おれわた結婚編

第67話 結婚しよ

 体育祭から二日が過ぎた。

 熱気も落ち着き、いつもの日常が戻ってきた。


安昼あひるーまだー? 先行っちゃうよー?」

「おーう。今行くー。じゃあな、兎野」

「うん。安昼君、部活頑張って」


 安昼君が白鳥しらとりさんと一緒に教室を出る。


「兎野、また明日」

瑠璃羽るりば君も部活頑張ってね」


 瑠璃羽君がそっと声をかけ、すっと廊下に出る。


「キャー! 瑠璃羽君! こっち見てー!」

「静かにしなよ、他の人の迷惑」


 瑠璃羽君の居場所が女子生徒の声で分かるようになってきた。


「嘘みたいだろ。これで生きてるんだぜ?」

「今日も女子で声をかけてくれたのは食堂のおばちゃんだけだったらしい」

「体育祭から女子生徒との連絡先の交換0、ラブレター0、声かけ0。当然告白は0。クアトロ0の0000大台達成だ。泣けるな」

「フルーツマイスター根津星ねづぼし師。俺たちだけはお前の味方だぜ。ズッ友だぜ」


 南無、と男子のみんなが手を合わせて、真っ白になっている根津星君を囲んでいる。


 根津星君が早く復活しますように……と俺も心の中で手を合わせる。


 みんなにとってはいつもの日常だけど、俺にとっては少し違う日常だ。

 きっとみんなを見るようになったから。

 知らない景色、音でいっぱいだ。


「撮影あるからお先」

「シズコも文芸部にせ参じねば」

「りょ。お二方お達者でっ」


 虎雅こがさんと豹堂院ひょうどういんさんを仰々しく見送る獅子王さん。


 席を立つ。

 緊張が凄い。

 手汗が既に大変なことになってそう。


 もう何度も声をかけて、話してきたのに、喉がカラカラだ。

 でも、ハッキリと伝えないと。


 俺が近づくの察して、獅子王さんが振り返る。

 肩まで伸びる金髪が揺れて、いつもの明るく元気な笑顔で迎えてくれる。


「獅子王さん、この後時間ある?」


 返事がこれほど不安になったのも久々だ。


「もち! 今日はちょー暇だし!」


 ◆


「んー! いい天気だぜー!」

「うん。いい天気だね」


 屋上から見上げる空は綺麗な茜色に染まっている。

 すっかり秋空だ。


 夏休み明けの暑苦しかった屋上と違って涼しくて過ごしやすい。


「見たまえ、兎野君。人がゴミのようだ」

「そうですね、獅子王大佐」


 うむ、と獅子王さんがフェンスに手をつき、満足そうに頷いた。


「それで兎野君。なんか用事? ここに来たってことは〈GoF〉の話?」

「……そうだね。〈GoF〉も関係してる」


 緊張が最高潮に達している。

 全状態異常をくらってる感じだ。

 ベンチに座り、一息つく。


「なにかね? なにかね?」


 獅子王さんがウキウキと隣に座る。


「えっと。なんか……言いにくい、深刻な話?」

「ごめん。違うんだ」


 俺が沈黙し続けたせいで曇らせ、勘違いさせてしまう。

 なにやってるんだ、俺は。


 今日は獅子王さんにこんな顔をさせたくて呼んだんじゃないだろ。


「むしろ、逆というか。その」


 カバンからタブレットを出す。

 電源を入れ、ジェリスタを起動し、最新のイラストを呼び出す。


「獅子王さんに、見てほしくて」


 タブレットを獅子王さんに渡す。


「これ、私……?」


 タブレットに表示されているイラストは、獅子王さんの〈GoF〉のメインキャラクターであるダークエルフのレオだ。


 服は獅子王さんのお気に入りアニメの一つであるアマリリスエースの主人公花咲はなさか恋火れんか――ではなく、ライバルキャラの悪の魔法少女枯葉かれは冷愛れあコスで。


 コラボイベント時の限定衣装で、獅子王さん曰くレオには枯葉冷愛のゴシックロリータ風のダークな色合いが似合うと言ってよく着ている。


 でも表情は枯葉玲愛みたいに冷徹ではなく、獅子王さんの明るい笑顔をベースに。

 抱きしめている使い魔はデフォルメされた黒と白の二匹のウサギ。


 ……俺の1stキャラの爆走毛玉珍獣ばくそうけだまちんじゅうウサボンバーと2ndキャラのローリングアンゴラをねじ込んでしまったわけですけど。


 背景には俺たちの所属ギルドである〈満腹スイーツパラダイス〉のスイーツを散りばめてごまして。


 獅子王さんが好きそうなポップでキュートな感じで、明るめのコントラストに仕上げた。


 今までもギルメンのイラストを描いてきたけど、こんなにも見せるのが怖いのは初めてだ。


 今度は獅子王さんが黙ってしまう。

 イラストをじっと見続けている。

 沈黙が怖い。


 獅子王さんならすぐに大喜びしてくれると思ったから。

 違う反応で怖い。


 酷評なんてしないのは分かりきってる。

 感想が怖い。


「兎野君、どうして描いたの?」


