第36話 最終話 これでよかった…のか?
あの汚いテナントビルはまだそこにあった。
俺がそっと地下に降りていくと、室内ではあのあごひげ社長がどら焼きをくわえながら慌てて荷造りをしていた。
あたりの床には書類やら旅行用品が散乱していた。
俺はこっそり近づくと、拳銃を手にして社長の背中に声をかけた。
「社長、社員旅行ですか?」
社長はビクッとしてからゆっくりと振り向いて、顔は半笑いだった。
「なんや、タケオくんかいな。おどかしたらあかんでホンマに。」
社長が胸に手を入れたので、俺は拳銃を構えて狙いをつけた。
「これが見えないのですか?」
「ちゃうちゃう、勘違いやで。初仕事、お疲れさんやったな。これはボーナスや。」
社長は懐から分厚い封筒を取り出して俺に放った。床に落ちた封筒から新札がトランプカードみたいに飛び出した。
「社長、ふざけないで下さい。俺には全てわかっています。今回のバカ騒ぎで、いったいどれだけの人々が傷ついたと思っているのですか?」
「しゃあないやろ、ワシは会社や従業員を守らなあかんねや。お前かて最初は金めあてやったやないか。見逃してえな、タケオくん。」
「俺は目が覚めたんです。社長を見逃す代わりに条件があります。」
「なんやねん。言うてみ。」
初出勤。
ここは俺の新しい仕事場だ。
俺はバシッとスーツで決めて、教室の前で深呼吸した。気合いを入れて入ろうとすると、俺の腕時計から声がした。
『タケちゃん、落ち着いて。僕がしっかりサポートするから大丈夫だよ!』
「ああ、ヒヨコ丸。ありがとう、心強いよ。」
俺は思い切って教室の引き戸を開けた。
あの大平原での決戦のとき。
ハヌマンの車体には大穴があいて、完全に機能を停止していた。飛び出した小さいヒヨコ丸改が、ハヌマンの装甲を体当たりで突き破ったのだった。
『なかなかやるじゃねえか。ヒヨコ丸。』
『ハヌマン先輩。まさか、わざと…?』
『言うな、ヒヨコ丸。てめえの勝ちだ。強くなったな。』
ヒヨコ丸改はハヌマンの巨体に近づいた。
『先輩!』
『俺は未来社会で不要になった時に廃棄されるべきだったな。馬鹿な夢を見ちまったぜ。まったく、異世界に来てまで戦争なんざ…するもんじゃねえな…。』
ハヌマンの音声は徐々に小さく、弱くなっていった。
『ひとつ頼みがある…ナナを…ナナをどうか……助けて…。』
そこでハヌマンの声は途切れた。
ヒヨコ丸は夕陽が沈むまで、そのそばに寄りそっていた。
ヒヨコ丸とハヌマンの戦いの後、俺は元の世界に戻り懸命に勉強した。よくわからない他の力に頼ったのが間違いのもとだったとわかり、俺は努力してなんとか教員免許をとることができた。
(もちろんヒヨコ丸に頼るようなズルはしていない。)
異世界で知り合った人々との別れはつらかったが、やはり元々生きる世界が違う者同士、干渉は避けるべきだと俺は思った。
俺はノーラに抱きつかれ、パインには残って手伝ってほしいと言われたが丁重に断った。王女は意外にもサバサバしていた。
「帰りたければ帰るがよい。ただし、あの約束は忘れるでないぞ。」
(約束?)
