八代、バズるを経験する

「んーっ、よく寝たー!」



 流石に前日のオールの影響か、たっぷり八時間は寝てしまった。

 ベッドから出ると大きく伸びをする。



「むにゃむにゃ、もう肉は食べられないのだぁ……」



 ミィちゃんは涎を垂らしながら眠っていた。

 きっとたくさんのお肉を食べる夢でもみてるのだろう。


 起こすのも悪いと思って、僕は一人そっと出る。



「お兄ちゃん、もう起きたの?」

「うん、ティナも早起きなんだね」

「ティナはお日様と一緒に目が覚めるの」



 畑の方を見るとティナが顔を覗かせていたので、ジョウロに水道水を入れてかけてあげる。



「とっても美味しいの。ありがとうなの」

「それはよかったよ」



 しばらくティナの反応を見ていたら寝ぼけ眼のミィちゃんがやってくる。



「……おはようなのだ」

「おはよう。無理に起きてこなくてもよかったんだよ?」

「……見送りしたらまた寝るのだ」

「ありがとう。じゃあ行ってくるね」

おみやげをよろしくなのだ」

「あははっ、安いのがあったらね」



 相変わらずな様子のミィちゃんとティナに見送られながら僕は学校へと行く。




◇◇◇




 僕が教室へ入ると騒がが静まる。




――どうしたのだろう?



 その様子を不思議に思いながら自分の席に座ると瀬戸くんが近づいてくる。



「おいっ」

「あっ、瀬戸くん、おはよう」

「あぁ、おはよう……、じゃない。お前、昨日ユキの配信に映ったか?」

「ユキ?」



 話題に上がる『ユキ』って人物ならAランク探索者で人気Dチューバーの『ユキ』だろう。

 でもそんな人気ある人に会えば舞い上がって真っ先に報告すると思う。


 実際に当人に会っていたのだが、どんなダンジョンも颯爽と華麗に攻略する彼女の姿と悪魔によって満身創痍にされた彼女の姿が一致しないのは仕方ない事なのかもしれない。



「会ってない……と思うよ? どこか近くに来てたの?」

「そうか。それなら別人なんだな。いや、彼女の昨日の配信に柚月と似た奴が出てて大バズりしてるんだよ」

「そんなことがあったんだ……」

「いやいや、昨日の晩からもっぱらニュースになってるぞ? 見てないのか?」

「さすがに体が限界で昨日はすぐ寝ちゃったんだよ」

「それなら仕方ないな。これを見てみろ」



 瀬戸くんが見せてきたのはとあるDチューブの配信であった。


 昨日のユキさんの配信である。

 その悪魔が登場した辺りから僕の表情が固まっていた。



――ここ、なんだか見覚えがあるような……。



 それでも見覚えがある、程度で済んでいたのだが乱入者が表れた瞬間に僕の冷や汗が止まらなくなる。



「ほらっ、これだよこれ。お前っぽくないか?」

「ナンノコトデショウカ?」

「なんでそんなに片言なんだよ」

「き、気のせいだよ。うん、気のせい」



――やっぱりあの配信の乱入って問題あったんだ!? ど、どうしよう。やっぱり怒られるのかな?



