act.16

 魔術師ガルシアの部屋は、屋敷の母屋から離れた庭の一角に、独立した一棟として建っていた。

 以前ジャニスに会うために屋敷に忍び込んでいた頃は、失敗して結界に引っかかるといつでもここで大目玉を喰らっていたものだ。

 扉についているノッカーで2、3回ノックするザイン。すると扉の向こうから久しぶりに聞く声で返事があった。

「扉は開いているぞ。早く入ってこいザイン・ストラトス」

「え、何で俺だってわかったんだ」

 驚いて声を上げるザイン。

「ばか者、扉に魔法の目くらいかけておるわ。さっさと入ってこぬか小僧」

 そういえばガルシアはいつも自分のことを「小僧」と呼んでいたなと思い出しながらザインは部屋に入っていった。

「久しぶりに顔を見せおったな、小僧。いちいちわしを訪ねて来るとは、何か困ったことでも起こったのか」

 そこには最後に会ったときと全く変わらない出で立ちの老魔術師がいすに座って待っていた。

「ああ、ガルシア爺さん久しぶりだな。しかしこの部屋も本当に変わらないよな」

「ごたくはいい、用があるのじゃろ。いってみるがいい」

 ガルシアは面白いものを見るように、ザインの顔を見て言った。

「ああ、それじゃ簡単に言うと、どうしても思い出せないことを思い出したいんだ。実はあることを思い出そうとすると霞がかかったように記憶が不鮮明になるんだ。知り合いが言うには、もしかすると魔術的な力が関わっているのかもしれないんだと。で、まず本当に魔法にかかっているのかどうか調べて欲しいんだ。知っての通り、本当に魔法なら1人では絶対に思い出せないし」

 ザインの話を頷きながら聞いていたガルシアは、「む」とうなると立ち上がってザインの額に手をかざした。

 しばらくそのままの姿勢で動かずにいたガルシアが、難しい顔で手を下ろした。

「結論から言おう、確かに魔法の影響が見られるの。それもかなりたちの悪いやつじゃ」

「たちが悪いって、どういう意味なんだ」

 ガルシアの言葉に尋ね返すザイン。

「ふつう、何かを忘れさせる魔法というか暗示は、そのことに至る思考の道筋をそらすことで行うものじゃが、小僧にかかっているものは、記憶そのものを強制的に塗りつぶしているようなのじゃよ。どうやら元の記憶はその下に残っているようではあるが」

 そこまで言うとガルシアは、ザインに聞いた。

「そこで一つ尋ねるが、小僧おぬしは単にその内容が知りたいのか、それとも本当に記憶として戻したいのかそれが聞きたい」

「その二つは一体どう違うんだ」

「まずかかる時間が思いっきり違うな。本当に記憶を戻すにはかかっている魔法を解除する必要があるのでな。まあ一晩はかかるじゃろ。内容が知りたいだけなら隠されている記憶を転写するだけなので四半時もあればいいじゃろな」

「あ、それじゃ短い方しか選択の余地はないな。俺、明日から王都の方に行かなきゃならないから、そっちの方でたのむわ」

「ただ記憶の転写の方にも問題があってな、指先くらいの水晶に転写するのだが、同じ記憶は一度しか読み出せないし一度しか見ることが出来ない。その代わり本人以外でも見ることが出来るがな」

 なお説明を続けるガルシアに適当に相づちを打ちながら、ザインはこの記憶は自分が見るよりアイスが見た方がいいだろうと考えていた。

「で、うんちくはそろそろ終わりにして、そろそろ施術を始めよう。小僧こっちへ来るんじゃ」

 語り終わったガルシアは、そういってザインを下に降りる階段へ導いた。その階段は、かなりの回数この部屋に入っていたザインもそんなところに階段があったとは気付かないほど巧妙に隠されていた。


 地下の部屋はガルシアが本当に高位の魔法使いであることを思い出させるような雰囲気に満ちていた。

 ガルシアは床の魔法陣の中心に椅子をおき、ザインの額に指先ほどの水晶のかけらを張り付けるとザインに向かって指示した。

「小僧、あの椅子に座って目を閉じていろ。術は四半時くらいで終わるが、お前には一瞬にしか思えんはずだ」

 言われたとおりに椅子に座るザイン。そして目を閉じた瞬間額の水晶がまばゆく輝いた。

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