第16話 不審者
温泉から帰ってきて部屋に戻るカロンとユース。ユースは自分の持っていた着替えを近くの椅子に置くと、近くにあった剣を持ってそのままドアの方へ歩き出した。
「俺は外で少し素振りをしてくる。カロンは先に寝ていてくれ」
「えっ、あ、はい」
こんな時間になっても鍛錬を怠らないユースに、カロンは感心する。きっとこういう日々の積み重ねがユースの実力と自信を築き上げたのだろう。
ユースが部屋から出ていくと、カロンは自分のベッドにボフッと沈み混んだ。洗い立てのシーツや布団カバーの良い香りがする。
(先に寝てていいと言われたけど、寝れるかな。なんだか緊張して寝れない気がする。でも、多分私が緊張しているのわかってて、あえて気を遣って外に出て行ってくれたんだろうな。ユースさんて無愛想だけどやっぱりとても優しい)
布団に潜り込み、カロンは天井を見ながら嬉しそうに微笑んだ。そして、寝れる気がしないと思っていたはずなのに、いつの間にか瞼は閉じられ、寝息を立てていた。
◇
宿屋の裏側、少し拓けた場所でユースは一人素振りをしていた。素振りをしながら、ユースは今日一日起こったことを思い返していた。
(カロンは本当にいろんな人たちから愛されているんだな。俺には持ち合わせていないものを彼女は持っている。カロンのそばにいるだけで今まで感じることのなかった感情が現れるから不思議だ)
みんなと楽しそうに話すカロンの笑顔を思い出して、ユースはいつの間にか柔らかい表情になる。
(温泉からあがってきたカロンも魅力的だった。少ししっとりとした髪の毛にほてって赤らんだ頬、いつもとは違うラフな薄着から覗く白く細長い手足……今までこの街に温泉ができていなくてよかった。あの状態で一人で出歩かれでもしたら危ない。俺が一緒でよかった)
素振りをしながらほうっとため息をつくと、近くに人の気配を感じる。
「誰だ」
ユースが声をかけると、建物の影から人が現れる。それは宿屋で食事をしているときにユースとカロンの近くに座り、カロンをじっと見つめていた男だ。他の常連客のようにカロンへ話しかけてくるわけでもなく、ただカロンとユースを交互に見て苦々しい顔をしていた。
「俺に何か用か」
「あ、あんた、カロンちゃんの用心棒なんだろう。カロンちゃんとずっと一緒にいるのか、まさか、一緒の部屋なのか」
「それがどうした」
「カ、カロンちゃんと同じ部屋で過ごすだなんて許せない……カロンちゃんは、誰のものでもない、み、みんなのものだ……お前なんかに、渡さない」
そう言って、いつの間にか短剣を両手に握りしめている。そして話が終わったかと思うと、突然ユースに切り掛かってきた。
ひらり、とユースはかわす。だが、男は何度も何度もユースへ切り掛かる。ユースはそれを簡単に避け、男の腕を掴み捻り上げた。
「いててててて!」
男の手から短剣が落ちてカラン、と音が鳴り響く。
「カロンに執着しているのか。話しかける勇気もないくせに、こんなことをしてカロンが喜ぶとでも?」
「う、うるさい!お前みたいな見た目のいい男には、俺みたいな人間の気持ちなんて、わ、わかるわけない!」
「ああ、わかりたくもないな。お前も俺のことなど何もわかりもしないくせに、一方的にわかったような口をきくな」
ユースが男を睨みつけながらドスの効いた低い響く声でそう言うと、男はヒエッと小さく悲鳴をあげる。
「おい、物音が聞こえたけどどうかしたのか……って、何があった!?」
店主が異変に気づいてやって来る。ユースたちの様子を見て眉間に盛大に皺を寄せた。
「お前、カロンちゃんが来るといつもカロンちゃんの近くをうろうろしていた奴だろ!ユースに何かしたのか!全く、無謀にも程がある」
「この男、どうしたらいい」
「こっちで預かってすぐに警察に連れていくさ。すまねぇな、迷惑かけちまった」
「いや、捕まえることができてむしろよかった」
ユースが店主へそう言うと、店主はユースを見て確かにな、と頷く。店主はちょっと待っててくれよと言って宿に入り、すぐに縄を手に持って戻ってきた。その縄で男を縛ると店主はユースを見て言った。
「俺も女房もこの男のことはいつも警戒してたんだが、あんたがいてくれて本当によかったよ。カロンちゃん良い子だろ、誰に対しても分け隔てなく接するから、変に勘違いする馬鹿も多いんだよ。カロンちゃんは何も悪くないんだけどな、やっぱりこういうことがあると女一人よりもあんたみたいな人がいてくれた方が俺たちも安心する」
店主の言葉を聞いてユースは店主をじっと見つめ、静かに頷いた。
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