幕間(4)

 暗黒が支配する部屋の中、一つの円卓を挟んで二柱の神が対峙する。


「どうやら発芽は秒読み段階のようだぞ?」

「えぇ。ですが、まだ最後の種が根付いていません」


 くるめく闇に、ノードレッドは小さく首を横に振った。

 芽吹いた種は三つ。残りの種は、あと一つ。全てが揃わなければ、計画は瓦解する。


「最後の種にこだわる必要はないだろう。業腹ごうはらではあるが、『娘』を起こしてやってもいい」

「それでは何も解決しませんよ。抑止無き力が全てを滅ぼす事を、あなたはよく知っているはずでしょう」

「腐りかけの種が抑止になると?」

「元はあなたがいた種ですよ」


 そう言うと、闇は初めて苦笑いのように振動した。


「違いない。だが、発芽した時点で根腐れを起こす前に刈り取るぞ。『鍵』との接触は避けねばならん」

「致し方ありません。ですが、それまではこちらの計画を優先させていただきます」

「俺も全賭けした責任がある。見届けてやろう。『輝くトラペゾヘドロン』も、それを望んでいる」


 闇が蠢き、円卓に小さな箱が置かれる。開け放たれた箱の内部には、黒い石。

 平行な辺の無い四角で構成された多面体は、脈打つように内部に赤い筋を浮かび上がらせながら、箱の側面から伸びる七本の糸に吊るされている。

 石が、大きく脈打った。

 七本の糸に赤い筋が走り、箱を超えて円卓の上を走っていく。やがて赤は円卓の下に垂れ、そこに複雑な円陣を描きだした。

 七つの円陣から、赤い天鵞絨ビロードで装飾された七脚の椅子が姿を現す。

 そのうちの一つの背を撫で、闇は朗々と語った。


「輝くトラペゾヘドロンの七つの座、七つの柱の顕現をもっ仮初かりそめの鍵となす。終極の空虚ラスト・ヴォイドに至る門、守護せし狂躁きょうそうの門番に鉄槌を下し、最奥に眠る痴愚ちぐの神、YOG-SOTHOTHに刹那の拝謁はいえつもたらすもの」


 多面体が再び脈打ち、ゆっくりと箱が閉じる。

 やがて完全に閉じると、部屋は始まりと同じく闇に閉ざされた。


「お膳立てはした。二つの座は俺が埋めてやろう。残る五つを埋めることが出来れば、賭けは勝ちだ」

「『次の賭けに臨む権利』を得るだけの勝ち、ですけどね」


 自虐的な笑みを浮かべるノードレッドに、闇は笑い声を上げた。


? 次も、次の次も、次の次の次も、勝ち続ければ良いだけの話だ」

「……えぇ。そうでしたね」


 まるで簡単なことと言わんばかりの台詞を、ノードレッドは噛みしめるように同意する。

 もとより、勝負の卓に着くことすら奇跡とも言うべきことだったのだ。なればこそ、それくらいの事をやってのける気持ちでなければならない。

 種は、既に蒔かれたのだから。


「時にその最後の種だが、どうやら芽吹くのはそう遠くはなさそうだ」


 密やかに笑う闇。その気配を感じ取って、ノードレッドは軽く首肯した。

 これまでよりも濃く、はっきりとした神性の息吹を感じる。今はまだ種のままのようだが、それもすぐに目覚めるだろう。


「では、近いうちにまた会おう」


 闇が溶けていき、静寂に取り残される。

 ノードレッドの中に、久しく感じたことのない、ごく僅かな葛藤が生まれた。

 人が神性に晒される危険性を、彼はよく知っている。しかし今、彼は最後の種の芽吹きを心待ちにしている。

 犠牲を快く思うわけではない。だがその犠牲の果てにしか、希望はない。


 願わくばそれが、手遅れにならないうちに。


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