第69話受験本番。戻る気はない
受験本番の早朝。
目を覚ました僕はいつものように身支度を整えるとリビングに向かった。
両親共に教師なため二人共早くから家を出ていた。
前日の夜に昼食用にと弁当を用意してくれていた母親に感謝の念を抱くと鞄にしまって家を出る。
電車に乗って受験会場まで向かっている途中にスマホが震えた。
何気なしにスマホをポケットから取り出すとその通知を確認した。
「今日がやっと本番ね。もう一生…受験なんて御免よ。皆とも疎遠になってしまったし、雪見くんとも別れることになってしまった…全部私が撒いた種だけど今までの態度を謝らせて欲しい。ごめん。今日はお互いに頑張ろうね」
さらりからのメッセージを目にして、どのように返事をすれば良いのか迷っていた。
「今日が終わったら皆とも話そう。本番頑張ろうね」
短いメッセージを送ると受験会場最寄り駅までの車内で最終確認をして過ごすのであった。
受験会場に全国から集まった高校生。
会場では会話の一つもなく、それぞれが最後の確認に追われていた。
そして、その時間はやってくる。
受験開始の時間がやってきて僕らは一日がかりで受験本番を迎えるのであった。
受験本番が終りを迎えると僕は一人で帰路に就く。
帰宅途中に見覚えのある後ろ姿を目にして声をかけるか迷ってしまう。
もちろん相手はさらりなのだが…。
「真田くん」
さらりに声を掛けようか迷っていると後ろから唐突に名前を呼ばれる。
振り返ると夏休みぶりに合う友達を目にして表情が明るくなった。
「カグヤさん!そうか!同じ進学予定先なんだから会場も一緒だよね!どうだった?」
「バッチリ。万が一にも落ちることはないかな」
「凄い自信だね。羨ましいよ」
「真田くんは…その…上手くいかなかったの…?」
カグヤからの言葉に首を左右に振って応えると彼女の表情も和らいだ。
「良かった。これで春からは同じ大学に通えるね」
「気が早いよ。まだ結果は出てないんだから」
「絶対大丈夫。そう思わないと気が滅入るから…」
「それもそうだね。このまま新幹線に乗って帰るの?」
「そう。帰ったら今まで我慢していた分、目一杯遊ぶんだ」
「地元で友達出来たの?」
僕の問いかけにカグヤは無感情な表情で首を左右に振った。
「一人で遊ぶの…」
「そっか…早く春になってほしいね。一人暮らしするの?」
「その予定。こっちのアパートに住んでバイトでもするつもり」
「春が楽しみだね」
「うん。こっちでも遊んでくれる?」
「もちろん」
「じゃあまた春に。入居先決まったら連絡するね」
「うん。またね」
受験会場から駅に向かう道中でかぐやと再会の談笑を交わすと今一度の別れがやってきてしまう。
僕らは別々の電車に乗り込むのであった。
結局さらりを見失ってしまうと大人しく帰宅することになった。
帰宅すると本日は何もしたくなく、誰とも会話をしたくなかったので自室にこもりベッドに横になった。
受験疲れが出たのかベッドに横になるとすぐに眠気に襲われることとなり、そのまま翌日まで久しぶりに熟睡するのであった。
学校に向かう道中でかがりは僕を見つけると声を掛けてくる。
「どうだった?」
短い言葉でもかがりの言いたいことを理解すると一つ頷いて応えた。
「良かった。私も問題なかった」
「かがりちゃんの心配はしてないよ。さらりちゃんも本番当日の精神状態は良好なものだったと思うよ」
「何で知ってるの?会場で会ったの?」
「うんん。朝、通知が届いて。今までのこと謝ってたよ」
「ふぅ~ん。私は何も言われてないけど…」
「僕にまとめて送ってきたつもりなんじゃない?」
「直接言われるまで許す気ない」
「まぁまぁ。受験も終わったしちゃんと話し合お」
「そうね…」
僕とかがりは校舎に入っていくと教室を目指す。
未だに受験を控えている生徒もいるので大っぴらに緩むことも出来ない曖昧な雰囲気だった。
前方の席で視線を彷徨わせてキョロキョロしているさらりはきっと僕らを探しているはずだ。
それに気付いた僕とかがりは彼女のもとまで向かう。
「今良いかしら?」
かがりはさらりに声をかけると彼女は安心したような表情を浮かべる。
「うん。私もちゃんと話がしたくて…」
前のめりな姿勢でさらりが口を開くがかがりは険しい表情で首を左右に振る。
「教室ではやめましょう。そうね。星に鍵でも借りて屋上にいきましょう」
「でも…授業は…」
「一度でいいから授業をサボってみたかったのよ」
「かがりの口からそんな言葉が出るとはね…良いわ。行きましょう」
久しぶりに三人で行動を共にすると九条に屋上の鍵を借りる。
屋上へと向かう道中でさらりは早くも謝罪をしたそうにもじもじとしていたが、かがりの険しい表情を目にして少しだけ気が引けているようだった。
無言の状態で屋上まで向かうとかがりは鍵を開ける。
寒空の下、僕とさらりとかがりは三人きりになる。
「さて。早速話をしましょう」
かがりが主導権を握った会話は始まるとさらりは一つ頷いて口を開く。
「今までの態度を改めるので…また仲良くしてほしいです…」
さらりの明らかに落ち込んでいる態度を見てかがりは拍子抜けな表情を浮かべる。
「先に謝罪…」
「そうね…ごめんなさい」
深く頭を下げるさらりにかがりは大きなため息をつくと右手を差し出した。
「もうこれっきりにして頂戴。初めて出来た本当の友達と受験をきっかけに仲違いなんて絶対に嫌だったんだから…」
「ごめんなさい。一人で追い込まれてて…何のために勉強しているのか思い出せたのは本番前日だったんだ…」
