【配信】ダンジョンの日常(後編)

 しばらくすると、ようやく悪魔は本調子を取り戻し起き上がってくる。



「ふふふっ、まさかここまでコケにされたのは初めてですよ。私を大悪魔グレーターデーモンと知ってのことですか?」

「だからさっきから何度も言ってるのだ。お前のことなんて知らないのだ! あっ、わかったのだ。お前、あんまり頭が強くないのだ!」



“大悪魔ってやばくないか?”

“あぁ、ミィちゃん様の方がはるかに強いな”

“大体Aランクくらいだったか?”

“かわいく見えるけどティナちゃんもSランク上位くらいの強さだぞ?”

“辛うじてさっきまで曲芸をしてたトカゲ君一匹くらいなら勝てるのか?”

“あのトカゲ君もSランク下位ほどの力があるからな”

“何その魔境w”

“この中だと確かにあの悪魔が最弱だw”



 悪魔が眉間のしわをピクピク動いている。

 しかし、ミィちゃんは全く気にする様子はない。



「ミィちゃん、さすがに前口上くらい聞いてあげようよ」

「わかったのだ! 八代に言われたから仕方なく聞いてやるのだ! さっさと話すのだ!」



 更に悪魔の怒りが加速する。

 しかし、一度大きく息を吸って気持ちを落ち着けていた。



「わかりました。何も知らないあなた方のために自己紹介させていただきましょう。私は悪魔ルシル。以後お見知りおきを」



 悪魔って聞くとなんだか強そうに思えるけど、さっきから振り回されっぱなしだし、ミィちゃんも簡単に倒せる口ぶりだったので、実際はそこまでの強さじゃないのかもしれない。


 下級悪魔インプってやつなのかな?



「もうあいつのことがわかったから倒して良いか?」

「うーん、本当に悪い人かわからなくなってきたんだよね。なんだか弱そうな悪魔だし……」

「でも悪魔は恐ろしいの。無理矢理契約させて取り立ててくるの。借金取りなの」



“大悪魔を借金取り扱いwww”

“大悪魔が弱いんじゃなくて、八代たんたちが強すぎるだけだw”

“なんだろう。ユキちゃんを痛めつけたときは許せなかったのに今はあの悪魔がかわいそうに見える”

“たった一人で猛獣の檻に入れられてるようなものだもんな”



 どこかで聞いたことのある詐欺みたいだった。

 確かにスーツを着てるし、サングラスでも掛けさせたらそれっぽい姿かもしれない。



「大丈夫だよ。まだ借金しないといけないほどお金には困ってないからね」

「本当なの?」

「うん」

「よかったの!」



“意外と八代たん、お金に困ってるのかな?”

“凶暴な魔物をたくさん飼ってる訳だしな”

“肉代がすごそう”

“半額肉の争奪戦に参加してるぞ”



 ティナが安心したように僕の顔に抱きついてくる。

 そのせいで僕は前が見えなくなる。



「えっと、そういうことですから借金取りさんは用はないですね」

「だ、だれが借金取りですか!? わ、私は由緒正しい悪魔の……」

「何度も言わなくてもわかるのだ! 借金取りの悪魔のシールなのだ!」

「と、鳥頭ですか、あなたは。いえ、ドラゴンですからある意味鳥とも言えますが……。と、とにかく私は借金取りではありません!! そこをはっきりさせていただきます!!」

「きっとヤクザさんなの。銃を撃ってくるの。怖いの」



“意外とティナちゃんがこの世界のことを知ってるね”

“わざと煽ってるようにも聞こえるなw”

“ドラゴン頭www 今度から使ってみようw”

“銃よりもミィちゃん様の方が怖いんだけど”



 ティナが怖がって僕の胸ポケットに移動する。



――どこでそんなものを覚えたのだろう?



 僕は少しだけ不思議に思う。

 でも、おそらく僕が学校に行ってたときにテレビでも見たのだろう。

 ここには僕以上に機械に詳しいトカゲ君とかもいるわけだから。



「大丈夫だよ、ティナ。あの人、銃は持ってないから」

「ほ、本当なの?」

「うん、それにもしそんなものを持ってる相手ならミィちゃんが吹き飛ばしてくれるよ」

「なんだ、もう飛ばして良いのか?」

「持ってない。持ってないですよ!」



 ルシルが必死に両手をヒラヒラとさせていた。

 もうなりふり構っていられない様子に見えた。



“悪魔の方が必死な件w”

“ミィちゃんが準備運動を始めましたw”

“今来た。何が起こってるんだ?”

