第17話 王位継承試験結果発表

「は? 何だって?」

 試験の結果報告。翌日、約束通り海に帰って来たメリアから聞かされたそれに、アルフは思いっきり口角を引き攣らせた。

「だから、失敗しちゃったんだってば。てへぺろりん」

「てへぺろりん、じゃないよ! 何やってんだよ、キミは!」

 まさかの失敗報告に、アルフは眉を吊り上げる。

 しかし当の本人は大して悪びれた様子もなく、開き直ったようにフンッと鼻を鳴らした。

「だって仕方ないじゃない、人間に捕まっちゃったんだから。私だって捕まりたくって捕まったわけじゃないんだし。自分の身を守るため、正体をバラしてでも逃げて来るのは当然の事でしょ。だから私は悪くない。悪いのはあの人間達よ」

「他人のせいにするんじゃないよ!」

 反省した様子もなく、他人のせいだけにするメリアに、アルフは何てこったいと頭を抱える。

 しかしそんなアルフに視線を戻すと、メリアは怒ったように頬を膨らませた。

「だいたい、アルフもアルフだわ。何なのよ、あの短剣。あれ使ったら、何か凄い曲がったんだけど。おかげで人間なんかに首絞められたじゃない。何なのよ、あれ?」

 手を縛めていた縄は切ってくれたけれど、男を刺してはくれなかったあの短剣。おかげで状況が悪化したじゃないかと眉を顰めれば、アルフは呆れたように溜め息を吐いた。

「そりゃそうさ。いくら人間相手でも、僕達人魚がそんな無駄な殺生すると思う? 僕達はアイツらと違ってそんな野蛮な生き物じゃないんだよ。だいたい、何でキミが王位を継ぐために、全く関係のない人間の命を奪わなくっちゃいけないわけ? いくら人間でも、それはちょっと可哀相だよ」

「ええ? 可哀相……って、え、だ、だってそれ、アルフがミナスを殺して来いって、それが王位継承の試験だって、そう言ったからじゃない!」

 何だ、その言い方は。こっちは与えられた試験をただ熟そうとしただけじゃないか。それなのに何でこっちが悪いみたいな言い方をされなくちゃならないんだ、おかしいじゃないか!

 しかしそう訴えるメリアに対して、アルフはこれまた呆れましたと言わんばかりに、冷たい目を向けた。

「ああ、そう。じゃあ、逆に聞くけどさ、キミは例えおかしいと思った事でも、他人にやれと言われたらやるわけ? 何それ、キミは他人の言いなりなの? 自分の意見も言わず、他人の言いなりになってりゃそれで良いとでも思ってんの? 例え間違っている事でも、他人にやれと言われたら大人しく従うような人魚が、女王の地位に就けるとでも本気で思っていたの?」

「……」

 おっしゃる通りだ。ぐうの音も出ない。

「あの短剣は、キミが本当に王子様を刺しちゃった時用に僕が作った偽物だよ。でも途中でその短剣が偽物だってキミにバレるとマズイから、縄とか紙と言った、無機物なら切れるようにしておいたんだ。でも人間や人魚と言った有機物は絶対に切れない。だから人身売買の男には刺さらなくて当然だね」

「じゃあ予定通り、私がミナスを刺していても……」

「刺さるわけないじゃん。何でキミのために王子様が死ななきゃいけないんだよ。意味分かんないね」

「いや、意味が分からないのはこっちなんだけど」

 何故、真面目に試験に取り組もうとして、その全てを否定されなきゃならんのか。意味が分からない。

「それじゃあ例え、私がミナスを刺していても不合格だったんじゃない」

 本当にミナスの命も、リオの笑顔も奪わなくちゃいけないと思ったんだと、メリアはあの時の絶望を怒りとしてアルフにぶつける。

 しかしそんなメリアに対して、アルフはハッと嘲るように鼻を鳴らした。

「何言ってんだよ、メリアちゃん。僕、最初に言ったじゃないか。試験は代々、受ける者によってその難易度が違うってさ。だからキミの場合は、王子の胸に短剣を突き刺せたら合格だったんだよ。国を守るためなら、人間くらい殺せる覚悟と度胸があるかどうかを試す試験さ。もちろん、刺したところで王子様は死なないけどね」

「……キミの場合?」

 と、言う事は?

「同じ試験でも妹君の場合は、王子様を刺しちゃったら不合格だね。彼女の場合は、この試験はおかしいと、罪もない人間を殺すのは間違っていると僕に意見し、試験を拒否したら合格。ああ、勿論キミがそれをやっても合格だったけど。でもそこまでキミが出来るとは思ってないから、キミはただ王子様を刺して、「ちょっと、何よ、あのナイフ! 王子の事殺せなかったんだけど!」と僕に報告出来れば良かったんだよ」

「……」

 何で自分と妹の合格ラインが違うのか。腹立つ。

「何よそれ。じゃあ暗殺の対象がミナスじゃなくっても、別に良かったんじゃない」

 覚悟と度胸を試す試験だったと言うのなら、相手はミナスじゃなくても人間であれば……うん、そうだ。あの人身売買の男でも良かったんじゃないか。

「うん、そうよ。とりあえず人間の胸に短剣を突き立てれば、度胸と覚悟はあると証明されるんだもの。だったらターゲットは違えども、人間の胸に短剣を突き立てられた私は、そこそこ評価されも良いんじゃないの? うん、八十点は貰えそう」

