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 ――生家の、隣家のお爺さんは、小和と同じ病で亡くなった。


 小和が病にかかる、二週間前のことだった。体力のないものは気を付けなければいけないと、村の大人たちが深刻な声で話していた。


 小和がい出した村の墓地には、そこに埋められて、帰らなかった人たちの墓が、幾つも並んでいた。


 私だけ、生き返ってしまった。


 それが、りくのもとで看病されているうちに、小和に湧いてきた実感だった。

 あの墓場から這い出して。真っ暗な夜の中、人気もなく、さみしく並ぶ墓標を見て。その光景が、温かい場所で看病されていると、強く思い起こされた。


 隣家のおじさんとおばさんは、葬儀の際にずっと涙を流していた。

 私だけ。

 温かい場所で、温かい人に、優しくしてもらって。


 だから、りくのところで養生しているうちに、小和の故郷が廃村になったこと、家族はすでに村を出ていて行方ゆくえが知れず、二度と会えないだろうことをりくから聞かされても、小和はただ、そうですか、と答えただけだった。寂しくて悲しかったし、母や父や、兄姉たちに申し訳なく思う夜もあったが、そんな我が儘は許されないと、唇を噛んで堪えた。


 生き返っただけで奇跡なのに。

 りくは優しく、山も、山のものたちも、小和と親しくしてくれるのに。


 おかみさんには、本当の娘のように大事にされた。姉さんたちからは、妹のように可愛がられた。本が読みたいと、つい言ってしまった我が儘さえも、何でもないことのように許された。


 だからもう、これ以上は。

 何かを望むのは、生き返らせてもらった恩に、値しない。


 山の中腹に差し掛かる。葉の枯れ落ちた木々の向こう、学校の校舎が見えた。正門から脇道へと回り込み、校舎から学生寮に続く道へと駆け抜け、砂とこいしを固めた、なんの変哲もなく見える石を右に折れる。この石は本来、この村からりくのところへ、最短で繋がる道の目印のために置かれていた。学校が建つときに、たまたま学生寮と校舎を繋げる道に接したが、元々は村外れの、小さなほこらの奥にあったという。祠は、今は町のほうに移されていた。


 ほんの少し行っただけで日が陰り、枯れ木立と常緑に囲まれて鬱蒼うっそうとした獣道に、濃い霧が漂っている。藪の合間に山茶花さざんかがちらほらと見え、色褪せた落葉の中には、鹿や猪が根を掘り返した跡があった。小和は疲れ始めた脚を叱咤しったしながら、早足で駆けていく。止まったら走り出せないかも知れないと思った。やがて、大きな杉の林が見え、それを過ぎると、瀑布ばくふの音とともに、小さなあばら家が現れる。


 ここに逃げてくるなんて、御堂にも見透かされていることだろう。

 けれど、小和が逃げられるところなど、ここ以外にない。


 小和が小屋に駆け寄ると、ちょうど、入り口がカタンと開いた。

 りくが顔を出す。


 いつもの、草臥くたびれた藍色の袴姿。山暮らしとは思えないほど色白で、昔話に出てくる、月の人のような――


 彼は、まるで小和が来ることを見通していたように、真っ直ぐに小和を見て、

「いらっしゃい、小和さん」

 そう、ふわりと微笑んだ。





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