“ユキちゃんぶっ飛ばした悪魔が必死に命乞い中”

“訳がわからんが把握”



「えっと、それで下級悪魔のインプさんはどうしてここに?」

「だ、誰が下級悪魔ですか、私は大悪魔グレーターデーモンの――」



 声を荒げ抵抗しようとするが、その瞬間にミィちゃんに睨まれ、言葉を引っ込める。



「はい、下級悪魔インプでいいです……。で、でも、私の名前はルシルです。そ、そこだけは訂正させて下さい」

「あっ、ごめんなさい。すっかり勘違いしてました。ルシルさんですね。どうしてここに?」

「あっ、いえ。昨日はいきなり吹き飛ばされて意識を失いましたから、それの仕返しに……と思ったのですが、もう大丈夫です」



“インプwwwww”

“インプってD級の魔物だよな?w”

“雑魚だな”

“しかも認めちゃってるよ”

“悪魔も必死だw”



 ミィちゃんが拳を振り上げた瞬間にルシルは「ひぃっ」と悲鳴を上げる。

 なんだろう……。こっちが虐めているようにしかみえなくなってきた。



「そっか。それじゃあ、もう帰るんだね?」

「あっ、いえ。よ、よろしければこの私めもあなた様の配下に加えていただけないでしょうか?」

「配下?」



 僕はミィちゃんやティナの姿を見る。

 ミィちゃんは怪我をしていたところを拾ってきた家族みたいなものだし、ティナは畑に植わってるからペットかな?



「僕に配下なんていないよ?」

「そ、そんなことありません。現に災厄級の魔物と最上位精霊を付き従えているじゃないですか!? しかも、まだまだ危険種の気配がうじゃうじゃと……」

「危険種?」



 もしかすると僕のこのダンジョンってもっと色んな所に繋がってて、そこに危険な魔物がいるとか?

 それだと早く危険を排除しないとみんなに被害が及ぶかもしれない。



「ミィちゃん、その危険な魔物がどこにいるかってわかる?」

「わからないのだ!」

「ティナは?」

「ごめんなの。わからないの」

「そっか……」



“お前たちだよ!!wwwwww”

“ミィちゃんたちからしたら危険な魔物はいないよな?”

“俺たち基準だと?”

“入った瞬間に消滅だな”

“悪魔も必死だw”



 つまり危険を察知する上でルシルの力は頼りになるものだった。

 ただ、問題は彼が悪魔と言うことだった。


 いつここのみんなを襲うともわからない。

 そんな人をおいそれと信用することもできない。



「いかがにございましょう? このルシル、あなた様のために誠心誠意をもってお仕えすると誓いますが」

「えっと、いらないかな?」

「なんですと!?」



“断られたw”

“まぁ悪魔は信用できないよな?”

“戦力にはならなさそうだしな”

“散々な言われよう”

“これが事実だしな”



 まさか断られるとは思わずに驚きの声を返してくる。



「で、でも私、色々と役に立ちますよ? 戦闘では……」



 僕の隣にいたミィちゃんへ視線が向く。



「そこのトカゲには遠く及びませんが、そこそこの力を持ってるんですよ。そ、それに私は魔法も……」



 今度は僕の胸ポケットにいたティナへと向く。



「そこの精霊女王には遠く及ばないですが……」



 だんだんとルシルが気落ちしていく。



「大丈夫? もしかして働くところがないの?」



 あまりにも必死に自分を売り込もうとしていたので、もしかすると生活に困っているのかと思い尋ねる。

 すると、ルシルはパッと花開いたように目を輝かせながら言う。



「そう、それです! それにございます」

「いや、それは自信たっぷりに言えるようなことじゃないと思うけど……」



 僕は思わず苦笑を浮かべる。



“無職の悪魔誕生!wwwww”

“ルシル、嬉しそうだw”

“本来なら引く手あまたな能力なんだけどな”

“相手が悪い。”

“でも貴重な常識人?だぞ”

“でもユキちゃんを傷つけた極悪な魔物でもあるな”



「わかったよ。それなら僕の所で雇ってあげるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「でも、僕の仲間を傷つけたら絶対に許さないからね」

「も、もちろんにございます。手を出そうものなら私の方が一瞬で消し炭にされてしまいます」

「あと、一応三食と住むところ……はダンジョンか僕の家かを決めてもらわないとだけど、それくらいしか今は出せないかな? いずれは収益が出たらみんなに還元しようと思ってはいるけど……。その条件で良いの?」



“条件ブラックだw”

“学生の八代たんならそれが精一杯だろうね”

“その条件で良いから働きたい”

“良い経験にはなる……のか?”



