第55話 リーフ探し10――情報屋
何度目かの、深夜の散歩。
王都にまでは疫病は届いていないが、いちおう警戒して出歩くのはやめておいた方がいいだろう。しかしシエラは妙に目が冴えてしまって、眠れなくなったので昼間と違って
「一人だと危ないよ」
「誰⁉︎」
誰もいない、みんなが眠りについて静かな空間に突如自分以外の声が聞こえてシエラは勢いよく振り返った。
「お兄ちゃんだよ」
「クウェルさん!」
まったく気配がなかったので正直暗殺者の類いかと疑ってしまったが、そこにいたのはクウェルだった。
自称商人、本当は情報屋をやっているらしいが、この前話をしていたときはいつのまにかいなくなっていたので、もしかしたらクウェルは気配を消すのが得意なのかもしれない。
「シエラちゃんにいいことを教えてあげよう」
「いいこと? もしかしてクウェルさんは月の女神についてなにか知っているんですか?」
クウェルは情報屋だ。前回もシエラたちの状況を把握していたので、今回もきっと困っているシエラたちを見かねて声をかけてくれたのだろう。シエラはそう思った。
「もちろんだよ。月の女神。それはとうの昔に忘れ去られた女神。本来いたはずの七人目の女神。今もこの女神の存在を知り、信仰するのは魔術師の家系の人間だけ」
「魔術師? そんな人が現在にもいるんですか?」
クウェルの言葉にシエラは首を傾げる。
魔術師というのは魔女と同じようなものだ。魔女は魔術を使う女性を表すことが、魔術師は女性でも男性でも魔術が使える人全般を指す言葉、のはずだ。
「魔術のようなポーションを作るご老人がいると聞いたことがあるけれど」
「……もしかしてヴィークさんのことでしょうか」
たしかにヴィークの作る回復ポーションはどれも一級品だ。実は魔術を使って作っていますと言われても不思議でないくらいには。
それにヴィークは神獣の存在を知っていた。昔いたとされると伝えられてるいる神獣に祈りを捧げる姿を思い出す。
神獣とは女神の使い魔のようなもの。それはルル本人から聞いたことだ。その神獣のことを知っていて、信仰している。ヴィークが魔術師の家系である可能性はゼロとは言いきれない。
「……ありがとうございます。これで次に向かうべき場所がわかった気がします」
「そう? シエラちゃんの役に立てたならよかった。お兄ちゃんも陰ながら応援してるからね」
「ありがとうございます! けどお兄ちゃんってどういう意味ですか……?」
シエラは訝しげにクウェルに尋ねた。なぜかクウェルが先程から当たり前のように自身のことをシエラの兄のように話をするのが気にかかる。
実際のところ、シエラに兄弟などはいない。それは施設の職員が教えてくれたことだから間違いない。だからシエラとクウェルが本当は血が繋がっている……なんて話はありえない。
「お兄ちゃんっていうのは妹や弟の兄のことだよ」
「あっ、言葉の意味自体は知ってます」
「ふふ、じゃあね。シエラちゃん」
「え、ちょっと!」
シエラの求めていた問いには答えず、手をひらひらとさせてクウェルは闇に消えた。
クウェルのあとを追って路地裏を覗き込むが、そこにはもう誰もいない。またもや瞬く間にどこかに逃げられてしまった。
「魔術師、かぁ」
クウェルからヒントを得て、ヴィークの元へ向かうべきだと思った。女神や神獣がいるのだから、魔術師だっていてもおかしくない。
本当にヴィークが魔術師であるかはわからないが、そういう知り合いがいてもおかしくなさそうだし、シエラも知らない新しい情報をなにかしら教えてくれるかもしれない。
困っているとき、一人でどうしようもないときはちゃんと人に頼らなければ。人生とは互いに助け合っていくものだ。
「もう寝よう」
シエラはつぶやくとベッドに戻った。
最近は進展がなくて少し心の中で焦っていたのかもしれない。進展できるかはわからないが次の目的地が決まったことでシエラは安堵して、ゆっくり眠ることができた。
「と、いうわけでヴィークさんのところに向かおうと思います」
「そう……」
向かいの席で朝食をとるカルロに声をかけると、少し困った顔でそう返事された。
「なにか問題でもありましたか?」
「いや、ヴィークさんのところに向かうのはいいんだけど……またあの男と会ったの?」
「え? はい。散歩していたら急に声をかけられて……それで月の女神についての情報を教えてくれたんです」
「そう。なんで彼が月の女神に詳しいのかとか色々気になるけど……シエラ、あんまり夜中に一人で出歩いちゃ駄目だよ。いくら王都にまではきていないとはいえ、今は疫病が流行っているんだ。厄災なら対策のしようもないとはいえ、警戒するに越したことはないんだから」
「す、すみません」
軽いお叱りを受けて、朝食を食べ終わる。
次にヴィークのところに向かうのであればルルにも話をしなければならない。シエラたちは店を出ると王都を発った。
ルルに事情を説明して、ヴィークの住む森まで一っ飛びしてもらう。
びゅんびゅんと風を切りながらルルは口を開いた。
「魔女、魔術師。盲点だった。たしかに月の女神を信仰していたのは月明かりから魔力を受け取り、魔術を使う人間が多かった。そうか、今は魔術師もあまりいないのか」
「少なくとも私は見たことないですね」
「オレもだよ」
ルルの知ってる世界と、シエラたちの知ってる世界は絶妙にずれているときがある。それはシエラたちは今を生きる人類なので過去のことは言い伝えや文献などでしか知ることができないが、長寿のルルはシエラたちが生まれるよりももっと昔から生きているのでその時代の普通が今の普通だと時折勘違いしてしまうようだ。
「ヴィークとやらは上空から少し見かけた程度だが……魔術師だといいな」
「そうですね。もしそうだったら月のリーフについてなにか知っているかもしれません」
「なにか知っていてほしい、っていう願望の方が強いけどね」
カルロの言葉で文献を漁る日々を思い出しいて苦笑した。
たしかにいくら本を読むのが好きでも、あれだけ同じようなことしか書いていない文献をひたすら読むのはもうごめんだ。
ヴィークがなにかしら、ヒントになる程度でもいいからなにかの情報を持っていることを信じて、今は空を飛ぶしかなかった。
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