そういえば人間族の村での夜、俺は王女と約束をしていた。だが、あの約束は到底実行が不可能な内容だと俺は思っていた。
俺が教師をつとめるその私立中学校はのびのび教育が方針で、生徒たちは明るく元気いっぱいだった。最初は生徒たちは俺の顔の傷を怖がっていたが、今ではすっかり慣れてくれたようだった。
ヒヨコ丸の助けもあり、俺は教師という仕事をなんとかやっていくことができていた。
(ヒヨコ丸はひよりさんに頼んで腕時計に移植してもらっていた。ちなみに、ひよりさんは異世界に残り、勝手気ままに暮らしているらしい。)
ある日、職員室での朝礼で教頭が新任教師を紹介した。俺はその新しく着任した先生を見て、驚いて口を閉じるのを忘れてしまった。
「はじめまして! 新米教師の谷町ナナと申します! みなさん、よろしくね!」
職員室から笑いと拍手がわき起こり、ナナは俺の隣の机にしれっと座った。
「ナナ…。」
「よろしくね、梅松先生。」
ナナはとびきり魅力的な笑顔を俺に向けてきた。あの異世界から、俺はナナと共にヒヨコ丸に乗りこの世界に戻った。そして、社長に命じてナナの病気を治療させたのだった。
(ちなみに社長とこよみさんは未来に戻っていった。)
俺は隣の席が気になって仕事が手につかず、タブレットを持つと慌てて教室に向かった。するとなぜかナナがあとについてきた。
「ナナ、いや、谷町先生、どうしたのですか?」
「どうしたって、あたしはあなたの副担じゃない。しっかりしてよ。」
ナナは俺の背中を勢いよく叩き、かなり痛くてジンジンした。さらにナナは俺に近づいて耳打ちしてきた。
(もう逃さないから。覚悟してね。)
俺は苦笑しつつ背中をさすりながら教室に入り、大変なことを思い出した。
「しまった! 今日は転入生も来るんだった!」
「しっかりしてよ、もう。あ、みんな! あたしは新しい副担だからね! タケちゃんともどもよろしく!」
ナナの言い方に教室が爆笑に包まれて、俺は半笑いで頭をかいた。
そのタイミングで、教室の扉がガラリと開いた。
俺とナナの目が丸くなった。
入ってきた生徒の人間離れした容姿に、クラス全員の視線はその転入生の姿に釘づけになった。
「まったく、いつまで待たせるのだ。我のほうから来てやったわ。」
教室の戸口には、いっしょに冒険をした時よりも少し背が大きくなったプラム王女がいた。この学校の制服を着ていて、彼女によく似合っていた。
プラム王女は教室の前方に立ち、みんなに向かって優雅に一礼をした。
「我の名はプラムだ。異国から来たゆえ、この国の習慣がまったくわからぬが、よろしくたのむ。」
教室全体から嵐のような拍手と歓声が巻き起こった。王女は満足そうにうなずくと俺とナナの方を向いた。
「タニマチナナよ、抜け駆けはゆるさんぞ。ここからが本当の勝負だ。」
「な、なまいきな子ね!」
ナナはさらに何かを言おうとしたが、生徒たちの手前で自重したようだった。
「タケオ、いや、ウメマツ先生。我は約束を守った。お主も約束を守ってくれるな?」
「あの、いや、その、あの。」
またナナが俺の背中を思いきり叩いた。
王女は胸を張った。
「我は王位はパインに譲った。あれから数十年たち、我も大人になったぞ。どうだ、約束どおりであろう?」
「いや、まだ中学生なんだけど…。」
俺は不思議に思ったこがあった。
「それにしても、いったいどうやってこっちの世界に?」
「ああ、はぬまんを発掘してひより殿に修理してもらったのだ。便利だぞ。時間も次元もとびこえるからな。」
生徒たちは俺とプラムさんとのやりとりをポカンとした表情で聞いていたが、その中のひとりが窓の方を指差して立ち上がった。
「せ、先生! 校庭になにかいます!」
俺は慌てて窓際にかけより外を見た。
校庭のど真ん中に、ピカピカのハヌマン戦車が鎮座していた。
『ナナ~! 俺だ! 会いにきたぜ!』
遠くから何台ものパトカーや消防のサイレンが聞こえてきて俺は頭を抱えた。
俺の後ろではナナさんとプラムさんがにらみあっていた。
そして、ふたりは同時に俺に顔を向けた。
『タケオ! 早く選んで!』
俺は深い深いため息をついた。
(おしまい)
【完結】こちら株式会社戦車屋です! かわいいけどわがままなエルフ王女の依頼を受けて、復讐に協力して異世界を爆走します! みみにゃん出版社 @miminyan_publisher
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