騒がしい日常へ

 ルシルは結局僕たちと一緒に表の家に住むことを選んでいた。


 本来悪魔は太陽の光に弱い魔物らしくその点もルシルに聞いたのだが、「主様と離れている方が私にとっては苦痛です!」と言いきられてしまった。


 一応僕の許可なくこの家から出ないようにだけは言っておいたので、その点は安心だった。



――安心していいんだよね?



 どうにも一抹の不安は拭いきれないけど、一応契約で僕の命令には従ってくれることにはなっているらしい。

 その命令を曲解して最悪な方法で叶えることもできる、という話も聞いたのでなるべく命令はしないでおこうと思っている。



「それじゃあ、無事? に今日の配信も終わったことだし晩ご飯にしよっか。ミィちゃんとティナはいつものでいいかな?」

「もちろんなのだ! たくさん欲しいのだ」

「ティナも美味しいところがいいな」

「はいはい、わかったよ。それでえっと、ルシルはどうする?」

「主様の手を煩わせるわけにも参りません。ここは私めにお任せ下さい」

「ルシルって料理できるの?」

「こう見えても切ることに関しては他の追随を許さないと自負しております」



 そういうとルシルの爪が三十センチほどに伸びる。



――えっ? それで切るの?



 呆然としてしまうが、どの程度の腕なのかは見る以外に判断する方法がなかった。



「それならキャベツとニンジンをザク切りにしてもらえるかな?」

「お任せください! 私の手にかかればキャベツの百や千、一瞬に切り刻んで見せます」

「二人分だからそんなにいっぱい切らなくていいよ」

「かしこまりました」



 ルシルの前に野菜を置くと瞬く間に切り刻んでくれる。

 それを火にかけたフライパンで炒めていき、軽く塩胡椒をまぶして……。



「はいっ、野菜炒めだよ」

「おぉ、主様からの下賜。このルシル、この宝は家宝として一生保管させていただきます」




 本当に大切に保管しそうだったので、僕は慌てて注意する。



「いやいや、普通のご飯だから食べてくれないと困るよ」

「くっ、わかりました。ありがたく頂戴いたします」

「そうしてくれると助かるよ。あとはご飯とインスタントのお味噌汁。簡単なものだけで悪いけどね」

「八代ー、私も欲しいのだー!」

「うん、わかってるよ。ミィちゃんにはお味噌汁と生肉の盛り合わせだよ」

「やったー、なのだ!」

「お、お兄ちゃん、ティナも……」

「大丈夫だよ、ちゃんとお水汲んどいたよ。最高級の水道水だよ。好きなだけ飲んでね」

「ありがとなのー」



 なんだかついこの間まで僕一人で食事していたのが嘘のように食卓は賑やかなものになっていた。

 その様子を見ていると思わず頬が緩んでしまう。

 思わずスマホでパシャリ、と撮っていた。



――あとでカタッターに載せようっと。



 そんなことを思っているとミィちゃんがパック肉を全て食べ切っていた。



「もう肉がなくなったのだ。おかわりが欲しいのだ」

「お肉はもうないよ。野菜でよかったらあるけどどうする?」

「むむっ、それはいらないのだ。それなら米をもらうのだ」

「そういうと思ってそっちも用意してあるよ」



 僕は茶碗にご飯をよそってミィちゃんに渡す。



「こ、このトカゲ、主様を働かせて……」

「ルシルはおかわりどうかな?」

「主様からの頂戴できるものはどんなものでも受け取らせていただきます」

「食べすぎたらお腹壊すからほどほどにね……」



 しかし、僕の言葉なんて耳に入っていないのか、ルシルとミィちゃんはばちばちと睨み合っていた。



「私の方がいっぱい食べるのだ!」

「たくさん食べて主様にお褒めいただくのはこの私です」

「べ、別にたくさん食べたからって褒めたりするわけじゃないからね!?」



 それから先はもうご飯を何杯よそったのかわからない。

 結果的に炊飯器のご飯を空にして、引き分けという形で決着がついたようだった。








 食後に僕は自分のチャンネルを開いていた。

 いつもなら配信をしておしまいなのだが、今日は瀬戸が行っていたお気に入りの人数が気になってしまったのだった。



「うわぁ……、お気に入りが八人もいるね……」

「お兄ちゃん、目が虚ろなの」



 ティナに心配されてしまう。

