第74話二人だけの閉鎖的関係

入学式の翌日からキャンパスに通うことになる。

僕とカグヤは早朝から目覚めて身支度を整える。

「今日ってカリキュラムの説明があるんだっけ?」

スマホで予定表を確認するカグヤはそれに頷く。

「出来るだけ同じ講義受けたいな」

「良いの?自分の将来を見据えたほうが良いんじゃない?」

「その必要はないんだ…」

「どういう事?自分の人生なんだからしっかりと考えたほうが良いんじゃない?」

「昨日…雪見の友達の反応見たでしょ?私の周りは幼い頃からずっとあんな感じ」

「………そうじゃない人も居るんじゃないかな…」

カグヤは僕の言葉を否定するように首を左右に振った。

「とりあえず将来のことはちゃんと考えているの。解かってるから雪見は何も心配しないで」

「そうなの?カグヤがそこまで言うなら信じるけど…大丈夫?」

「何が?」

「寂しくない?」

「私には雪見がいるから。それ以上は求めてないわ」

「そう…」

完全に諦めているカグヤは表情を曇らせることもなく事実でも言うように口を開いた。

「とりあえず家を出ようか」

「そうね。予想しておくけど…昨日の友達がまた絡んでくるよ」

「そうだろうね…」

「何か言葉を用意しておいたほうが良いよ」

「どんな言葉でも納得してくれ無さそうな顔してたけど…」

「サークルには入らないって言ってみたら良いよ」

「どういうこと?それで何か解決するの?」

「言ってみたら分かるよ」

カグヤは何かを予見でもするように口を開く。

彼女の言いたいことは理解できなかったが何となく言うことを聞いてみようと思った。

もしかしたら何かしらの解決の糸口になるかもしれない。

そんな気がしたからカグヤの言葉に頷くと僕らは揃って家を出るのであった。


キャンパスに着くと講義室でカリキュラムの説明を受ける。

一から説明を受けるとそれを理解する。

隣に腰掛けていたカグヤもメモを取ったりスマホを操作したりして過ごしていた。

カリキュラムの説明が終わるとカグヤは唐突に机に突っ伏した。

「どうしたの?寝不足?」

僕の言葉は耳に届いているはずなのだが彼女は返事をしない。

ただ僕にだけ見える角度で指を後ろに向けていた。

後ろを振り返ると険しい表情を浮かべたさらりとかがりがやってきていた。

「昨日ぶり。そんな顔してどうしたの?」

あくまで冷静な態度で二人に相対するが相手側の表情は緩和されない。

「南雲さんが言っていたサークルの話覚えてる?」

さらりが口を開くとかがりは僕の手を引くようにこちらに手を差し出した。

「クリティカルだっけ?覚えてるよ」

「新人歓迎会があるから推薦されている新一年生は集まってだって」

かがりは僕に手を差し出したまま口を開くと作ったような笑みを浮かべる。

「あぁ〜…」

間抜けな言葉が口から漏れると朝の会話を思い出していた。

「サークルには入らない」

僕の突然な言葉を耳にした二人は驚いた表情を浮かべた後に怒りを顕にする。

「なんで!?いきなり!推薦されただけで誉れなことなのよ!?キャンパス内で一目置かれた特別な存在になれるんだよ!?」

「そんなものに興味はないかな。僕は普通でいいよ」

「くっ…!やっぱりその女が原因なんでしょ!?何を吹き込まれたの!?」

「何も。というよりもバイトが忙しいし暇はないかな」

「じゃあ所属するだけでも良いじゃない!時々顔を出すだけでも…」

「いや、そういう柵みたいなのを一度リセットしておきたいのかも」

「私達との繋がりが途絶えてもいいの…?」

「そうは言ってないよ。僕の勝手で色んな人間関係をリセットしようとしてるんだ。二人が愛想を尽かして離れていったとしても…僕は何も言えない」

「何でそんな考えになったの!?友達や仲間の大切さを教えてくれたのは雪見くんでしょ?」

「そうだけど。僕には他にも大事な繋がりができたと言うか…二人とずっと一緒に居ないといけないわけなの?友人関係は義務じゃないでしょ?」

「そんなに私達と離れたいの?」

「そうじゃないよ。お互いに縛られる必要はないでしょ?こんなに生徒が居るんだから…色んな人と関わってもいいんじゃない?」

「そうだとしても私達の関係を切る必要はないでしょ?」

「そうだね。だから僕の勝手な考えだよ。リセットしたいのも柵や縛りを感じているのは僕の勝手な思い込み」

「それが分かってるなら…!」

さらりはそこまで言うのだが僕の困っているような表情を目にして口を噤んだ。

「リセットして…また私達と関わりたいと思っても遅いかもしれないんだよ?」

さらりの代わりにかがりが冷静そうに口を開いた。

「そうなったら仕方ないね。それに何より僕にはカグヤが居るし。カグヤを悪く言う二人と積極的に関わりたいって思うかな?」

二人は険しい表情を浮かべると未だに隣で我関せずとでも言うように机に突っ伏しているカグヤを睨めつけた。

「こんな事言うのおかしいかもしれないけど…他の学生もその娘を良く言わないよ」

「何で?僕には理解できないんだけど…」

「皆が理解できることを雪見くんだけが理解してない。この状況でおかしいのは誰だと思う?」

「世界じゃない?」

「ふざけないで。その娘が雪見くんになにかしたとしか思えないんだけど?」

「それはないよ。初対面の時から僕はカグヤに好意的だったし」

僕の言葉を信じられないとでも言うような表情で唖然とした二人は呆れたように嘆息した。

「これ以上話し合っても無駄ね。これからの学生生活で思い知ると思うわよ。雪見くんがその娘といる限り広げたい交友関係も広がりはしない。ずっと二人だけの閉鎖的な関係が待っているだけだよ」

「そうかな?だとしても僕はカグヤを独りにしたくないから」

「…っつ!」

二人は聞こえるように舌打ちをするとそのまま講義室を後にする。

隣のカグヤは顔を上げるとやれやれとでも言うようなジェスチャーを取っていた。

「今後もこういう事あるよ。その度に雪見は嫌な思いをする。その度に私を大事にしようと努力する。私を独りにしないように努める。でもそれが辛いなら…」

「辛いことなんて無いよ。カグヤにも友達が出来るって勝手に信じていたのは僕だし…でも今日の二人の反応を見るに…カグヤが言っていたことは本当っぽいね…」

「そう。私は誰からも存在ごと嫌われる。生まれてからずっとそうだったからもう慣れてるわ。あの日まで家族以外と話をした経験なんて無かった。雪見だけが私の特別なの。雪見にとって私が特別じゃなかったとしても…」

「そんなわけないだろ」

カグヤの言葉を途中で遮ると僕は彼女の手を引く。

「帰ってカリキュラムを組もう。今日はバイトも休みだし遅くまで起きてよう」

「うん。早く帰ろう」

僕とカグヤは講義室を出ると寄り道せずに二人の家に帰宅するのであった。

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