第15話 失敗勇者と地獄の大総裁
置いて行かれました。
シクラ様の遠征の準備をしていたのに、いつまで経っても戻っておいでにならないので確認したら……既に出立されたなんて意味が分からないです。
急いで準備したものを持って追いかけようとしたのですが、カトレアに止められてしまいました。
ヒューズ様がわざと私に付いて行かせない為に準備をさせて、練兵場から直接遠征に向かわせてしまわれたなんてどんな嫌がらせですか!
ヒューズ様曰く、私がついて行くと冒険者とかの野営などが実感出来ずに終わる可能性があったからとの事ですが、私だって元々は勇者様の従者として旅に行ってたのでそんなことは無いはずです。
はぁ、シクラ様早く戻ってきてください……普通の侍女の仕事はつまらないですから。
by アイリス
黄金に輝く毛並み、人を簡単に踏みつぶせそうな隆起した筋肉の付いた足、そして何物も噛み砕けそうな巨大な牙の生えた口元。
そして、とてつもない圧力を放つ巨大な獅子の姿をした悪魔が、俺達を眺めている。
白虎を一瞥した後、視線を俺に向けたまま悠然と立ち止まった。
白虎の皆は俺を囲みながら陣形を組み、先頭に立つトラオウさんは剣を握りしめ相手の出方を伺っている。
ミモザさんは腰を少し落とし両手で剣を構えており、ハルさんは片手に剣を持ち剣を持つ手をだらりと垂れ下げている。
アルルさんは先ほどまでは使用していなかった白銀の杖を手に持ち、獅子に向けて構えている。
俺は剣を構えていない。
なぜだかわからないが、剣を構える必要が無い気がして持つ気にならなかったのだが、白虎の人達は特に何も言わなかった。
「グルルルルルル」
獅子が唸ると緊張感はさらに高まったようで、皆は各々の武器を構えなおす。
こちらの様子を見ていたが、こちらが動かない事が不思議なのか首を傾け様子を見ている様だった。
「グルルルルルル」
再度獅子は唸るが、何がしたいのかわからない。
ただ視線はこの中で一番強いトラオウさんではなく俺に向けられている。
何か俺に用があるのかもしれない。
「っち。まずいな、一切隙が無い。このままにらみ合いを続けているとこちらが持たなくなりそうだ」
「でも不用意に近づく事も出来ないわ。恐らく前回の悪魔よりもかなり強い……恐らく爵位持ちの悪魔でしょうね」
二人が話しているのを聞いた獅子は、何かに気が付いたのか口を開ける。
皆は攻撃が来ると思い体を硬くさせ、迎え撃つ準備をするが。
「グルル……人語で話すのを忘れていた。許せ」
獅子が急に人の言葉を喋りだした。
獅子がしゃべったぞ、凄いな悪魔。
声帯が合わないだろうになぜ喋れるのかわからないけど、喋る動物とかロマンがあるよね。
しかも凄く渋い声で、とても悪魔っぽくていい声だ。
「高位の悪魔と思うが、あんたは何者だ」
「我が名はマウシル。我らが王に使える大総裁だ」
トラオウは心の中で舌打ちをした。
大総裁だと!?下手な爵位持ちより厄介な相手じゃねぇか。
しかもテンプレ悪魔の見た目ではなく、本来の姿をこの世界で晒してやがる。
中級――もしくは上級悪魔の可能性が高い。
……周りは魔族に囲まれているのかもしれないな。
「その大総裁様がこんなところに何の用だ」
「……ふむ。お前らは遺跡の悪魔をを倒した者達か。そして先の戦争で活躍した者か……なるほど。そして、その後ろの勇者を何としてでも逃がそうとしているのか」
「っな! なぜ俺の考えていることがわかる」
「そこの勇者が考えている通り、此度は我は争いに来たわけではない。」
マウシルと名乗った悪魔は、トラオウさんの質問を無視して話していく。
「異常あれば調べるのは道理であろう、その原因も勇者とは思っては居なかったがな。しかし、なぜ勇者が現れたかわからぬ……未だ我が王は降臨されておらぬと言うのに」
俺の存在をどこかで感知でもして、それが何か調べに来たのか。
まあそうだよね、勇者が召喚されるのって魔王が現れた時か、大戦争が起きるような時だけだからな。
今回はそんな様子も無いのに、勇者としての俺がいて向こうも困惑しているわけか……さっきトラオウさんの思考を読んでなかったっけ?