「もちろんにございます。食事を頂けるだけでこのルシル、感謝の極みにございます」

「大げさだよ……。ミィちゃんとティナもそれでいいかな?」

「八代が決めたのなら異論はないのだ。でも、八代に手を出したらぶっ飛ばすのだ!」

「わ、私もご飯食べられない苦痛はよく知ってるの。一緒に美味しい水道水ごはんを食べるの」

「あ、ありがとうございます。このルシル、先輩方に早く追いつけるように邁進させていただきます。あっ、主様、もう一つお願いをよろしいでしょうか?」

「あ、主!? う、うん、良いけどどうしたの?」



 ルシルの呼び方に思わず驚いてしまったが、悪魔だとそうなるのかなと納得することにした。



「私とその……、契約をして欲しいのです。もちろん命に危険があるような契約ではなく普通の契約なのですが――」

「えっと、それは何か紙にでも書いたら良いのかな?」



 確かに今雇うっていってもそれは口約束だもんね。

 なにか証拠のようなものが欲しいのかも。



「いえ、この言葉を口に出して頂けたらそれが悪魔わたくしたちの中でしっかりとした契約になりますので。先ほどの内容でしたらこちらですね」



 ルシルが地面に書いた文字をそのまま読んでいく。



「えっと……、『求む大悪魔。至難の業。わずかな報酬。常闇の日々。絶えざる危険。生還の保証はない。成功の暁には名誉と賞賛を得るだろう』。これで良いのかな? ってえっ!?」



 僕がそれを唱えた瞬間にルシルの足下に魔方陣が浮かび、彼は恍惚の表情を浮かべていた。



“よく聞く厨二セリフだw”

“アーネスト・シャクルトンの求人だな”

“厨二病無職下級悪魔かw”

“常識人どこに行った”

“常識人はこんな危険なダンジョンにはいないぞ”

“こんな仰々しい契約じゃないだろw”

“危険ってミィちゃんたちのことか”

“この契約で喜ぶのってこの悪魔だけだろw”



「ま、まさか私が真の主様を見つけることができるとは。しかも誉れ高き主従契約まで。このルシル、どこまでも主様に付き添わせて頂きます」

「えっと、どこまでも来られたら困るんだけど……。僕も学校があるし……」

「お供します!」

「だから、ダメだって」

「くっ、主様が仰るならこのルシル、涙を飲んで待機させて頂きます。ですが、お呼び頂けましたらすぐに馳せ参じます故」

「わ、私もすぐに行くのだ! そんな悪魔より私の方が早いのだ!」

「なんですか? トカゲ風情が」

「もう一度飛ばしてやるのだ」



“早速喧嘩してて草”

“主のためなら絶対に勝てない相手でも勝負を挑む悪魔の鏡”

“結果、見えてるけどなw”

“ルシルは壁にめり込むな”

“ミィちゃんは肉抜きかな”

“勝者がいないw”



「こらっ、二人とも。喧嘩をしたらダメだからね」

「申し訳ありません、主様」

「わ、悪かったのだ。ちゃんと仲良くするのだ」

「うんうん、それでいいよ」

「お兄ちゃん、ところでこれ、配信されてるけどいいの?」

「あっ!? わ、忘れてたよ。こ、これが僕のダンジョンの日常です。では」



 そういうと配信を終え、その慌ただしさから僕は思わずその場に座り込んでしまう。



“日常wwwww”

“そういえば日常配信だったw”

“こんなことが日常であるのか”?”

“あのダンジョンならないとは言えないな”

“次も楽しみにしてるよ”




――――――――――――――――――――――――――――――――

今回で二話が終わると言ったな。あれは嘘だ!(想像以上に長引いて配信パートだけで通常よりも長くなっちゃったので、もう一回だけ二話が続きます)


テンテレテーン♪ 無職の悪魔さんが仲間になった。

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