act.14

 ほんのりと楽しい気分で家路についたザインは、ふと午前中の配達で自分の家に届けるはずだった手紙のことを思い出した。

「そういや、あの手紙どこから来たのかも確かめてなかったよな。ちょっと見てみるか」

 そうつぶやいて、鞄から手紙を取り出したザインは、そこに書いてある裏書きの名前を見て怪訝な表情になった。

「アルフレード・フォン・マインスターだって?。確かこれ王都にいる財務卿の名前だよな。封蝋もついてるし。一体財務卿がうちの親父に何の用件があるってんだ」

 ザインはとりあえず父親にその手紙を渡そうと家路を急ぐことにした。


「ただいま、親父もう戻ってる?」

 ザインは帰宅するなり母親にそう尋ねた。

「おかえりなさい、ザイン。お父さんは居間にいるわよ。でもどうしたのかしら、いきなりそんなこと聞くなんて」

 ザインの母親エルフィン・ストラトスは美人で上品だった。それも一種浮世離れしたレベルで。性格もあんまり一般的とは言えなかったが。

 それと比べると父親のゲイツ・ストラトス氏は、鍛えられてはいるが、中肉中背のどこにでもいそうな男性だった。巡察司という国の役人で、月のうち半分は街の外に出ているのだが、リュシドーに帰れる土地での仕事の時は、万難を排して家に帰ってくるほどの愛妻家だ。

 小さな頃ザインは本当にお姫様のような母親と普通の人に見える父親がどうして結婚したのか不思議に思い、父親に母親とのなれそめを尋ねたことがあった。その時父親は冗談めかした口調で、

「実はお父さんはえらい勇者様で、悪い魔法使いにとらわれていたお姫様を救い出したことがあるんだ。そのお姫様がお母さんなんだよ」

 と、答えた。小さなザインは素直に信じて感心したのだが、後々聞いてみるとどうやら貴族のお姫様と略奪婚同然の方法で駆け落ちしてきたらしかった。そっちの方のネタ元はナッシュだった。

「いや、俺がまだガキ大将現役の頃だったけど結構大騒ぎになったんだぜ。お袋さんの実家は傭兵雇ってまで連れ返しに来るわ、お前の両親はこっちで正式に結婚しちまってるわで、最後には先代の伯爵様が中に入って向こうが引いたらしいからな。結局おまえさんが腹の中にいたってのが一番の原因みたいだぜ。いくら取り戻したって子供までいたんじゃ政略結婚の道具にゃつかえないしな」

 そんな逸話のある両親だけに夫婦仲はきわめてよかった。特に母親はいまだにベタ惚れで見ている子供の方が恥ずかしくなるほどだった。

「仕事で預かってきた家宛の手紙があるんだけど、それがとんでもないところから来てたんで、ちょっと尋ねようと思ってね」

 母親からの問いにそう答えると、ザインは父親のいる居間に入った。

「ただいま、親父。仕事場から家宛の手紙預かってきてるんだ。確かに届けたぜ」

 ザインはそういうと、腰の鞄から先程の手紙を取り出し父親に渡した。

 ゲイツは渡された手紙のタグを切り、指輪にふれさせるとタグをザインに返してきた。

 裏返して送り主の名前を見たゲイツは怪訝な顔で封蝋を確かめ、本物だと確信すると、真顔になって丁寧に開封した。そしてそれを一読すると、居間から出ていこうとするザインを呼び止めた。

「ザイン、少し待ちなさい。この手紙だがな、宛名は私宛だが、内容はお前に対してのものだぞ」

「へ、それっていったい……」

「私にだってわからんよ。ま、とりあえず読んでみなさい」

 そういうとゲイツは、開封した手紙をザインに手渡した。

 その手紙にはこう記してあった。


『ゲイツ・ストラトス殿

 突然このような手紙を受け取り、驚かれたことと思う。まずはお許し下さりたい。

 これは王国財務卿であるフォン・マインスターからではなく、アルフレード・マインスターという一個人からのお願いだと、最初に宣言しておく。

 本題に入らせて頂くが、貴殿の子息、ザイン・ストラトス君を王都にある当家の屋敷に寄こしてもらえないだろうか。

 なぜかと言うことは問わないで頂きたいのだが、当家にとって非常に重要な事だとだけ申し上げておく。

 旅費や滞在費などは全て当方で用意させていただく。もちろん本人の承諾があっての事としてなのだが。

 寄こしていただけるのであれば返答は無用、今月10日までに、この手紙を持って屋敷までおいで願いたい。

 ザイン君の都合も考えると、無理にとは言えぬが、ぜひともストラトス殿から話をしていただければ幸いだ。

 なお、当家の名誉に関わる問題という面もあるため、このことはなるべく他言無用にしていただきたい。

 当家では、ザイン君が来られるのを家族、家臣含め心待ちにしておる。

                            アルフレード・フォン・マインスター』

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