「これ、お前だよな?」

「……うん」



 もう言い訳しようがなくなって素直に頷くしかなかった。



「やっぱり問題だよね。人の配信に映っちゃうのって……」

「今回のは問題ないんじゃないか? 人助けしたわけだろう? むしろ胸を張ることだ」

「そっか……。うん、そうだよね。ありがとう、瀬戸君」

「お。おう……」



――やっぱり瀬戸くんに相談して良かったな。



 僕の気持ちが少し晴れる。

 これが前までの状態だったなら、一人で思い悩んでいたかもしれない。

 それを考えると友達がいてくれて助かったと思える。



「それにしてもお前も一躍人気配信者だよな」

「えっ? 僕なんてまだまだだよ」

「もうお気に入り登録が一万人越えてるじゃないか」

「嘘っ!?」



 今まで気にしたことがなかったが、確かに僕のチャンネルのお気に入り登録者数が気がつくと一万と六人になっていた。



――あっ、七人に増えた。



「……じゃない。どうしてこんなに増えてるの!?」

「やっぱり有名配信者の配信に乗ったからじゃないか? 良いことじゃないか」

「そ、そんなことないよ。ただのんびりとした配信をするだけのつもりだったのに」

「あのな……。ドラゴンを育ててる奴はのんびりしてるとはいわねーよ」

「ドラゴン? ミィちゃんのこと? ミィちゃんは普通のトカゲだよ?」

「まぁ、そういうことにしておいてやろう」



 とにかくこれは由々しき事態だった。

 僕一人では解決する手段が思いつかない。


 それならば――。




◇◇◇




 昼休み、僕はみんなに集まってもらい、今の状況を説明する。



「……ということでなぜか僕のチャンネルのお気に入り登録者が増え続けてるんだよ!」

「良かったじゃない」

「良くないよ!? 僕にこれだけの人の命は背負えないよ……」

「……気負いすぎ」

「そうだよな。みんなに見てもらうために配信したんだろ? それなら問題ないじゃないか?」

「この人数はさすがに想定外だよ。こんなにたくさんに見られてるって思ったら何喋って良いかわからなくなるよ……」

「毎回ぐだぐだしてるもんね」

「言わないでよ……。って、三島さんも見てるの!?」

「柚月君が配信してるって聞いてから気になってね。うっかり三往復しちゃったよ。てへへっ」

「それはやり過ぎだよ!?」



 思わず突っ込んでしまう。

 一体僕の動画のどこにそんな何度も見る要素があるのだろう?



「ほのぼのしてて流して見るにはちょうどいいんだよね」

「ほのぼのしてるか? あれは恐怖映像だと思うぞ?」



 瀬戸くんと三島さんが視線をぶつけ合う。

 見る人によって捉え方が変わるのだろう。

 でもさすがに恐怖映像は言いすぎだと思うな……。



「どう見てもかわいい女の子たちが楽しく遊んでる配信じゃない!」

「地球すら壊せるドラゴンと精霊だぞ!? 恐ろしいにもほどがあるじゃないか!」

「三島さん、それって僕も女の子扱いになってない?」

「…………」

「…………」



 なぜか二人が口を閉ざしてしまう。



「とにかく配信内容についてだったよね? 柚月君のダンジョンって家の近くにあるんだよね?」

「そうだけど……」

「それなら中がどんなダンジョンになってるか、じっくり観察する配信でもいいんじゃないかな? 興味がある人もいるんじゃない?」

「あとは普段の生活とかも気になるな。魔物の育成配信だもんな」

「……一日密着配信?」

「さすがにそれは恥ずかしいよ。って椎さんは今何してるの?」

「……んっ。登録」

「ってこれ以上知り合いの登録者を増やさないでー!」



 慌てて椎さんのスマホからチャンネル登録を解除しようとするがサッとスカートにしまわれてしまいできなかった。



「そういえば柚月はカタッターはしないのか?」

「なにそれ? 今初めて聞いたよ」

「はぁ……、そういうやつだったな。カタッターはこういうやつだな」



 そういうと瀬戸が見せてきたのは自分のカタッター画面だった。

 そこには美味しそうな食事の写真と『今日の夕食』と書かれたコメントが添えられていた。



「くすくす……、あんた、その名前」



 三島さんが笑うのを堪えている。



――何がおかしいのだろう?



 名前には『社長じゃない方の瀬戸』と書かれている。

 瀬戸君はまだ学生だからもちろん社長じゃないし、誰か別の社長がいるのかな?



「昔よくこれでからかわれたんだよ……」

「そんなトラウマを引っぱってくるような名前にしなくても……」

「知り合いが見つけやすいからな」

「そっか。これだと簡単に繋がれるんだね」

「それだけじゃないぞ。不特定多数が見れるから配信の開始告知にはうってつけだぞ」

「……柚月もやるの?」

「うん。みんながしてるなら僕もしようかな?」



 僕は説明を受けながらなんとかカタッターに登録を済ませる。

 すると椎さんがさっと僕のスマホを取り上げて、勝手に誰かをフォローする。



「……んっ」

「これって椎さん?」

「……一番」



 どこか嬉しそうな表情を浮かべる椎さん。



「あっ、ずるい。私は二番っと」

「ちょっと待て! 俺は?」

「ブロックしとくね」

「おいっ!!」

「あははっ、ちゃんと登録するよ。知り合いで今何してるのか話すような所なんでしょ?」

「知り合いだけじゃなくて不特定多数だから語る内容は注意してね」

「あっ、そういうものなんだ」



 全員登録終えるとようやく僕の所にスマホが戻ってくる。

 そして、記念すべき一回目の『語り』を考える。


 でも、みんなに見られる内容を……となると悩んでしまう。



「無難な話題はやっぱり食事だな。何を食べたか書くのがわかりやすいぞ」



 瀬戸くんのアドバイスを受けて、僕も同じように初語りは食事についてすることにした。


 あまり多くはないもののちょうど良さそうなものが一枚。


 美味しそうにお肉を食べるミィちゃんの写真に『初めまして。柚月八代です。初語り緊張するよ…。ミィちゃんの食事風景を撮ってみましたのでアップしてみました。』という言葉を添えてみる。

 初めての挨拶ならこれで十分かな?



「これでよしっと」



 語りの内容を見て僕は満足して授業開始前にしっかりスマホの電源を消してカバンに仕舞ったのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――

もし電源を消してなかったら……(ぶるぶる

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