ぜつつ、相手に揺さぶりをかけてくる。

 そうすることでこちらの冷静さを失わせたり、判断力を損なわせるのだろう。


 それでいてアティシア自身は恐ろしいほどに冷静である。

 のらりくらりと言動を切り替えるが、一貫したメンタルの強さを持っているようだった。

 決して油断できない人間である。


(それより今は目的に集中するんだ)


 俺はサメに乗りながら、小型のサーチ・シャークを確認する。

 方位磁針の部分はしっかりと進路を指していた。


 隣を並走するアティシアがサーチ・シャークを覗き込んでくる。


「次のターゲットは誰です?」


「国王だ。反応があるから生きているのは間違いない」


 ある意味では元凶と言えよう。

 国王が許可しなければ、勇者召喚なんて起こらなかった。

 技術を発展させて召喚ペースを速めた張本人である。

 絶対に逃すわけにはいかない。


「いいですねぇ。一国の王を殺しちゃうなんて、なかなかの大罪人じゃないですか。サメに食べさせるんです?」


「そのつもりだ」


「いやはや、楽しみです。デジカメとかあったら録画したんですけど」


「……悪趣味だな」


「いやだなぁ、サメ男さんに言われたくないですよー」


 アティシアが大げさに文句を言う。

 その神経を逆撫でする言葉にイラッとした。


(こいつが唯一の協力者なんてな……)


 ため息の一つでも吐きたくなる。

 残念ながら殺すには惜しいので我慢するしかない。


 朝食の際、アティシア超小型のボム・シャークを飲ませた。

 本人の了承で施した保険である。

 もっとも、おそらく固有スキルで無力化されるので、気休め未満の策だった。


(早く弱点を暴かないとな。致命的な保険をかけておきたい)


 わざわざ俺に接触してきたのだ。

 彼女の能力が攻撃向きでないのは本当である。

 少なくとも、簡単に俺を殺すことはできないはずだ。


 世界平和を目指しているのが本音かどうかは不明であるものの、たぶん単独では目的を達成できない。

 俺の力を借りずとも実行できるなら、とっくにやっているからだ。


 その辺りの弱みを活かすのが無難なやり方だろう。

 俺は一方的に利用される側にはならない。

 互いにナイフを突き付け合う関係を目指す。

 それでいいじゃないか。

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