第73話不穏なスタート

人生というものは唐突に変化するものである。

もちろん何もしていない人間にも何かが起こるなどという甘い話ではなく。

何事かの積み重ねが現在に運命的な変化として巻き起こることがあるという話。

冬休みと夏休みの帰省で徐々に仲を深めていった僕とカグヤは、その運命というものに巻き込まれたのであろう。

運命的な出会い、運命的な交際。

もしかしたら僕は何かしらの見えない力によってカグヤと引き寄せ合う運命だったのかもしれない。

などと後ろめたいことなど何もないのに仲間や友達に言い訳のような言葉を用意していた。

「雪見。ネクタイ曲がってるよ」

カグヤとの同棲が始まって数週間が経過していた。

本日は大学の入学式である。

「あぁ。ネクタイ結ぶのって慣れないとムズいな…」

「高校ではネクタイ結ばなかったの?」

「学ランだったから」

「その姿も見たかったな」

「まだ実家にあるだろうから今度持ってこようか?」

「着てくれるの?」

「カグヤが高校の制服着てくれたらね」

「エッチ…」

「いや、そういうつもりでは…」

「でもそういうの好きでしょ?」

「うむ。嫌いではない」

「馬鹿なこと言ってないでそろそろ行こ」

それに頷くと僕とカグヤは揃ってアパートを出る。

入学式は大きな会場を借り切って行われるため本日は電車に乗って目的地に向かう。

「こっちの電車は凄いね。何車両もあるし何本も電車が走ってるし」

「まぁカグヤの地元とは違うよね」

「いつかこの景色にも慣れるのかな」

「慣れるでしょ。全国から人が集まる街だし。地方から来た人たちは今のカグヤみたいに少なからずそんな不安を抱いていたんじゃない?でも周り見てみて。そんな不安そうな人いないでしょ?だからカグヤも慣れるよ」

「そうだね。ありがとう。今日は入学式だけだけど…その…友達とは連絡取ってる?」

「うーん。連絡は来たんだけど…何となく気まずいから適当な返事で誤魔化した」

「私と付き合ったのバレたくない?」

「そういうわけじゃないよ。恋愛なんて誰に許可を得る必要も無いはずだし。友達や元カノだって大学が始まったら色々と交友関係に変化があるよ」

「そうなの?まぁ…雪見は私と居るから必然的に二人きりになると思うよ」

「地元の人間と同じようにカグヤを忌み嫌うって思ってる?その話イマイチ実感ないけど…」

「これから嫌でもするよ」

「カグヤの思い過ごしだと思うけどな…僕の友達とは仲良くなれると思うけど…」

電車内で小声で会話をすると会場の最寄駅に到着する。

「迷子になったら大変だよ」

カグヤに手を差し出すと彼女はその手を取る。

「手を繋ぐなんて生まれて初めて」

「大げさだよ。幼い頃、両親と繋いだだろ?」

「それはノーカン」

「なんだそれ…」

お互いに照れくさそうに笑うと揃って会場まで向かう。

駅から10分程で会場に到着すると中に入る。

隣り合った席に腰掛けると一時間ほどの入学式はあっという間に過ぎていく。

「帰りにスーパー寄って良い?」

会場の外に出るとカグヤはスマホを片手に僕に問いかける。

「もちろん。夕食は何にするの?」

「回鍋肉」

「おぉ〜良いね。ご飯が進む」

「食べすぎないほうが良いよ。高校卒業してから体動かしてないでしょ?」

「もしかして太った?」

「そんなことないけど。これから太る可能性があるって話」

「太ったらダメ?」

「ダメじゃないけど。健康であって欲しいな」

「じゃあ運動しようかな」

「バイトをしながら?」

「深夜だったら時間あるし」

「じゃあ私も付き合おうかな。ジョギングとか?」

「そうだね。軽い運動から始めようか」

「バイトはどう?私が周りと馴染めないばかりに雪見に任せてしまってるけど…」

「そんな事言う必要ないよ。カグヤだって内職のバイトしてるじゃん」

「そうだけど…」

「バイトは普通に楽しいよ。まかないのお陰で夕食代が浮いたり。余ったら持ち帰って良いって言ってくれてるし。助かることばかりだよ」

「そうだね。でもその分、負担掛けてごめんね」

「負担だなんて…」

会場から駅までの道中で僕とカグヤは手を繋ぎながら恋人同士の会話を繰り返していた。

「雪見くん?」

そこで唐突に後ろから声を掛けられた僕らは会話を一度中断すると振り返る。

「さらりちゃんにかがりちゃん。久しぶりだね」

「うん…ってその娘…誰?」

さらりは僕とカグヤの繋がれている手を見て怪訝な表情を浮かべた。

「あぁ。両親の地元で仲良くなったカグヤ。前に話したことあったよね?」

「手…繋いでない?」

「そうだね…」

さらりはそこで言葉に詰まるとかがりが話に割って入る。

「えっと…二人は付き合ってるってこと?」

「そうなるね」

「ちょっと会話が聞こえてたんだけど…同棲もしてる感じ?」

「そうだね」

かがりもそこで言葉に詰まりカグヤのことを見つめていた。

「その娘は…やめておいたら?」

さらりは急に不機嫌そうな表情を浮かべるとカグヤを否定する言葉を口にする。

それに反論しようと口を開きかけた所でかがりが追随するように口を開いた。

「初対面でこんな事言うのは失礼だって分かってる…でも私もさらりに賛成かな…。やめておいた方がいい…」

カグヤは彼女らから存在を否定されるような言葉を耳にしても涼しい顔をしていた。

「ごめんだけど。二人の言うことは聞けないかな」

それだけ言葉を残すとカグヤに視線を送り歩を進める。

「あんたも黙ってないでなんか言いなさいよ!自分だけが特別だと思ってんでしょ!どうやって雪見くんを誑かしたのか知らないけど…!」

さらりは激昂しているようで僕らの後を追いかけてきてカグヤに食って掛かる。

しかしながらカグヤは自然な動作で後ろを振り返ると僕には見せたこともない冷たい微笑みを彼女らに向ける。

何も言わずにただ笑っただけのカグヤに畏怖するような表情を浮かべた彼女らは何も言えずにただその場で立ち尽くしているだけだった。

「行こ。雪見」

カグヤは僕の手を引くとそのまま駅まで向かい電車に乗り込む。

最寄り駅に着いてスーパーで買い物をしている間もカグヤは口を開かなかった。

気まずかった訳では無いが、過去に大口をたたいた割には何もしてあげることが出来なかった自分を情けなく思った。

二人の家に帰宅するとカグヤは着替えを済ませてキッチンに立つ。

「だから言ったでしょ?私には友達も仲間もできないのよ。雪見だけが特別」

今日の彼女らの態度だけでは断言できないが少しだけその話の信憑性を理解しつつあるのであった。


だが僕はまだカグヤの本当の性質をしっかりと理解できているわけではない。

それを知るのはまだ先なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る