第11話 二人は温泉にハマってます

 夕方十七半の時になり僕は二人を起こしに向かった。離れに入り、部屋の前で声をかける。


「ハルです、お二人とも起きてますか?」


 すると中から引き戸が開いてメイビー嬢が現れた。その顔はほんのりと赤くなっていて、肌がスベスベツルツルになっている。


「ハル! 凄いんですの! 見て! このお肌、そしてこの髪! 今までにこんなにお肌がスベスベツルツルになった事もないし、髪がこんなにツヤツヤサラサラになった事もないですわっ!!」


 興奮したようにまくし立てて、僕に二の腕を見せてくるメイビー嬢に落ち着くようにドウドウと僕は言う。


「まあ! 私は馬じゃありませんわ!」


 ちょっとだけ頬を膨らませてムッとするメイビー嬢が可愛らしい。その時部屋の座卓が僕に話しかけてきた。


『もう大変だったぞ。二人でキャアキャアと騒いでな…… 私はその話を聞かなくてはならないから、非常に疲れたよ……』


 続いて二つあるうちの一つの座椅子が、


『本当に何であんなに騒ぐのかしらねぇ。頭が痛くなっちゃったわよ! オマケに私の方に座ってる娘はお尻が大きいし、重たいし……』


 何て言い出す始末…… うん、マリアさんのお尻については聞かなかった事にしようと思う。

 で、そのマリアさんはというと、座卓の上に置かれている鏡を見ながらニマニマされていたよ。うん、ご機嫌がよろしいようで何よりです。鏡はちょっとウンザリしてるようだけどね。何て言ったかはご想像にお任せします。


「ずっと起きていたんですか?」


 僕は二人に向かってそう尋ねてみた。


「ううん、十六の時までは私もマリア姉さんも寝ていたのよ」

 

 直ぐにそう返答をしたメイビー嬢に続いて、マリアさんが


「私もメイビーもハルに清潔をかけて貰っていたけど、どうしてもお風呂に入りたくなってしまって、それで二人で温泉に入ったの」


 そう教えてくれた。


「そうなんですね。お二人とも気に入ってくれたようで何よりです。それじゃ、そろそろダイニングに移動しましょう。夕食の準備が出来てる筈です」


 十八の時より前に食事の準備は終わっている筈だから僕は二人を促してダイニングに向かった。

 ちょうど仲居さんたちが準備を終えていたところだったよ。


「お待たせしました、どうぞお食事をお楽しみ下さいませ」


 仲居さんたちが出ていった後には前世でいうところのザ・旅館料理といった数々が三人分、ダイニングテーブルの上に並べられていた。オヒツもちゃんとあって、ご飯をよそうのはセルフサービスなんだ。


「すっ、凄いですわーっ!!」


 メイビー嬢が目を丸く見開いて驚いている。マリアさんも、


「こっ、この私の目の前が一人分なのかっ!?」


 ってビックリしているけど、お吸物や鍋は後ほど来るからコレで全部じゃないんですよ、マリアさん。まあ、食べ始めるとしましょうか。


「お二人はお箸を使った事がないでしょうから、こちらのフォークとスプーンを使って食事をして下さいね。それと、湯遊屋のルールです。食べるまえに両手を合わせて僕と同じように言って下さい。いただきますっ!! はい、お二人も!」


「「いっ、いただきます!」」


 そう、これは前世の日本の良き伝統。全ての食材とそれをもたらしてくれた人々に感謝を込めて【いただきます】という。

 この言葉を広める為に僕は異世界に転生したのではないだろうか? いや、違うか……

 まあ、感謝するのは悪い事ではないからこれからも布教活動はしていくけどね。


『おーう、いただけー! 私を食せるなんてお前たちは幸せ者だ!』


 食材からの声には僕はいつも引くけどね……


「ハル、ハルの手にある二本の棒がお箸というんですの?」


 僕が当たり前のようにお箸でひょいひょい食べているとそれを見ていたメイビー嬢から質問がきた。


「そうです、メイビー様。このお箸は遥か東方の国で使用されているそうで、僕も師匠から使い方を教わったんです。慣れるととても便利ですよ」


 実際は物心ついた時には師匠やマリーナ姉さんと同じように箸を使っていただけなんだけどね。師匠もマリーナ姉さんも幼い頃から自分たちの箸使いを見て覚えたんだろうって思ってくれてたようだけど。


 僕の返事を聞いて、メイビー嬢が


「私もそのお箸を使ってみたいですわ。持ち方や使い方を教えて下さる?」


 そう言ってきたので、僕は自分のお箸を持つ手を見せながらメイビー嬢にお箸の使い方を教えてあげた。


『この娘は中々に器用ではないか。ワタクシを直ぐに動かせるとは!』


 あ、これはメイビー嬢が手にしているお箸の言葉だよ。実際にメイビー嬢はとても器用さんだった。教えて五ブンもしない内に、まるで昔から使っていたかのようにお箸を使いこなしていたよ。

 で、マリアさん……


『やーめーてー、ワタクシをそんなに力いっぱい持たないでー、折れるー、ハル、何とかしてー!!』


 こちらはマリアさんが握りしめているお箸の言葉。うん、とっても不器用さんです……


「マリアさん、今日は取りあえずフォークを使って食べましょう。お箸の使い方はおいおいで覚えていきましょうか」


 僕はマリアさんにそう言ってお箸を救出したよ。


「クッ、ハルはともかくメイビーまでが上手に使えてるのに…… いつか必ず習得してみせるからっ!!」


 力強く宣言しているけど、そんなに大層なものじゃないですからね、マリアさん。


 それからは楽しく食事を続けて、後出しの鍋やお吸物もしっかりと食べ終えた頃には二人ともお腹を抑えて苦しそうにしていた。


「た、食べ過ぎましたわ……」

「私も……」


 やっぱりマリーナ姉さんだけが特別だったのかな? 姉さんならおかわりが当たり前なんだけどな。僕は苦しそうな二人に提案したよ。


「二人とも温泉に入ると良いですよ。血行が良くなって代謝も良くなりますから、その苦しいお腹も少しはマシになりますよ」


 そう言って僕はダイニングを後にしたよ。二人は早速、僕の言葉を実行に移そうとヨタヨタながらもタオルを持って温泉に向かっていたよ。


 その時、温泉から声が……


『ヒャッホーイ! また来てくれたかっ!! エエのう! エエのう! 若いピチピチはエエのう!! 最近は初老のオトコばっかりだったからのう! さあさあ、早くワシに入るんじゃーっ!!』


 うん、聞かなかった事にしよう……


 僕はそのまま小屋に戻って、温泉に入って早めに寝ることにしたよ。今日は楽しかったな。明日はもっと二人にも楽しんで貰おう。

 


 



 

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