第三十五話:トラブル
ディアルドたちが順調に旧ヒルムガルド跡地をスクラップ&スクラップし、更地と農園を作っていた時のことだ。
「ふむ、さてどうしたものか」
「どうしたんだよ、兄貴」
「土の状態が変だ。肥料を撒いて時間を進めたのだが……」
ディアルドが示しているのはある果物の種をまいた畑の一部だ。
土の色が他のと比べ多少変色しているようにルベリには見えた。
「なんだろうこれ。兄貴わかる?」
「ふーはっはっはっはァ! ……まるでわからん。なんだこれは毒か何かか??」
「なんで一回高笑いしたの!?」
「理由が無ければしてはいかんのか?」
返された言葉にルベリはそういえばそういう人だったなと思い出し諦めて土の方へと意識を戻した。
「んー、にしてもこれって何なんだろう? 他に植えたのは何ともなさそうなんだけど……これって時間進めちゃまずいよな?」
「これが悪い状況なら進めても悪い結果に結びつくだけだからな。そもそもこれが何なのかがわからない以上はやめておいた方が無難だろう」
「んー、兄貴が使ってた≪
「おお、そうだ。よく覚えていたな、偉いぞ。だがあれは便利そうに見えて少し癖のある魔法でな」
≪
大雑把な性質ならまだしも、土壌の状態というのをキチンと分析するにはある程度しっかりとした知識は必要となるだろう。
「でも、兄貴はこの間も使ってたし大丈夫じゃないの?」
「確かにある程度の知識はある。とはいえ、俺様も別に農耕に関してそこまで詳しいわけではないからな。……一応試してみるが――≪
ディアルドは半ば察してはいたものの魔法を使ってみたが、やはりというか何というか詳しい状態までは解析することが出来なかった。
「ふむ、やはり判断するには足りなかったか」
「どうするんだよ、兄貴? 農耕に詳しい人でも街で集めて来てもらう?」
「……今のまだまだ未完成な状態のベルリ領によそ者を入れたくないな。せめて、ある程度形が出来てからだな。でないと「あの新興貴族は苦労しているようだ」なんて風聞が広まって面倒になる。それなら形が出来てから呼んだ方が「思った以上にしっかりしていた。侮れない貴族なのかもしれない」と言った感じの風聞が広まる」
「……貴族って色々と考えるんだな」
「ふーはっはァ! 舐められないために色々とするのが貴族という生き物だ。このぐらい自分で判断しないといけないんだぞ、ベルリ子爵殿?」
「うっ、わかってるってば。とりあえず、外から相談役を呼べないってのはわかった。それじゃあ、どうするんだよ。なんか変な病気とか広められても困るしいっその事、その種を植えるのやめて別のにする?」
「ふーむ、まあ、それが手っ取り早いのだが……この果物の種。アルシュの実の種でな」
ディアルドは少しだけ困った顔をした。
アルシュの実というのはリンゴと桃を足したような甘い果物のことだ、糖度が高く甘味として重宝される。
「あー、アルシュの実って……」
「うむ、ファーヴニルゥの好物だな。自分では隠しているつもりだろうが」
「兄貴が作ったアルシュの実のジャム、いつも嬉しそうに食べているもんなー」
ファーヴニルゥはどうにも根が真面目なためか、そういった部分を出すところを恥ずかしがっているのか隠そうとしているものの、ディアルドが作ったアルシュの実のジャムを食べている時にはわかりやすいほどに相好を崩す。
「ん、もしかしてアルシュの実の植えたのって……」
「俺様は自らの所有物は大事にすると言っただろう? 自家栽培となれば色々と都合がいいからな」
「はー、愛されてるなー」
「はーはっはっはァ! 愛? 違うな、自らのモノを大事にする……愛とかそれ以前の問題よ。それに大事にすることを愛というのなら――ルベリ、俺様は貴様を愛しているということになるぞ?」
「おっ、おう?」
「貴様も俺様の所有物。お宝であるのは確かだ。だからこそ、大事にはするが……まあ、それはそれとしてだ。さて、俺様としてはアルシェの木を育て上げたいわけだが――どうした? 顔が赤いぞ? 俺様の顔がイケメン過ぎたか?」
「な、なんでもねーよ! まあ、それはわかったよ。じゃあ、どうするんだよ? 人を呼ぶのもダメってことは自分たちで何とかするしかないけど、その知識が足りないんだろう? というかそもそも兄貴は何で少しわかるんだよ。貴族の出でその後は王都の役所勤めだろ? 農耕の知識とか関係ないじゃん」
詳細については流石にディアルドとしても伝えてはいないものの、大雑把な経歴に関しては把握しているルベリがふと気づき尋ねてきた。
