地獄への入り口(後編) 【ユキ視点】

 いつもどおり彼女は危険度C程度のダンジョンを駆けていた。

 Aランク探索者であるユキにとってはC級ダンジョンはほどよい危険である程度儲かるちょうど良いダンジョンであった。



 配信名『ユキ、ソロでC級ダンジョンに挑む!♯ダンジョンRTA』



 Aランク探索者で人気配信者であるユキ。Dチューバーの中では上位の視聴者を持っている彼女の売りはなんといってもその可愛らしさである。


 小柄で整った顔立ちをした美少女。

 銀色の長い髪をなびかせて可憐にダンジョンを掛けていく様は一躍彼女を上位Dチューバーへと押し上げていた。


 人気でランクを買っていると何度も言われ続けていたが、そういった声は無視し続けていた。

 ユキが行くのは確実に安全に走破できる格下ダンジョンのみ。

 それ故に同接をより稼げる方法を考え、今のスタイルになっていた。


 軽装による高速ダンジョン走破。

 それが彼女の人気を更に加速させる要因となっていたのだ。



「みんな、今日も走り抜けるよー♪」

“はーい”

“今日もかわいいよ”

“C級か。何時間でクリアするんだろうな”

“ソロだとまずくないか?”

“ユキちゃんなら平気だ”



 精一杯の笑顔を振り撒くとコメント欄は盛り上がりを見せる。

 ただ、ユキはどちらかと言えば話すのは苦手な方。探索者になった理由もお金が必要になったから、というシンプルなものだった。

 昔は多少無茶なダンジョン攻略も行っていたが、配信側で人気が出てくれたおかげで今では無理のない範囲でのダンジョン攻略で十分な収入を得ることができていた。



 彼女は決して無茶なダンジョン攻略は行なっていない。念入りな事前の情報収集としっかりした準備を行なった上で確実にいけるという確証の下、配信を行なっていた。


 今日の配信もそのはずだったのだが――。



“何こいつ?”

“だ、誰か助けを呼べ!”

“ユキちゃん、危ない”

“初めて見る悪魔だ”

“強そうじゃね”



「ふふふっ、たまたま繋がった穴ですがこんなに虫がいるとは思いませんでしたよ。おや、また虫が増えましたか?」



 ダンジョンを進んでいくと奥に絶命した大量の魔物達と突如として現れた丁寧な口調をした悪魔の男がいた。


 黒髪に金の角が二本。服装はなぜかスーツを着ており、その見た目は人間と言われても遜色がなさそうであった。


 このような魔物がいるという話は聞いたことがない。そして、なによりもこの男から発せられる威圧である。



――この悪魔……強い。



 ユキ自身、探索者をして二年ほど経っている。

 それなりに魔物達を倒しており、その中には悪魔族のものもいた。

 ただ、今目の前にいるような悪魔ほどの威圧を放つ魔物には会ったことがなかった。


 手には愛用している二本の短剣。

 ダンジョンで発見された鉱石、ミスリル製で切れ味はよく壊れにくい。


 ボスとの戦いで多少体力は使っているもののまだまだ動くことはできる。



――それなら私にできることは、いつも通り先手必勝……。



 短剣をグッと握りしめ、足に力を込める。

 悪魔の男は油断しているのか、ゆっくりとした動きで、警戒してるそぶりも見えない。



――今なら!



“とった!”

“ユキちゃんの速度はダンジョンのボスですら反応できないからな”

“速っ!”

“今の見えたか?”

“見えるわけないだろ”



 持てる最大限の力を振り絞り、悪魔へと切り掛かる。その瞬間に自分のミスに気がついた。

 その悪魔は冷めた視線をユキに送っていたのだ。


 そして、本当につまらなさそうに爪でユキをその短剣ごと切り裂いていた。

 その衝撃で吹き飛ばされてユキは壁に激突していた。



「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」



 ミスリル製の武器のおかげでユキの体が真っ二つに切断されることはなかったものの、肝心の短剣は刃の部分が使い物にならないくらい粉々に砕かれていた。

 手や足はあらぬ方向に曲がり、体の至る所に傷がある。

 痛みが強すぎて逆に痛みを感じないのが助かるところではあった。



“こ、これ、さすがにまずいだろ”

“公開処刑だ”

“早く助けを”

“ここからじゃどうやっても間に合わないだろ”

“C級ダンジョンにどうしてこんな強いやつが?”

“ユキちゃんが危ない”

“誰か助けられる人はいないのか!?”



 この男の強さは今まで見たことのある魔物よりも遥かに上。自分じゃとても太刀打ちできない。


 ゆっくりと近づいてくる悪魔にユキは死をも覚悟する。恐怖からギュッと目を閉じてしまう。


 しかし、悪魔の男が襲ってくることはなかった。

 唐突に部屋の壁が爆発したからだ。


 流石の男も予想外の方向から飛んでくる謎の爆発は避けきれずにまともに食らってしまう。



「ぐはっ!?」



 その攻撃は今まで見たどの攻撃よりも威力があった。そもそも並大抵の攻撃ではダンジョンを傷つけられないのは周知の事実である。



“何が起きたんだ?”