あれ? それなら、俺の思考を読めば事足りると思うんだけど……もしかして俺勇者の思考は読めないのか。
「ふむ、勇者が在る事が確認できたのは重畳。異常の原因がわかれば他の者達も納得しよう」
とりあえず今回は調査の為に来ただけのようだし、このまま立ち去ってくれれば訓練の続きが出来るのかな――いや無理か。
「では、我は去るとしよう」
あ、やっぱりそのまま帰ってくるのか。
トラオウさん達は警戒を解いていないけど、この悪魔は初めから自分は戦いに来たわけじゃないって言ってたし、俺が居た結果がわかれば良かったみたいだね。
「勇者よ、つまらないものではあるがこれと遊んで行ってくれたまえ」
マウシルが来た道戻っていくが、マウシルの後ろには一人……悪魔が立っていた。
金髪の髪に二本の捻じれた角が生えており、顔は整っているのにその浅黒く怖気がする顔つきに、不気味な雰囲気を漂わせている。
体格はトラオウさんと同等の巨漢だが、細身で見た目は細マッチョに見え、見た感じそこまで強そうには見えないけど、白虎の皆を見る限りかなりの強敵のようだ。
悪魔は動く様子はないが、こちらを見据えて何かを待っている様だ。
流石に俺も剣を抜き、トラオウさん達の邪魔にならないよう剣を構え悪魔を待ち受ける。
「さっきのよりはかなりましだが、こいつは遺跡の悪魔と同等位の悪魔だろうな。だが、この程度の相手なら過去に幾度も勝って来た! いつも通りにいくぞ! 」
「あんたは私の後ろに隠れてなさい」
「はぁ……こんな事なら荷物を装備をあいつに預けてくるんじゃなかったな」
「ハルも五月蠅い! 過ぎたことをグダグダ言うんじゃないわよ!」
トラオウさんの激に、三人は頷き各々間隔をあけて配置に付く。
俺はアルルさんに引っ張られて、後ろに下がらされる。
トラオウさんを先頭に、少し後方にミモザさん。
少し距離を離し弓を番えたハルさんに守られるように、その後方にアルルさん。
ハルさんの言葉から考えると、今の白虎の装備はこういった強敵相手の装備ではないみたい。
この森は難易度がそれ程高いとは言われていないし、強力な武器を持つより普通の武器の予備を持っていた方が良さそうだしね。
そう言った強力な武具とかって維持費とか手入れにお金かかりそうだし。
「ボウズは自分の身を守ることだけを考えておけ。こいつの相手は俺達でやる。なに、この程度ボウズの力を借りるまでもないさ」
「そろそろ準備は出来たか。ククククク、さあ楽しもう」
悪魔の髪が揺れたと思ったら、キンっと音がして悪魔の爪とトラオウさんの剣が火花を散らす。
目にも留まらぬ速さとは正にこの事だろう。
悪魔が右手の爪を上段から振るえば、トラオウさんは下段から切り上げ、トラオウさんが横ぶりに剣を振れば、悪魔は飛びずさり距離をとる。
初撃は見えなかったけど、二撃目、三撃目と打ち合いを見ていると目が慣れてきたのか、二人の攻防が見えるようになってきた。
悪魔は右手の爪が剣の様な長さになっていて、トラオウさんと打ち合っているが、不思議な事に左手は使わないで戦っている。
そこに何か意味があるのかは俺ではわからないけど、トラオウさん以外の人がまだ全く動いていない事から、悪魔の実力はこの程度ではないと言う事がわかる。
何合が打ち合って、二人が距離をとる。
お互いに様子見の様な感じだったのか、見た感じ疲労感はなさそうだ。
「フフフ、流石ですね。では、もう少し強くいきますよ」
「っち。流石にこの装備じゃ辛いか……」
余裕のある悪魔に対して、トラオウさんの方は焦りが見える。
トラオウさんは、力を増した魔族の攻防に押され始めていた。
先程まで均衡を保っていた打ち合いは、今の状況を見るに魔族が楽しむ為に力を抜いて戦っていた証拠だが、それでも普通の人では反応すら出来ないほどの速さだった。
トラオウさんは、魔族の攻撃をいなすのがやっとで攻撃に転じることが出来ていない。
……だけど、未だ他のメンバーはなぜ動かないのだろうか。
「トラオウさんの援護をしなくてもいいんですか」
「未だ早いな。あの程度では魔族は未だ本気を出していないし、こちらの様子を見ながら戦える余裕もある。よく見てみろ、トラオウも流石に少し厳しくなって来てはいるが、未だかすり傷なしだぞ。魔族は楽しむ為に戦うやつが多いから、満足するまで戦わせれば退散するから、下手にこちらから攻撃を仕掛けると魔法も遠距離攻撃もしてきて厄介なんだよ。魔族の奴が片手の爪で戦っているだろ、あれは相手が剣一本しか持っていないからだ。相手に合わせて遊んでいるんだよ」
なるほど、さっきから疑問だった片手で戦っている理由は遊んでいるからか。
でも、遊んでいるなら今のうちに全力で仕掛けてしとめたほうが良い気がするんだけどな。
「なんで一気に仕留めたりしないんです。全員で一気に掛かれば相手も隙が出来て倒せる気がするんですけど」