 獅子王さんが次に口にしたのは当然の質問だった。


「……前に、獅子王さんが言ってたの思い出して」


 実はこのイラストを描く前にもう一作描いていた。

 一作目は獅子王さんの似顔絵のデッサン。


 体育祭の日に帰ってすぐに描き上げた。自分でも納得のいく、今までで一番の会心の出来だった。


 そして――この似顔絵、どうするんだ? と我に返った。


 獅子王さんに見てほしくて描いたわけじゃない。

 俺が描きたくて描いた似顔絵だった。


 仮に見せたとしても獅子王さんは引かないと思うけど、いきなり似顔絵ってのはどうなんだろうと。


 一つのことに夢中になると周りが見えなくなる悪い癖まで戻ってしまっていた。

 自分の部屋で無駄に挙動不審になり、グルグルとしばらく右往左往しながら考え、


「私のキャラのイラスト描かないのはなんで? って」


 なら、獅子王さんのためにちゃんとした一作を書こうと思った。


 あの時はネトゲで軽い気持ちで結婚したとはいえ、結婚相手のイラストを描くのは重いなんて尻込みしてしまった。


 今は重いとは思わないし、尻込みしない。

 獅子王さんの顔を見て伝える。


「一番の理由は俺が獅子王さんのために描きたいって思ったから。獅子王さんにお礼を伝えたくて。色々、たくさん伝えたいことはあるけど」


 レオに、獅子王さんに会ってからの思い出を浮かべる。

 大切な、たった一度きりの言葉。

 絶対にミスらない。


「ありがとう。俺はレオに。獅子王レオナさんに会えてよかった」


 今日は感謝だけ。

 ありがとう、だけ伝える。

 まあ、それは建前で……。


 告白できる度胸も勇気もないだけで。

 とにかく今日はお礼を伝える日にしたかった。


 なんだか告白も一緒に伝えるのはずるくて卑怯な気がするし、もったいない気もする。


 ……告白を受け入れてもらう自信がない、情けない言い訳でもある。

 自惚れもあるけど、獅子王さんも俺に好意を抱いてくれてる、と思う。


 でも本当に独りよがりの自惚れで、とんだ勘違いをしているかもしれない。

 告白が99.9パーセント成功するかもしれないけど、0.1パーセントの失敗だってありえる。


 俺はそんなわずか0.1パーセントが怖い。


 自分が怖くなくなって、もう怖いことなんてないと思った。

 まさか怖いことがもっと増えるなんて思いもしなかった。


 獅子王さんが俺のことを友だちとしてなのか、それ以上に思っていてくれるのか不安で怖くてしょうがない。


「結婚しよ」


 そう。

 だから、まずは結婚。


 いつか結婚して、獅子王さんと結婚を前提に結婚してから……結婚を考えて……あれ? 結、婚……?


「え? 結婚って?」


 あの結婚?


「あ!? え! えっと! そう! 〈GoF〉の結婚! リアルじゃなくてネトゲの結婚! 結婚制限のクールタイムも終わったし! 兎野君のイラスト見てそう思ったの! そうマジで! ガチのマジだから! 誓って嘘は言ってません!」

「そ、そっか。そう、だよね」

「そ、そうだよ! あれ!? いやでも待って兎野君! 前も言ったけどさ! 離婚しようって酷いこと言った私がお願いするのってめっちゃKYでクソ女じゃね!?

 あ、ごめ! そうじゃなくて! 今言うことじゃないし。嫌じゃなくて、凄く嬉しくて……はあ……こんなこと言いたいんじゃなくて……、何グダってんだろ私……マジダサくて萎える」


 俺が驚いている間に、獅子王さんがどんどん悪い方に考えて落ち込んでいく。


「獅子王さん、顔を上げて。もう仲直りしたんだし、時効じゃないかな?」

「うん……」


 俺の声に応えて、どうにか顔を上げてくれる。

 俺がしっかりしないと。

 俺はネトゲの結婚でも嬉しい。


 また一つ繋がりができるから。

 また思い出を作って一緒にいられるから。


 一回目の時はお互いに色んな思惑や打算やら、軽い気持ちがあった。

 でも二回目の今は違う。


「獅子王さんが言っちゃ駄目なら俺が」


 真剣な気持ちで。


「レオ。俺と結婚、してください」


 獅子王さんが真顔で目をパチパチとし、


「は、はい。よろしくお願いします、ウサボン」


 はにかみながら頷いてくれた。

 ホッと胸をなで下ろす。

 よかった。


 告白は怖がってできないくせに、リアルでネトゲの結婚のプロポーズができる俺は変わっているのかもしれない。


 まあ、『ウサボン』と『レオ』が俺たちより少しだけ先輩ってことなんだろう。


 それも俺だから。いつか追いつくだけだ。


 次はちゃんと伝えよう。

 好きですって。

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