“壁、壊してないか?”

“ダンジョンの壁って壊れるのか”

“俺、昔試したけどツルハシじゃ無理だったな”

“爆弾? もっと直線的なものに見えたが”

“ユキちゃん、助かった?”

“ユキちゃんの攻撃受けても無傷だったやつを一撃で!?”

“結局あの悪魔は何だったんだ?”



 自分では勝ち目がないと思った悪魔を一撃で葬り去る攻撃。


 その爆発により開いた大穴には小柄な少年と小さな少女、あとは奥の方に腰を抜かした大人の女性が見える。

 何が起きたのかわからないユキは呆けながらそちらを見ていた。


 ただ、一つわかること。

 それは――。



「……わ、私、助かったの?」



 少年達の様子に気が抜け、苦笑を浮かべる。

 その瞬間に麻痺していた痛みが戻ってきて顔を歪ませる。

 思わずその場で倒れ込むと少年は何を思ったのか、側に小さな葉っぱ……を頭に付けた少女を置いてくる。


 その少女が頭に付いた滴をユキに落としてくる。

 すると、小さな傷はもちろん、折れている手足すら元通りに戻っていた。



「こ、これで元通り……かな?」



 当たり前のように言う少年だったが、ユキはそれを信じられないようなものとしてみていた。



“何が起きたんだ?”

“精霊だ”

“一瞬で治った?”

“あれって八代たんじゃないか!”

“誰? その子”

“知らないのか? 人化ドラゴンを連れてるやばいやつだよ”

“ドラゴン以外にも精霊もつれてたのか”

“骨折も一瞬なんて医療も真っ青じゃないか?”

“精霊は敵対すると恐ろしいぞ”



「……傷が癒えてる!? 嘘……」

「ご、ごめんなさい。まさかミィちゃんがダンジョンに穴を開けたら知らないところに続いてたなんて知らなくて……。も、もしかして、その武器も?」



 何度も謝ってくる少年。

 ユキの側に落ちている武器を見て表情を青くしていた。



「これは……」



 これは悪魔が壊したものなのであの爆発は関係がなかった。

 しかし、少年は慌てた様子で足下に転がっていた長細いものをユキに渡してくる。


 はっきりとしたことはわからないものの、これが自分の思っているものだとしたらとんでもないものだった。



「あ、あの……、武器の費用、こ、これはどうですか?」

「これってドラ……」

「い、今手元にあるのがこれしかなくて……」

「……もらってもいいの?」

「もちろんです」



“今日の配信、やたら伸びてないか?”

“トレンド9位だってよ”

“イレギュラーが現れて、それを八代たんが追い払ったところだ”

“訳がわからん。詳細くれ”

“誰だ、八代たんって”

“誰も触れないけど、今渡したのってやっぱりあれだよな?”

“レッドドラゴンの爪か”

“待て。それ売れば何億で売れるんだ?”

“さすがにそこまではいかないんじゃないか?”

“災厄級の魔物だぞ? 安いくらいだ“



 当たり前のように言ってくる。

 ここまで言って貰って受け取らないのも逆に失礼だろう。


 ぎゅっと抱きしめるように長いものを受け取る。



「本当にライブを邪魔してしまってごめんなさい。ぼ、僕はもう行くので失礼します」

「あっ、ちょっと待――」



 お礼を言いたかったのだが、少年はすぐに元来た道へと戻って行ってしまった。

 更にその通路もなぜか穴が埋まってしまい、結局ユキは一人その場に残され、しばらく惚けてその場から動けなかった。



 まるで先ほどの出来事が夢であったかのように――。



“八代たんはどこからやってきたんだ?”

“ちょっと八代たんの配信見てくる”

“俺、この前スーパーで騒いでる八代たん見たぞ”

“待て、その動画見たいぞ”

“残念ながらスーパーは配信じゃないから見ることはできないぞ”

“もったいない”

“ユキちゃん、無事で良かった”

“あんなイレギュラーが出てくるならおちおちダンジョンなんて潜れねーよ”

“探索者協会から何らかの発表があるんじゃないか?”

“ユキちゃん、辞めないでね”



 徐々に同接が増えていき、いつの間にかトレンド1位をとっていた。

 そして、その派生は柚月の動画にも影響を及ぼすことになる。




――――――――――――――――――――――――――――――――

少し時間を遡って、八代たちとの会話まで。ユキとライブ配信視点で書かせていただきました。登場した悪魔さんはいずれまた登場予定です。具体的には三話当たりで。

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