関白殿はかなくなりてのち〈定子〉
私の父、関白
明るくて、冗談好きで、ちょっとうるさいくらいだったけど、私にとって大切な父だった。
葬儀は、晩春の雨の日だった。
きれいな藤の花が、音もなく
◇ ◇ ◇
それからというもの、私の立場は、次第に危うくなっていった。
私の兄、
叔父さまは、私、定子を引退させて、ご自分の娘を中宮の位につけようとしているという噂もある。女房たちの中には、私のところを辞めてそちらに仕える子も出てきた。
父という大きな支えを失った今、この思惑渦巻く宮中で、私は一人で戦っていかなければいけない。
そんな中、私の実家、
「まるで何かに祟られてでもいるみたいだな」
「今まで栄華を極め、好き勝手してきたことの
そう軽口を言う
気にしないつもりでいるけれど、そういうのが耳に入ると、やっぱり少し傷つく。
私は、何か悪いことをしたのだろうか。これは、私への何かの罰なのか。
「ちょっと、変なことを言わないでください!」
少納言は、そういうとき、必ず怒ってくれた。
「定子さま、あんなのお気になさらなくてけっこうですからね!」
女房たちの前では、心配されないように気丈に振る舞っているつもりなのに、少納言には、私が落ち込んでいるのが分かってしまうようだった。
彼女は、元気づけるように、私の両の手をぎゅっと握った。
「大丈夫です。定子さまは、私が守ります」
◇ ◇ ◇
それからしばらくして。
今度は、女房たちの間で、少納言が道長叔父さま方と内通しているという噂が囁かれるようになった。
「ほんとなの、それ?」
「だって、あの子、前から道長さまとけっこう親しいみたいし」
「あたし、この前、二人で一緒にしゃべっているの見ちゃった」
「それって、裏切り行為じゃない? あんなに定子さまに気に入られているのに」
ひそひそひそ。
女房たちの間に、猜疑心はまたたく間に広まった。
周囲から疑いのまなざしで見られるようになった少納言は、次第に孤立していった。
主である私は、少納言のことを疑うなんて、はなから考えていなかった。
そんなことあるはずない。だって、少納言は私の――。
「ん……?」
廊下に、何か落ちているのを見つけ、私は立ち止まった。
拾ってみると、誰かへの手紙らしい。
「あ、少納言宛か。差出人は……」
まさかの、道長叔父さまからだった。
私には、もう未来が無い。
立場は不安定で、頼るところもない私なんかより、希望ある叔父さまの所のほうが、出仕先として魅力があるのは確かだ。
少納言はずっとそばにいてくれると、勝手に思っていたけれど、もしかすると。
どうしよう。このままだと、私は本当に、一人になってしまう。
不安になった私は、少納言の居室へ駆け込んだ。
「少納言、あなた……」
扉を引き開け中に入った私は、少納言と目があった。
そのとき見た少納言の愕然とした顔は、今でも忘れられない。
彼女は、普段の天真爛漫さとはかけ離れた、おびえた目をしていた。
「もしや、定子さまも私を疑っているのですか……?」
翌日から、少納言は姿を見せなくなった。
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