Day.X~*
春の訪れを待ちわびていたというのに、テレビは夏の始まりを報じている。記録的という言葉が記憶に残らないくらいには聴いた。おかげで今日も湯だった部屋に蒸されて溶けそうだ。
早く冷房をつけてほしいというのに、土日は休みだからとぐうたら寝ている。飽きれたご主人様だ。私は黒いのだから日照りが辛いと言うのに。カーテンから差し込む日差しで尻尾が焦げてしまいそうだ。ただでさえ短いというのに。
前の飼い主を忘れるぐらいには生きてきたのだろう。老いてしまった体は思うようには動かないものだ。酷い雨降りだった、あの日も。やせ細った体に雨粒は良く沁み込んだ。震える体で泥水の中を歩き続けた。知らない街で。知らない人垣で。意識が黒くなっていくのを感じながら、瞼を閉じた。
もう、終わるのかと。会いたかったご主人様に、もう会えないのかと。悔しくて、声を漏らした。その声は結局、空が掴んで離さなかった。
気付けば、無機質な部屋に私は投げ込まれていた。同胞と思わしき奴らも居たが、同胞とは思えなかった。私も同じ目をしていたのかもしれない。何やら順番があったようで、いつの間にか、私が古株となっていた。新参者はいつだって新鮮だった。声を荒げるのだから。出ていくものは皆、黙って出ていった。私もそのときが近いのだと、諦めていた。
そこへ、あの日の少年が現れた。親と思わしき者を連れて。どうやって見つけたのだろう。人間という生き物は不思議だ。私なんて、いくらでも居るというのに。あの少年は迷うことなく私を選んだ。額に特徴的な模様がある、らしい。私の額に指を差して、泣いて喜んでいた。
どれだけの月日が過ぎたのか。丸まった私の背が伸びきるくらいに、見上げねばならないほどに、少年も大きくなっていた。
もうじき、ベルは鳴るだろう。それまでは、この陽だまりの中でまどろんでやろう。私も、もうそのときが近いのだ。だが、悲しくはない。私は、ご主人様が作るご飯が一番好きだ。
【完結】ねこさんと、ぼくと 夢火 @dream_flame
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます