3章 心の内は隠します
手を繋げたので・・・ね?
「ふう」
目線を少し本から離し、窓の方に目を向けると、ちょうど気持ち良い風が吹いてきた。髪の毛を耳にかけるとカラリと晴れた空に思わずため息が出てしまった。
(いけない。溜息を吐くと幸せが逃げて行くと、ばあやが言っていたわね)
私は小さく口をあけ、今出た溜息を食べるように吸い込んで、コクンと飲み込んだ。
(こんな事をしても意味はないかもしれないけれど、でも)
ランハート様と婚約をしてもう半年が経った。ランハート様は忙しく過ごされているのに、時間を見つけてはカフェや美術館に誘ってくれる。
『ソフィー嬢、新しいカフェが出来たと聞きました。一緒に出掛けませんか?』
『ソフィー嬢、近代画の展覧会があるそうです。栞や、刺繍の勉強も良いですが、息抜きにどうでしょうか?よろしければ一緒に出掛けましょう』
そう言って、手紙を贈ってくれる、優しくて、かっこよくて、完璧紳士なランハート様。
ランハート様と結婚後、私はS・クラン社の副社長になる事も決まっている。その為、広告、会計の他に商品の仕入れ先の事や、経営の勉強もしている。勿論、社交も大切な事から、母様や叔母様に連れられてお茶会には頻繁に出かける事も多くなった。
新しい流行や、広告はお茶会が役に立つことも多い。
最近はランハート様にすり寄る人も増えてきた。只でさえ素敵なランハート様なのに、流行に敏感で、お洒落なランハート様はどんどん格好良くなっていっている。
これ以上素敵になってしまったら、私は横に立つのが恥ずかしくなってしまうと、私も、お茶会で流行のドレスや化粧、髪型等を聞き、新しい商品の開発とと自分自身の為に参考にさせて頂いている。
そう日々を過ごしていく中で、私は少しだけ不満というか物足りないというものがあった。
ランハート様はデートの時や手紙の時には必ず私を褒めてくれるし、デートの終わりには、私の髪にキスをくれる。
『ソフィー嬢、楽しいひと時でした』
『貴女と過ごせて幸せです』
『またすぐにお会いしましょう、手紙を書きます』
(ふおおおおおお!!!ランハート様の声を思い出しただけで鼻血が出そうになったわ!!)
ゆっくりと鼻を押さえ、息を整えると、頬が少し赤くなってしまった為か熱くなっている気がした。
私の完璧な婚約者は優しくて、両親も私達の事に理解があり暖かく見守ってくれている。
恵まれているわ。
そう、分かっているけど、でも、やっぱりもうちょっと欲張りになってしまうの。
何を?何をって、それは、その、ほら・・・。
・・・。
ランハート様は真面目で優しい。
とても紳士で素敵。
だからこそ、その、あの、こう、小説に出てくるような、殿方からのこう、熱い抱擁等はない。
破廉恥かしら?抱きしめて欲しいとか、ランハート様に触りたいとか思ってしまう。
最近、ようやく手を繋げたのに、手を繋げたら、今度はもっと触れ合いたいと望んでしまう。こんな気持ちは、はしたないとも分かっている。だけれど、ランハート様の髪にも、頬にも触れたいと思ってしまう。
私がこんな事を思っているなんてランハート様に知られたら「え。ソフィー嬢。そんな事を思ってるんですか?ちょっと、引きます」なんて思われてしまうかしら。
絶対知られててはいけないわ。内緒にしなくては。
要するに、手を繋いだ先のこと。私はキスがしたい。
簡単に言うと、そう言う事なのだ。愛を確かめあいたい、とか、言い訳はいいとして。とにかく私がランハート様とキスがしたいのだ。
でも、女性からそんな事、言えるはずもない。
ランハート様は私を優しく、大切にしてくれている。だからきっと、ランハート様も無理にしてくることはない。
はああ・・・。分かっていても、恋愛小説を読むと、そこら中にキスの表現がある。私はランハート様と婚約をしてから恋愛小説をよく読むようになった。すると、恋人同士はキスをする。
別れの場面でも、気持ちが通じ合った場面でも、デートの場面でも、そこかしこに皆がキスをしている。ちゅっちゅっちゅと。ちゅーーーっと。ぶちゅーーーっと。
キスをするにはどうしたらいいのかしら?
考えて、考えた末に私が出した答え。一番大切なのはムードだと思った。
(やっぱり、ムードは大切よ。では、今度の我が家でのパーティーの後に夜、庭で星を二人で見るのはどうかしら。うーん、夜の庭はハードルが高いかしらね。じゃあ、昼の観劇でロマンティックな物を観て、それから夕日でも見に行くのはどうかしら。あ、でもお付きの者はどうしたらいいのかしら)
私は首を傾げて、考えるがいい作戦が思いつかない。
「どうしたらいいかしら」
思わず声が出ると、近くに座っているクラスメイトの令嬢達が顔を上げて話し掛けてきた。
「ソフィー様。何かお悩みでしょうか?」
「私達でよければ相談にのりますわ」
「なんでもよろしいですわよ?」
キラキラした目で私を見つめる令嬢方。最近、こうやって多くの令嬢が話し掛けてくれる。そして、名前呼びが出来る程に親しくなる方も増えていた。これもランハート様のおかげだと思う。
「有難うございます。イザベラ様、リリアン様、ジャスミン様。実は、ランハート様に喜んで頂けるデートの事を考えていましたの。いつもランハート様にカフェや美術館に連れて行って頂くのですけれど」
「まああ!!!素敵ですわ!!」
「ええ!喜ぶなら何かしら?」
「ソフィー様がご一緒ならどこでも嬉しいに決まっているのではなくて?」
「ええ、そうね、でも、ソフィー様が考えたと言うのが大切ではないかしら?素敵なデートコースが何かあって?」
「ソフィー様が考えたってだけで素敵なのでは?」
「ええ。それは間違いないわ」
うんうん、と頷き。楽しそうに話す令嬢方に私は質問してみた。
「あの、よろしければ貴女達が行かれたデートコースを教えて頂いて宜しいかしら?参考にさせて頂きたいの」
「え。私達にですか?私の婚約者とは領地で会います。我が家の屋敷の裏にある湖の方へピクニックに出掛けたり、婚約者の領地の海辺を散歩する事が多いですわね。普段は手紙のやりとりをしていますわ」
「私は落ち着いたカフェや、レストランに行く事が多いですわ。年上の婚約者は騒がしい事が嫌いた方なのです。そして私が甘い物が好きなので、私達は主に食べるばかりのデートですわ」
「私の婚約者は同い年で共に文官を目指しています。なのでデートと言っていいのか分かりませんが、図書館で共に勉強する事が多いでしょうか。寮までの行き帰りにお気に入りの焼き菓子を買って、ベンチに座っておしゃべりをしながら焼き菓子を摘まんだりしますわ」
三人とも顔を赤らめながらも答えてくれ、私は胸を押さえた。
なんて素敵なのかしら。
それぞれの趣味に合わせたとても素敵な語らいだわ。
「皆様、とても素敵ですわ。私、それぞれの愛を感じますわ」
胸を抑えて微笑むと、令嬢方は「「「はう」」」と言って口元を押さえてしまった。
「海辺はここからは遠いですが、ピクニックはいいですわね。共に何か食べる事は楽しいですもの。図書館や静かな場所も落ち着いていいですわ。二人でおしゃべりって、なんて素敵なのかしら。参考にさせて頂きますわね」
私は令嬢方に礼を言うと、予鈴が鳴る前に、ノートにメモを取った。
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