「何言ってんだよ。それこそ、無関係な人間に短剣を突き立てて評価されるわけないだろう。むしろマイナスだよ、マイナス」

 それなのに八十点も貰おうなんて。図々しいな。

「まあ、良いか。とにかく試験は失敗、不合格。これで王位継承権は無事妹に移ったわけだし。私、これからは人間界で生きて行くわね」

「は? え? ちょ……っ、な、何だって?」

 反省でも後悔でも、ましてや落ち込むわけでもなく。明るく宣言された突然の移住発表に、アルフは思わず貝殻のソファから転げ落ちてしまった。

「に、人間界で生きて行く? はあ? 何を言っているんだ、キミは!」

 バカじゃないかと怒鳴り付けるものの、メリアがそれを気にした様子は一切なくって。

 そればかりか、彼女はニコニコと幸せそうに微笑んだ。

「だってホラ、王位継承権は妹に移っちゃったわけだし。それに妹なら試験に楽々合格しちゃうだろうし、国民だって妹が継いだ方が安心だって言っているし、お父様だってどっちが女王になっても良いって言っているし。だったらもう私がお姫様やっている意味ってなくない?」

「いやいやいやいや! なくない? じゃないよ! そう言う問題じゃないよ!」

「だから私、これからは恋に生きるの!」

「はあ、恋ぃ? キミ、一体何を考えて……」

「私、人間に好きな人が出来ました。だからこれからは人間界で生きていきます」

「いや、待て、待て、待て、待て!」

 理解不能な言葉ばかりを並べるメリアを、アルフは必死に引き止める。

 しかしメリアは止まらない。だってそうだろう? 彼女はもう、暗殺人魚姫ではなく恋する乙女なのだから。恋する乙女の暴走など、例え超天才大魔導士(自称)だろうが何だろが、誰にも止められるわけがない。

「何言ってんだよ、そんな事許されるわけないだろ! キミは人魚だよ? 人間と人魚が付き合えるわけないだろ!」

「人魚でも良いって、彼は言ってくれたの!」

「言ってくれたの、じゃないよ! 僕言ったよね、人間は平気で嘘を吐く生き物だって! キミを捕まえて売り飛ばすための罠だったらどうするんだよ!」

「彼、王子様だから、国で一番お金には困ってないんだって。だからきっとそんな事しないわ。それにリオの血となり肉となるんだったら、私、不老不死のために食べられても別に良い」

「良いわけないだろ!」

「それにホラ、妹は私と違ってしっかりしているから、この国はもう安泰だし。それでも心配だって言うんなら、アルフが妹と結婚して王様になれば良いじゃない」

「そう言う話をしてるんじゃねぇぇっ!」

「じゃあ、そう言うわけでアルフ。私のおこずかいの三分の一あげるから、それと引き換えに人間の足ちょうだい」

「はあ? ンなモンあげるわけないだろ! キミ、何この流れで人間の足なんて、手に入れようとしてんだよ? それで僕が首を縦に振るとでも思ってんの? バッカじゃないの?」

「だってこの前、私のおこずかいの三分の一で人間の足を付けてくれるって言ったじゃない。自称超天才大魔導士様のクセに、約束を違える気ぃ?」

「言ってねぇし、自称でもねぇし!」

 ああ、そうだ。メリアがどんなに人間の国で生きて行きたくとも、人間の足がなければそれは叶わない。だったら誰が人間の足などくれてやるもんか。ああ、そうだ。人間の足など絶対にやらん!

 しかし、中々首を縦に振らないアルフにもっと食い下がるかと思いきや、意外にもメリアは「じゃあ良い」とあっさりと引き下がってしまった。

「それならアルフには頼まない。別の魔法使いに頼むわ」

「別の魔法使い?」

 そんな事頼める魔法使いが他にいるのかと、アルフは首を傾げる。

 するとメリアは、これまた幸せそうに微笑みながら、その魔法使いとやらを紹介した。

「ネットで検索したら出て来たの、魚の下半身を人間の足にする事が出来る魔法使い。アルフとは違ってお金は取らないけど、その代償として人魚の声を貰うんだって」

「な、なななな何だってぇっ?」

 ちょっと待て。それ、ヤバイヤツなんじゃないのか?

「だからこれからその魔法使いのところに行って、ちょっと人間にしてもらって来るわ」

「いや! いやいやいやいや! ダメだよそれ! ダメなヤツだよ!」

「じゃあね、アルフ。この平凡な声を聞かせてあげられるのもこれで最後になるけど、平凡な声だから別に良いわよね。それじゃあ、さようなら、アルフ。寂しくなったらいつでも人間界に会いに来てねー!」

「ちょっ、ダメだってば! おい、こら待て、メリア!」

 アルフが引き止めるのも聞かず、さっさとその場を後にするメリアの後を、アルフは慌てて追い掛ける。

 困った。まさかこんな形で出て行くとは思わなかった。

「それ、結局は王子を殺せって言われるヤツだよ! 犯罪だよ! 摘発だよ!」

 結局、その魔法使いは警察に逮捕され、メリアの足は彼女のおこずかいの三分の一と引き換えに、アルフが付けてやる事になった。

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