「勇者ならともかく、冒険者では……無理よ。魔族は特に理由がないとき以外全力を出さないことが多いの。前回私が腕を失ったような、何かを守るような場合は始めから全力で来るわ。でも基本的には全力ではこないの、なぜだかわからないんだけどね」
なんだろう――何か引っかかるけどよくわからんな。
とりあえずは、魔族を満足させる戦いをすれば相手は帰るから、それまで持ちこたえたら勝ちって感じなのか。
あれこれ話している間も、トラオウさんと魔族の戦いは続いている。
トラオウさんは魔族の速さに何とか付いて行っているが、速さは魔族のほうが上の為防戦一方で白い毛並みに少しずつ赤い筋が増えていっている。
魔族は口角を上げ楽しそうに切りかかっているが……本当に、相手を殺さないように戦っているように見える。
ひときわ大きい剣戟の音が響き、二人は距離をとる。
「いえやはや、なかなかお強い。勇者以外でこれほど戦える人はいつ振りでしょうか……惜しくらむはあなた方が本来の装備でない事と――此度の私はやることがあるのです。そろそろ退場していただきましょうか」
魔族を中心に嵐のような風が巻き起こり、俺も含めみんな数メートルほど飛ばされた。
今までは本当に遊びだったというかの様に、魔族からはとんでもない圧力を感じる。
「みんな大丈夫か!」
「ええ、私は大丈夫よ」
「ああ、なんとかな」
「いてて、大丈夫です」
俺以外の三人も返事をしたが、一人返事が返ってこない。
俺は周りを見渡し返事のないアルルさんを探すと、洞窟のある岩山の側でアルルさんは倒れていた。
「アルルさん、大丈夫ですか!アルルさん! 」
直ぐに駆け寄り怪我などしていないか確認するも、見た感じどこからも出血等はしていない様だ。
念のため、首に手を当てて脈を確認するが特に問題なさそうだ。
恐らく飛ばされたときに岩山にぶつかった衝撃で、気を失ってしまったのだろう。
「怪我は無いようですけど気を失ってるみたいです!」
「最悪だ! ボウズ、アルルを頼む」
俺は頷いてアルルさんを抱き上げ、荷物を突っ込んだ洞窟にアルルさんを避難させた。
「おやおや、既に一人脱落ですか。まあ、一番危ない方でしたから私に運がありましたね。さて――後三人にもさっさと脱落して頂きましょうかね」
魔族は先ほどと違い、一気に攻勢に出てきた。
トラオウさんに右手爪で切りかかり、鍔迫り合いになった瞬間に左手で鳩尾に強烈な一撃を決め、トラオウさんは数メートル飛ばされて意識を失ってしまう。
「ククク、これで後二人」
「トラオウ! 許さないわ! 」
「ミモザ待て! 」
ミモザさんが小太刀の様な二刀の剣で悪魔に切りかかるが、悪魔は両手爪を器用に使い剣を爪で挟んでミモザさんの勢いをそのまま利用して地面に叩きつける。
「あぅ!」
「さて、これであと一人になりま……っち、邪魔を」
地面に倒れ伏したミモザさんに、悪魔は止めを刺そうと爪を振り下ろすが、ハルさんが弓撃ち牽制をして魔族が距離をとる。
ミモザさんはかろうじて意識はあるようだけど、立ち上がるには少し時間が掛かりそうだ。
「ミモザ下がってろ。悪魔野郎俺が相手だ、かかってきやがれ! 」
「仕方がありませんね。しかしあなたで最後です、さっさと終わらせて本来の仕事をしなくてはいけませんね」
悪魔は見え透いた挑発だとわかっていたが、当分動けないミモザさんは放っておいて、残りのハルさんを仕留めることに決めたようだ。
そして――その後は俺と戦う事は確定事項のようだ。
「これでもくらっとけ! 」
ハルさんが連射で打つが、悪魔はひょいひょいっという感じで軽々避けていき、ハルさんとの間合いを段々と詰めていく。
「っち! 」
ハルさんが弓から剣に持ち替え、悪魔を待ち受ける。
「それではあなたにも眠って頂きますかね」
悪魔はハルさんに両爪での連撃を繰り出していくが、ハルさんは巧みに躱し、時には受け流しながら戦っている。
反撃は出来ていない様だが、相手の攻撃にも当たらず平行線のように見えるが――徐々にハルさんが押されていく。
人間と悪魔ではそもそもの力や体力に格段に違いがあるため、避けるだけでもかなりの体力を消耗しているようで、ハルさんは物凄い量の汗をかいている。
「ほぅ、あなたもかなりの実力ですね。ですが、そろそろですかね――眠りなさい」
悪魔が爪で剣を絡め捕り、がら空きになったがハルさんに蹴りを入れて沈める。
「くっそ……が……」
ハルさんが何とか起き上がろうとしていたが、程なく意識を失って動かなくなる。
「これで本来の仕事に戻れますね。さて勇者、マウシル様が配下のティクスがあなたの実力を測らせていただきます。準備はよろしいでしょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます