第71話カグヤからの提案
卒業式当日。
晴れやかな気分で学校に向かうと卒業生は体育館に向かう。
在校生の生徒会長が送辞を読むと卒業生を代表してかがりが答辞を読んだ。
思い出の詰まった高校を卒業するということで僕は泣く準備をしていたのだが…。
よくよく考えると大学生になっても仲間はいると何処か冷静な自分が顔を出して泣くことはなかった。
卒業証書を受け取るとクラスに戻り担任教師が最後の言葉を贈る。
「大人の仲間入りをする皆さんに偉そうな言葉を贈ることはありません。ですがもしも進んだ道の先で上手くいかなかったとしても…ここには戻ってこないでください。懐かしの高校や中学に戻っても残念なことにそこには何もありません。上手くいかない現状の答えを求めたかったら先に進むべきです。後ろに答えなんてないです。過去を振り返るには皆さんはまだ若すぎます。目の前に可能性という名の道がいくつでも広がっています。後ろを振り返らず決して後退せずに前へ進み続けてください。それでもどうしても後ろを振り返りたくなったら…この輝かしい高校生活を思い出して下さい。皆さんの思い出の中で私達教師はいつでも背中を押しています。それではこれにて最後のHRを終えます。起立。礼」
担任教師の暖かい贈る言葉に涙する生徒や早く帰りたそうにしている生徒。
それぞれの反応が面白くて僕は他人を観察していた。
あれだけ他人に興味がなかったというのに自分の成長が一番可笑しく思えてならなかった。
最後のHRが終わるとさらりとかがりは二人揃って僕のもとまでやってくる。
「私達はこれで最後じゃないから変な気分ね」
かがりが何でも無いように口を開きさらりも頷いていた。
「家から大学に通う人〜」
さらりが僕とかがりに問いかけてくる。
「私は一人暮らしするわよ」
「私も〜」
二人の話を聞いて自分が遅れているような錯覚に陥る。
「僕は…まだ分からない…」
「ここから通うの?時間勿体なくない?」
「そうだよ。一人暮らしすればいいじゃん。バイト始めれば?」
二人は僕に言葉を投げかけるのだが、その未来が上手く想像できずに居た。
「もう少し考えるよ。じゃあまた新学期に」
「え?この後、打ち上げあるよ?行かないの?」
「一応クラスの最後の集まりなんだし行こうよ」
さらりもかがりも最後の打ち上げに参加するようだったが僕は首を左右に振る。
「僕はいいや。予定あるし」
「そうなんだ…じゃあまたね」
「またね…」
二人は少しだけ落ち込んでいるような表情を浮かべていた。
だがそれもあまり気にならないぐらい先のことを考えていた。
一人で学校を抜けると一度家に帰宅する。
荷物をおいて着替えを済ませると家を出る。
「これから新幹線に乗るよ」
カグヤから通知が届き返事をする。
「何か欲しいものはある?」
「え?無いけど…」
「必要な物とか無い?買っておくよ?」
「必要な荷物は今日の夕方辺りに引越し業者が届けてくれる予定だから無いよ」
「夕食はどうする?外食でもする?」
「考えておくね。一応料理道具も荷物に入ってるし」
「初日だから疲れるんじゃない?面倒だったら外食でもデリバリーでも良いんじゃない?」
「うん。ただ贅沢は出来ないからね。節約しないと」
「そうだね。これからは一人暮らしだもんね」
「うん。仕送りも貰えるんだけど…出来るだけ手を付けたくないから」
「しっかりとしてるね。僕ももう少し大人にならないと…」
「何かあったの?」
「うーん。なんか柵から解放されたような気分なんだ。友達や仲間を鬱陶しく思っていたのかな…?そう思うと自分が酷い人間に思えてくるよ」
「少なからず皆そうでしょ?私は地元に友達は居なかったし、やっとあの街から離れることが出来て嬉しかったし…私も薄情な人間だよ」
「そんなことはないよ。高校が一緒じゃない友達はカグヤさんだけだから。今日会えるのが凄く楽しみなんだ」
「嬉しい。私の友達は真田くんだけだから…ずっとこの日を待っていたよ」
「早く会いたいね」
「うん。新幹線のカチカチのアイス食べて楽しみにしてるね」
追加でカグヤはスタンプを送ってくるので僕らはやり取りを終えた。
カグヤの住む街は大学のすぐ近くだった。