 それほどに僕の目の前には信じられない数字が並んでいたのだった。



「たったの二万ポッチですか。この世界には主様の魅力に気づかないゴミ虫が多すぎますね」

「僕からしたら多すぎるくらいだよ!?」

「あはははっ、また増えたのだ!」



 勝手に増加していく数字を見てミィちゃんは大笑いしていた。

 ちょっと目を離したすきに十人を越えようとしているし……。

 うん、大きい位の数字は見ないよ。



「それにしてもなんでこんなに増えてるんだろう」

「みんな暇なのー」



 それもあるだろうし、もしかするとダンジョンを配信すれば自動的にこのくらいの人は集まるのかもしれない。

 配信を始める前まで毎日見ていたDチューバーたちは数百万もお気に入りがいたわけだし。


 それを考えたらたった一桁万人のお気に入りなんていないにも等しいよね。

 そう考えたらなんだか気持ちが軽くなってきたかも。


 実際にはお気に入り千人を超えるDチューバーはほんの数パーセントにも満たないと言われているのだが――。




「ふわぁぁ……、そろそろティナはお眠なの……」

「もう遅くなったもんね。僕たちもそろそろ寝るけどルシルはどうする?」

「私は夜の方が動きやすいので、何かお仕事を言っていただけましたら働こうと思います」

「うーん、今は特にないかな?」

「はっ、では自分で考えて行動したいと思います」

「人を傷つけたり迷惑を掛けたりしたらダメだからね」

「かしこまりました。任せてください。あっ、こちらのぱそこんとかいう箱を使わせていただいてもよろしいですか?」

「もちろん大丈夫だよ」

「すぅ……すぅ……」

「あっ、ごめんね。今畑へ連れて行くから」



 すこしルシルのことが心配だったが、ティナを連れて畑へと向かうのだった。




◇◇◇




 夜になり、僕は寝る前に今日の出来事をカタッターに書こうとアプリを開いていた。



――なんだろう、この99+って文字……。



 通知のところにはそんな文字が書かれていたがそれを気にすることなく先程の出来事を書き込む。



『今日は新しく仲間になってくれた下級悪魔のルシルと一緒に夕食を食べました。ミィちゃんとルシルがご飯の食べ比べをして大慌てでした』



 写真を添えてカタッターに載せる。



「これでよしっと」



 カタッターを閉じて寝ようとした時にダイレクトメッセージのところにも何か連絡が来ていることに気づく。



――僕に直接DMを送ってくるのって友達の誰かだよね?



 一体誰から来ているのだろう、と開いてみるとそこに浮かび上がったアカウントは僕もよく知る、でも何も知らない人物からだった。



「ど、どうしてユキさんから!?」



 僕に直接DMを送って来た相手はDチューバーのユキさんであった。


 相手はトップクラスDチューバー。一方の僕は配信を始めたばかりの新米。

 しかも、僕は相手の配信に乱入してしまうという事故も起こしている。


 それを見た僕が震えてしまうのは必然の出来事だろう。



――や、やっぱりあの時配信に乱入してしまったことを怒ってるんだ……。



 あのあと、恐れ多くて僕からは連絡を入れていない。それが悪かったのかもしれない。



――どうして僕はあの時連絡を入れておかなかったんだ!?



 過去の自分に対して文句を言う。

 もちろんそれで事態が良くなるわけがない。


 このまま放置するわけにもいかず緊張する手のまま、DMを開く。


 すると、そこには短い言葉でこう書かれていた。



『ぜひ直接お会いして話したいです。次の土曜日、ご都合はいかがでしょうか?』



 や、やっぱり怒ってるー!?



 僕はそのメッセージを見た瞬間に恐怖で体が固まってしまうのだった――。




――――――――――――――――――――――――――――――――

ということで長々と続いた2話もこれにて終了になります。

次は前回同様に探索者協会の閑話を挟んでから3話に移りたいと思います。


3話は新しいキャラというよりは既に出ているキャラたちの絡みがメインとなってきます。


ぜひお楽しみに。

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