第9話 古城 虚数続

ーーーそして俺は…


 楽し気に笑う瑠璃。奈落の底へと誘うような、極彩色の微笑。そんな彼女の腕を掴み、そして引寄せた。一瞬強張る彼女の身体。けれどもそんなこと関係ないと、強く抱き締めた。


 優しく、触れ合うだけのキス。大きく見開かれる瑠璃の瞳。


 ダイヤモンドダスト。古城が光に変わる。空を舞う燐光。世界は白に彩られた。

甘く、けれども切ない時間は一瞬で、俺は瑠璃からゆっくりと離れる。大きく見開かれたままの瑠璃の瞳。呆然としたままの彼女に向かって口を開く。


「思い返せば今まで体験して来た夢の世界は、全て俺に関することだった」


 他人への無関心さ、出来ない自身に対する自己否定。ちっぽけなプライドにしがみ付く矮小さ、そして未来に対する漠然とした不安。消してしまいたい、殺してしまいたい。心の奥底で願い続けてきたことだった。

 だからこそティンダロスは俺を、俺の夢を襲い続けた。何より俺がそれを望んでいたから。


そしてこれこそが俺が生み出すべき最後の虚数。


「ただティンダロスは尋斗、貴方の願いを叶えていただけ。けれどもそれがいけなかった」


儚げに笑う瑠璃。そのまま続ける。


「何故あの薔薇園で、ティンダロスが現れなかったかわかる?貴方がそれを望んでいたからからよ。延々と繰り広げられる貴方にとって居心地の良いだけの空間。あの淫夢に居続けていたら、確かに貴方は苦しまない。だけど貴方は違うでしょう? それは本当の幸せじゃないわ。苦しまず、けれども徐々に朽ちて行くだけの世界。それを本当に望んでいるわけじゃない」


 確かにあのままレイラと共に居たら自分が腐って行くのはわかる。何も生み出さず、何も起こさない。ただ快楽の泥沼に身を委ねているだけ。


 そこまで理解していながらも俺は、素直に彼女の言葉に頷くことが出来なかった。

そんな俺を見てクスリと笑う瑠璃。


「そうね、尋斗、貴方はそういう人間。けれども変われるわ。貴方からのキス。嬉しかったわ」


 ニコリと笑う瑠璃。それは純白の乙女の笑み。古城は崩れ去り、白に彩られたこの世界。光に包まれながらも、燦然と輝くかのような瑠璃の笑顔。思わず見惚れる。

 夢幻の世界を切り裂く無粋な電子音。俺の意識は白の世界から遠ざかる。まだもう少し何か瑠璃と話さなければならないことがあるような気がした。けれども語るべき言葉は生まれることがなく、瞳に焼き付けるように彼女をただ見つめるだけ。



「尋斗、貴方は貴方の" ユメ" を救わなければなりませんわ」



——暗転

 長かった俺の一夜が明けた。

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