そこまで電車で向かうとその辺りを歩いて周った。
近くのスーパーやコンビニ。
薬局や各種飲食店を把握したあたりでカグヤは最寄り駅に降り立ったようだ。
予めカグヤから送られてきていた住所に向かうと遠くの方でキャリーケースを引いている彼女を発見する。
少し駆け足でカグヤのもとまで向かうと彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「久しぶり。こっちで会うのは何か変な気分だね」
「そうだね。でもこれからはこういう生活が続くよ」
「早速家に入ろ?初めてのお客さん」
「光栄だね」
カグヤはアパートの鍵を開けると僕を中に招く。
何もないワンルームのアパートに入ると室内を見渡す。
「まだ何もないから広く感じるでしょ?」
「うん。一人暮らしかぁ…」
「どうしたの?」
カグヤは荷物を床に置くと首を傾げる。
「いや…友達も一人暮らしするっていうからさ…どんな感じなのかなぁ〜って」
「真田くんはしないの?」
「まだ保留というか。家からでも一時間ぐらいで通えるし」
「でも…通学時間って勿体なくない?ここからだったら徒歩5分だよ」
「そうだよね…うーん。迷うな」
悩ましい表情を浮かべる僕にカグヤは冗談のような言葉を投げかけてくる。
「それなら。ここで一緒に住む?」
もちろん冗談だとは分かっているので軽く微笑んで受け流すとカグヤは口を尖らせた。
「え?本気で言ってた?」
「うん…一人暮らしする自信ないし。一応お母さんには言ったんだけど…」
「何を…?」
「ん?向こうに行ったらアパートに真田くんが来るようになると思うって…」
「お母さん…何か言ってた?」
「真田くんなら信頼できるし良いんじゃないって…」
「でも一緒に住む許可なんて取ってないでしょ?」
「それなら今から取るよ?」
「マジで言ってる?」
「真田くんなら良いよ…」
「ちょっと考えさせて…」
カグヤはそれに頷くと微笑みを向けてくる。
こんな話をしても僕らの間に気まずさは無かった。
「とりあえず、着替えだけでも置いておけば?一緒に住まないにしても泊まり込みで一緒に課題をやったりするかもしれないでしょ?」
「そうだね…でも良いの?僕も一応男性ですけど?」
「そこは心配してない。付き合ってもいないのに手を出すような人じゃないって信じてるし」
「付き合ってもいないのに一緒に住まないか提案している人の言葉とは思えないけど…」
「ルームシェアするだけで付き合っているわけじゃないでしょ?」
「付き合ってない異性とルームシェアするつもり?」
「うんん。一緒に住むなら付き合いたい」
「回りくどかったけど急に正直になったね…」
「私はあの冬休みの防波堤で話しかけられたときから…ずっと想ってる。ずっとその気だったのは、きっとこの想いが叶うって信じていたから」
「そうなの?何で信じることが出来たの?」
「何で?私と普通に接することが出来る唯一の人だから」
「それは言い過ぎでしょ。入学したら沢山の人に囲まれると思うよ」
僕の言葉を否定するようにカグヤは諦めている表情で首を左右に振った。
「絶対にない。大学でも社会に出ても。私と普通に接することが出来るのは真田くんだけだよ」
「何でそんな事言いきれるの?」
「だから言ったでしょ?私は宇宙人だって。周りは私を受け入れない」
「それは地元の人が言っているだけでしょ?」
「入学すれば分かることだよ…私には真田くんしかいないから」
「諦めるには早いんじゃない?」
励ましの言葉をかけてもカグヤは諦めたように首を左右に振った。
しばらく無言の時間が続くとアパートのチャイムが鳴った。
引越し業者が来たようで荷物を運ぶと作業を素早く終える。
「とりあえず約束通り荷ほどき手伝ってくれる?」
それに頷くとダンボールを一つずつ開けていく。
荷ほどきが20時頃に終わるとカグヤはスマホを眺めていた。
「近くに牛丼屋ある。行きたい」
「行こうか」
牛丼を食べると結局、答えを出すことを先送りにして大人しく帰宅するのであった。
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