確かに彼という人間の来歴からして縁遠く、また個人的に興味を以て畑仕事などの知識を身に着けたとも思えない。
別にディアルドは農夫を馬鹿にしたり、殊更に下に見るように人種ではなかったが……それはそれとして、土いじりの仕事にあえて興味を持つタイプでもないというのはルベリも流石に察していた。
だからこそ、奇妙に思えたのだ。
「ふっ、別に畑仕事に興味があったからとかそういう意味ではない。俺様がかじった程度の知識を得たのは――ふむ、そうだった。あそこに行けば少しわかるかもしれん」
「あそこ?」
「――フレイズマル遺跡だ。俺様はそこで土壌についてのちょっとした知識を手にした」
「フレイズマル遺跡って、確かファーヴニルゥの……」
「ああ、俺様がやつを見つけた場所だ。そこを探っている時に色々と資料を見つけてな、内容をある程度精査するために一通りは読んだのだ。その時に少し詳しくなった」
「へー、でも確か兄貴が言うにはフレイズマル遺跡って古代の軍事研究所か何かだって話じゃなかったっけ? ファーヴニルゥも居たわけだし」
「うん、恐らくはそうだろうと推察しているが……どうかしたか?」
「いや、それしては土壌とかの資料があるのって変な話だなーって。美味しい食物の作り方の研究とかもやってたのかな? 軍隊ってのも結局は人だから、そういうのも確かに軍事研究の一環なのかもしれないけど、生体兵器とかいう存在のファーヴニルゥと毛色が違うなと思って」
ルベリのイメージしている軍事研究所とはいささかズレているのだろう、彼女はそんなことを言った。
軍事研究の一環として食物生産に関する研究が行われていても別におかしくはないのだが……。
「違うぞ、ルベリ」
「え」
「もっと直接的に軍事研究の一環として研究されていた資料の一部だ、土壌に関する詳細なデータはな」
ディアルドが見た資料は魔法が土壌に与える影響についての研究データだ。
ルベリは食物生産を上げる、食物を大量に作るとか栄養価の高い食物を作れるようにするなどの研究が行われていたのだと勘違いしているようだが、彼が見たのはもっと逆の目的に集められているデータだった。
「ふははっ! ……まあ、普通にぶっちゃけると敵勢力の土壌を汚染して食べ物を作れなくする魔法とか」
「ええぇ……」
「出来る食物に毒が混じるようになる魔法とか、依存性の強い中毒症状を起こす食物が出来るようになる魔法」
「うわっ」
「食った人間の性別を変える食物が出来るようになる魔法とかもあったな」
「それに何の意味が……」
「わからんか? 男でも女でもいいけど、どっちかに全員変えてしまえばその地域は終わりになるだろう? 子孫的な意味で」
「最低過ぎる!?」
「これぞ、フレイズマル遺跡で研究されていた災厄魔法の一つ――≪
「陰湿過ぎないかな?! 有効そうなのは認めるけども!」
ディアルドの言葉にルベリはそう突っ込んだ。
それに対して彼も深々と頷いた。
やりたいことはわかるのだが、常識的に考えてそれはどうなのよというレベルを踏み越えていくばかりの研究内容ばかりで、傲岸不遜を地で行くディアルドでさえ真顔になって幾つも資料の焚書を行ったものだ。
あんなのが当然のようにやったりやり返されたりで飛び交っていたかと思うと、超魔導文明であった古代アスラ文明が滅んだのにも納得しかない。
「まあ、ファーヴニルゥのことを考えればまともではない施設だったのは明らかだからな」
「……確かにな。すげー強いのはわかるけどあんな子供の兵器を創るなんて」
「ファーヴニルゥが子供の姿の理由は知っているか?」
「えっ、知らないけど。稼働時間がどうこうってファーヴニルゥが言ってたから、単純に幼いだけだと思ってたけど」
「いや、違う。ファーヴニルゥは自身から発する魔力反応を誤魔化すことが出来る。要するに普通の子供の振りが出来るということだ、それで油断させて標的の相手の懐に近づいて――それからドカンッと」
「最低だよ! 色々と! 呆れるほどに有効な手段だとは思うけどさ!」
ルベリは絶叫した。
幼く美しいあの容姿自体が、ファーヴニルゥの武器の一つという恐ろしさ。
それはそれとしてフレイズマル遺跡の研究者、開発者たちがクズであることは確定的に明らかではあった。
「まあ、そこら辺はさておいておくとして。≪
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