「まったく…勉強なんて自分のためにするものであって…誰かと順位を競うものではないのに…まぁ学校側も悪いわね。受験生にテストの順位表なんて出せば仲違いに繋がることぐらい想像できないのかしら…切磋琢磨と言えば耳心地良いかもしれないけど…実際の雰囲気は最悪だったわ。私には皆が一緒に居てくれたから折れずにいられたけど…さらり。貴女は大変だったわね。一人で受験に立ち向かって…想像するだけで貴女の本当の辛さを理解することは出来ないけれど…一人でよく頑張ったわね。友達に当たり散らしても最後は謝ろうって思った貴女を許すわ」
かがりの本音を耳にしたさらりの目からは涙が溢れていた。
いつもの二人だったら優位に立つのはいつだってさらりだった。
けれど最後の最後に優位に立ち、さらりを心の底から許したかがりは涙を流す彼女を優しく抱きしめる。
「もうこれで終わりよ。本番はもちろん上手くいったんでしょ?」
さらりに優しい表情を向けるかがりが僕らよりも数年年上のお姉さんに思えてならなかった。
僕らよりも少しだけ早く成長し既に大学生にでもなってしまったかのようなかがりに感心している僕を置いて二人は会話を続けた。
「大丈夫。絶対に受かってるから」
「調子が出てきたわね。良かったわ。それじゃあ春から三人とも同じ大学ね」
そこでさらりは僕の顔を見ると何かを言いたげな表情を浮かべていた。
「席を外そうか?なんて言うと思う?さらり。貴女は名実ともに私のライバルよ。貴女にチャンスをくれてやるつもりは毛頭ないんだから」
かがりの言葉を耳にしたさらりは表情を険しいものに変えると一言。
「邪魔」
だが、かがりはその言葉を華麗にスルーすると何食わぬ顔で口を開く。
「雪見くんはこれからどうしたいの?さらりと復縁するの?」
予想外にもかがりからその言葉を向けられて困ってしまう。
さらりも何かを期待しているような視線で訴えてくる。
「今…その気はない」
僕の返答が予想外だったのか二人は驚いた表情を浮かべる。
「どうして…他に良い人が出来たの…?」
「そうじゃない。他人に興味がなかった僕も…人の悪い部分も良い部分も知って…だから今は誰とも付き合う気はないんだ」
「私とはもう終わり…?」
「そう断言はしないよ。でも僕らの始まりも終わりも軽いものだったでしょ?始まりが軽かったのは僕だけかもしれないけど…終わりはお互いに軽いものだった。僕の気持ちを考えなかったさらりちゃんの別れの一言で僕も食い下がること無く別れた。本当に手放したくなかったら別れなかったはずだし、僕も懸命に繋ぎ止めたと思う。僕はさらりちゃんと別れて一人にはならなかったけど…現状は友達が居れば幸せなんだ。さらりちゃんとも友達で居たい。というよりもそれで良い気がしてるんだ」
「私の気持ちはどうなるの…?」
「さらりちゃん…今、僕らはお互いの主張をぶつけ合っているけれど…それは別れる前にするべきだったよ。何度も連絡をした。家を訪ねたこともあったよね。一時間でも話し合いができていたらと思うと…受験でナーバスになっていたのは理解できるし僕は怒ってなどいないよ。さらりちゃんも僕も勝手なことを言っているはずだし、お互いの気持ちを考えるつもりも無さそうだね。一方通行な想いをぶつけ合っているし、もし今復縁しても…また僕らの前に困難な壁が立ちはだかった時に破局すると思うんだ。その繰り返しは勘弁願いたい。別れて辛かった時にかがりちゃん達が僕を支えてくれたんだ。友達に感謝しか無いし、その友達の想いを全て蹴ってまたさらりちゃんと付き合う気にはなれないよ。勝手なことを言うようだけど…ごめんね」
僕の思いの丈を耳にしたさらりは大きなため息をつくと諦めるように一つ頷く。
「同じ大学に通うんだし…また友達としては居ても良いのかな…?」
「さらりちゃんの想いに答えることの出来ない僕なんかの傍に居たい理由はわからないけれど…それでも良いのなら。僕は友達として一緒に居るよ。さらりちゃんが辛くないのならね」
「私もまたイチからやり直すわよ」
「偉そうなことを言うようだけど…今のままじゃどんなことがあっても復縁するつもりはないよ」
「人間的に成長しないとってこと?本当に偉そうなこと言うわね…」
「さらりちゃんの悪いところを受験をきっかけに知ってしまったからね…」
「言いたいことはそれで全部?」
「言う必要も無いことを言ってしまったって思ってるよ」
「そうね。初めてちゃんと雪見くんの気持ちを知ることが出来た気がしたわ。私も別に雪見くんに拘る必要はないものね…」
「そうだよ。大学に通うようになったら良い人が沢山いると思うな」
「………そうね」
重苦しい雰囲気に耐えかねたかがりが僕らの間に割って入る。
「はいはい。もうやめ。私も余計なこと言ったわ。恋なんていつどうなるかもわからないんだから…結論を確定させるのはやめましょう。なるようになる時もあれば、どうにもならない時もある。流れに身を任せるしか無いんだから」
かがりの言葉を耳にした僕らは一度冷静になると一つ頷く。
「言い過ぎたよ。心の何処かで振られたことを根に持っていたんだと思う。それが今になって爆発した…傷つけてごめん…」
「良いわよ…私も傷つけたはずだし。それに今は何を言っても戻れないんだし…」
屋上でサボる一限目が終了するチャイムが鳴ると僕らは一日中、授業をサボって過ごすのであった。
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