012:究極のレシピと至高の大聖女

「さ、残りを頑張るぞ!」


 そういうと、優男はさらに精度と速さを増して作業を進める。

 驚いちゃった、まさか本当にここまで出来るとは……。


 だってさっきまでど素人だったのに、今はプロの薬師みたいな手さばきなんだもの。

 っと、関心している場合じゃないよね。私もお手伝いしなきゃ!


 えっと、包丁を出しておこう。そして……うん、その石の上がいいかな。そこで抽出する切れ込みを入れて置こう。

 包丁をくわえて……っと、うわ?! 危ない! 口で刃物とか持った事無いから滑っちゃうじゃない。


 落ち着いて切れ込みを三ついれてっと。うん、いい感じに毒が染み出している。

 これを優男が見れば、切れ込みの入れ方も分かるし、後はそれを鍋に入れるだけかな。


「――ッ!? なに、これもふ、もお?」


 優男が迷わないように次の見本を作り終えた直後、いいようのない突き刺さる視線を感じる。


 思わず周囲を見渡すけど、そこには鬱蒼うっそうとしげった森があり、その奥のどこからか見られていると感じた。

 それを理解した瞬間、一気に冷や汗が全身から吹き出てしまう。


 間違いない。確実に今の私たちを捕食できるナニカ・・・・・・・・だと確信した。


 まずいよ、大聖女の力を使えれば対抗もできると思うけど、ここまで圧倒的な存在は、今は確実に勝てる気がしない。


 しかもこの雰囲気は最上位……いえ、それ以上の力を持つ獣系の魔物の雰囲気だ。


 今にも茂みから一足飛びに襲ってきそうな雰囲気と、四足獣特有の狩り場の熱量が、人間だった頃の戦闘経験から〝今すぐ逃げ出せ〟と強烈に心が騒ぎ立てる。


 やめて、私は美味しくないんだよ? ほら、ガリガリの牛ちゃんなの。

 だからお願い、慈愛の女神様たーすーけーてー!!


 恐怖に震えいると優男も炙り作業が終わったらしく、石の上にある包丁と処理済みのピンテール茸に気がつく。


「まさかこれもキミが? ちょ、ちょっと待って。えっと〝鑑定〟で見ると……うん、すごい。鑑定のやり方よりずっと綺麗だよ!」


 優男がのんきな事を言っているけど、今はそれどころじゃない。

 それが気がついたのか、優男が心配そうに話しかける。


「一体どうしたんだい、そんなに震えて?」


 もぅ、鈍感なんだから! こんなに危ない雰囲気を出す魔物が森にいるってのに。


「……森を見ているのかいアネモネ? ……なにも居ないようだけど?」

静かにしてもふううう……消え、たもむ、ぅ?」


 優男が私と同じ場所を見た瞬間、絶対的な捕食者の雰囲気が文字通り霧散した。あれは一体……。


「よく分からないけど、キミは何かを感じたんだね? でも何もなさそうだから、このまま作業を続けるよ?」


 その言葉に不本意ながらも「もむぅ」と返事をしながら、圧倒的な存在がいたであろう場所を、凝視することしか出来ない。


 呆然と森を眺めてしばらくすると、優男が嬉しそうに喜ぶ。


「わぁ、すごく早く溜まったね。これもアネモネのおかげだよ、ありがとう」


 頭を切り替えてアネモネ。もうあの強大な存在はいないんだから、今は愚民たちを救う事に意識を集中しなくちゃ。


 そう言い聞かせながら、優男の一連の処理の速さに驚く。

 もう教えることが無いほどに、ピンテール茸から毒素を完璧に抽出しちゃったよ。本当に何者なのかな?


「あとはここに埋めてっと」


 そう言いながら毒素がなくなったピンテール茸を鍋から取り出し、土に埋める。

 これは他の動物が食べないように、この処理は絶対に必須な作業なの。

 それを完璧にこなしてしまった優男に、よく分かんないけど心が不思議な感覚になった。


 先程までの泥臭い、ひたむきな努力をしたかと思えば、天才的な包丁さばきに思わずみとれてしまう。

 しかも動物にまで配慮をする優しさに、なぜか思わず「ありがとうもおおおん」と口からこぼれてしまう。なにを言ってるのかな私?


「あとはこれを火にかけて、と。それで混ぜればいいんだったかな」


 随分と便利な鑑定能力だと思いながら、その様子を静かに見守る。それ、実は鑑定って能力じゃなくて、レシピ集では?


 そう思えるほどに、優男の鍋をかき混ぜる速さがデタラメだった。

 あれでは良質の毒素が結晶化せず、毒が抜けきれない使えないものとなちゃうし、こんなの使ったらオウレンジ病以前に、天国へ毒薬を抱いて行く羽目になちゃうじゃない。


 あんた、愚民の村を滅ぼす気なの?

 もう、しかたないわね!


ほらもふこの速さで右に混ぜるのもううううううううむちゃんと足の動きを見てねむもおおおおおんぅも~?」

「うわ、びっくりしたな。突然頭をつつかないでよ、危ないじゃないか? って、ん? まさかその足の動きは……ッ!? そうか、混ぜ方のコツなんだね?」

そうそうもうもうだからやってみなさいよもおおおおおおお

「五秒かけて鍋を一周すればいいんだね? わかった、やってみるよ!」


 意外と。いや、本当にのみこみの良い優男の手の動きに関心していると、やがて煮詰まり弱毒化した、ピンテール茸の毒液の結晶が出来上がった。

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